天狗姫の浴衣撮影
「へい! お待ちー。拓真君期待の第二弾だよー」
二回目の着付けが終わったらしく、バンと勢いよく隣の部屋から仕切りを開けっ放った木村は、にししと笑いながら薄い胸部を強調し拓真の真ん前に立ちふさがってきた。
「今度はちょっと可愛い柄にしてみたけど、拓真様どうかしら?」
困惑気味の拓真に小林が感想を求めているのだが、木村が邪魔をしていて咲良の姿が全く見えない。嬉しそうに妨害をしている意図がわからなかったので、とりあえず拓真は彼女に退いてもらうよう促してみる。
「ちょっと木村さん、そこに立っていると邪魔です。咲良さんが全く見えませんけど」
「あ、ごめんねー。私は邪魔よね…………ハァ」
しょんぼりするなら最初から邪魔をしなければいいのにと思う。
すごすごと木村が拓真の目の前から立ち去れば、その後ろに居る咲良の浴衣姿が目に飛び込んできた。
今度は黒っぽい生地に黄色く鮮やかな向日葵の柄が散りばめられたデザイン。帯も向日葵に合わせて黄色を基本としたものだった。
先程と打って変わって咲良の実年齢より若干低めが対象なのか、あるいは可愛らしく子供っぽい女性が対象といったところだろう。
「華やかなデザインなので、わたしは気に入ってますけど」
そう言う咲良の好みでもあるようだし、今の彼女はメイクによって普段よりも可愛らしく変身していたので、実年齢よりも二、三歳ほど幼く見える。
それでも、向日葵柄の浴衣が凄く似合っているかといえば、拓真はそうでもないように思えていた。
「可愛いですね。可愛いけど咲良さんのイメージというよりは……どっちかって言うと、木村さんが似合いそうな気がするかも」
「やっぱりそうでしたか、私も拓真様と同じ考えでした」
「おー、やっぱ私向きだよね! そうだよねー。その浴衣、もらって帰ろっかなー」
けらけらと木村は愉快に笑う。どことなく幼さの残る明るい笑顔は、見れば見るほど向日葵の絵柄とマッチしているようだ。
どうやら木村がご機嫌だったのは、最初からこの浴衣が自分の好みに合っていたのだろう。そして、自分の物にするため、虎視眈々と向日葵柄の浴衣を狙っている風に見せている。
しかし、それを聞いた小林が本気にしたのか、約束を取り付けようとしていた。
「あら、木村さん。これ結構イイお値段なのよ。私が担当の方に話をしておくから、何なら持って帰ってもいいわよ」
「え? えーっと。そう、です、ね……ちょーっと考えさせて下さい。ははっ」
冗談のつもりだったのが、まさか本気で売りつけられるのかと木村は尻ごみする。この浴衣に限らず、小林が今日持ってきた全ての浴衣が高額商品である事には間違いないであろう。
安くしてもらえるように交渉するからと、小林が熱心に口説いているので、購入させられそうな木村の表情は青ざめていく一方だった。
それはそうと折角着せた浴衣なので、背景も浴衣のデザインに合わせた物を選択しながらカメラに収めていた。
◇
次は、花火をモチーフとした浴衣のデザイン。
これは旅館側が喜びそうな感じではあったが、小林の顔色を伺うにどうもしっくりこない様子だった。
しかし、こう何度も着替えを繰り返していると、咲良への体の負担やストレスが掛るのではないかと拓真は心配になる。
だがその心配を他所に、咲良の表情には疲れの色は見えず、終始嬉しそうにほほ笑んだり、恥ずかしそうにはにかんだりしていた。
これはこれで彼女も楽しんでいるから心配ないだろうと、とりあえず拓真は安堵していた。
◇
時間的にも咲良の体力的にもこれが最後の撮影と、着替えて披露した浴衣は、淡いピンクと水色の朝顔をメインとした浴衣だった。
大小様々な二色の朝顔が所々散りばめられ、明るめの絵柄でありながら、子供じみた風でも無く、涼しげな感じのデザインである。
「夏の清涼感もあるし、旅館側のイメージにも合っていると思います。どうかしら拓真様?」
「うん。一番似合っていると思うよ」
「ありがとう。わたしもこの浴衣、素敵だなと思いました」
本当にこの浴衣が気に入っているのだろう、拓真に応える咲良は、今日一番の笑顔だった。
カメラを持つ木村は早速撮影に移りたいところだったが、ここで小林がある提案を持ちかけてきたのだ。
「拓真様、この家の側に小川があるでしょ」
「うん、ありますよ。水は綺麗で、ちょっとした岩場になっているし、草木もあるから涼しい場所です」
「この浴衣は、小川の風景をバックに撮りたいのよ。きっとイメージにぴったりだと思うわ」
「おおー、いいですねー。私も賛成ですー」
「咲良ちゃんはどうかしら? もし疲れているようなら止めておくけど」
「いいえ、大丈夫です。小林さんが納得いくまでお願いします」
「それじゃあ決まりね。先ずはここで何枚か撮って、それから小川まで行きましょう」
ここまでくれば木村の要求するアングルの指示に慣れてきたようで、咲良は戸惑うことなく次々とポーズを決めていく。壁にセットされた背景も四種類ほど変えながら軽快にシャッターを切っていった。
部屋の中での撮影がひと通り終われば、いよいよ近くの小川へ繰り出しての撮影となった。
「咲良ちゃん、滑りやすいから足元気を付けてね」
「はい。この辺でいいですか」
どうやら咲良は下駄を履くのは初めてらしく、玄関から小川近くまではおぼつかない足取りだった。川淵の岩場までは女性二人に両手をしっかりと握られて、今はベストポジションに立っている。
透き通るほど綺麗な川水は、山の斜面と所々に突き出た大小の岩によって濁流の曲線美を生み出していた。
その周りには適度な広葉樹の緑色が濃淡のアクセントとなっている。
「良いわねここ、最高よ。あとは木村さんの腕がそれを捉えられるかよ」
「任せて頂戴なー。あっ拓真君! もうちょっと咲良ちゃんに寄ってくれる? 腕はそのままねー」
拓真はレフ板係を担当していた。両手で大きな反射板を揚げていて、咲良に光が照射されるようにするためだ。
かなり足場が悪い所の移動を要求された拓真は、バランスを崩しながら川に落ちそうになっていたりする。
「うわっと! あっぶねえ。木村さん、ここら辺ですか?」
「おっけー、おっけーそのままね! ふらふらしちゃ駄目だよー」
拓真の必死の姿を見ていた咲良がぼそりと「拓真君、がんばってね」と口を開いた。
川の音でかき消されそうな声だったが、拓真だけにはしっかりとその声は届いていた。
彼女の応援ならば失敗はできない。
今回、唯一自分に与えられた使命なのでヘマをしないようにと足をしっかり踏ん張る。
もうすぐ日が帰る頃、撮影会は無事終了となった。
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