天狗姫と浴衣
7月3日
前日に投稿しましたが、一部内容が良くなかったため本日変更した文章を差し替えました。
ご迷惑おかけします。
また、誤字情報どしどしおねがいします。
咲良への浴衣の着付けは小林が専門で行っていた。
どうやらこの時の木村は傍観者であるらしく、手持ち無沙汰の彼女は側でその様子を逐一声に出して表現していたのだ。おそらく着付けの状況を見られない者への配慮だとは思うのだが、聞いている方も余計な想像を膨らませてしまうだけなので、逆に黙っていてほしと願う拓真だった。
比較的他の人より咲良の胸は大きいサイズとのことで、そのままのスタイルでは胸部が強調されてしまうため、浴衣の撮影には不向きであるらしい。
胸を目立たせないためにはサラシを巻き付けるのが一番手っ取り早いのだが、それでは咲良が苦しくなり可哀そうだと、スポーツブラの様なある程度突起を押さえ付ける浴衣専用の肌着が用意されていた。
先程、イチゴ大福と木村が叫んでいたのは、まさにその肌着に付け替えている時だったようだ。
「あ、あの。着替えましたけど」
「オッケー咲良ちゃん、どうかしらそれ? 苦しくない?」
「大丈夫です」
「しっかしー、ホント咲良ちゃんの、いい感じに潰れてますなぁー。しかもやわらかそうにー…………あっ、そうだ! あとで触らせてもらっても良いですかー?」
「えっ?」
「これ! そこの変態女! よだれ垂らしながら、うちの娘にセクハラしないでちょうだい。ごめんね咲良ちゃん、こんな下衆な女連れて来た私が悪かったわ」
「下衆とは何ですかー。私みたいな少し控えめな乙女はみんな、あのようなマシュマロを鷲掴みにしたい野望があるのですよー」
「はいはい、まな板さんはそこで大人しくしていましょうね」
「わぁーん、拓真くーん、聞こえてたー。 小林さんがイジメるー」
二つの部屋を遮る物は薄い仕切りしかないので、そんなに大きな声を出さなくても十分に聞こえているし、俺に振ってどうして欲しいのかと悩む拓真だった。
そんな訳で、隣部屋の状況を確認できない拓真は、彼女達の会話で想像を膨らませていたのだ。
おそらく小林は腕組をして木村を蔑んだ目で睨んでいる。睨まれた木村は、嫌らしい手つきで咲良に近付き、寸でのところで静止された挙句、今は半ベソをかいているのか。咲良は顕わになった上半身を晒したまま、只々その場で困っているといった所だろう。
拓真の眼はしっかりとテレビを捉えているのだが、その内容は全くと言っていい程入ってきてはいなかった。隣部屋の女性達のやり取りが面白すぎるし、そのうえ変な妄想も膨らむからだ。
そんな拓真は、誰も居ないリビングの空間でひとり赤面して照れていたりする。
「時間が勿体ないから、さっさと着付けちゃいますよ」
いよいよ咲良への浴衣の着付けが開始されたのである。
撮影のための着せ方や帯の締め方など、小林は細部に至るまで細心の注意を払い、咲良を魅せる被写体として仕上げていく。
多種に渡り得意技を持っていそうな小林は、当然のように手際よく着付けをしていたようだ。
木村曰く、小林の振り袖や浴衣などの着付けの腕は超一流らしいので、この人絶対に着物に関する資格を持っているのだろうと拓真は思っている。
今日持ち込んだ大きなスーツケースの中身は、今年の夏に流行りそうな新作浴衣を中心に、その中でも咲良の似合いそうなものを小林が厳選して様々な種類が入っていた。
大人っぽい落ち着きのある物や、今年一番の華やかな柄物まで、メイクで変身した今の咲良に一番似合いそうな浴衣を選考しながら着付けをしている。
一着着付け終えると、なんの前触れもなく木村が勢いよく部屋の仕切り戸をバンと開放する。
拓真はその大きな音に驚き、慌てて音のする方を振り向く。するとそこには、腰に手を当ててニシシと笑う木村と、その後ろで慎ましく佇む咲良の姿があった。
「拓真様どうです? 咲良ちゃん綺麗ですよね」
「ええ、凄いですね。大人っぽいっていうか、落ち着きのある感じですか、とても綺麗だと思います」
小林が咲良の浴衣姿の感想を求めてきたので、素直に思った事を口にした拓真。
白と黒を直線ラインで組み合わせたクールでシャープなデザインの浴衣姿。少し大人びた雰囲気を出しているのだろう。
咲良髪型も浴衣用に纏められていた。普段は長い黒髪をそのままストレートに下ろしているだけの彼女だが、シニヨンという後ろでふわりと髪をまとめるスタイルにしてあり、その髪型もまた日常の雰囲気と違って彼女の可愛らしさを引き出していた。
咲良は感想を聞くと、恥ずかしそうにはにかみ「ありがとう」と小さな声で応えていた。
拓真の感想に何回か頷いていた小林は、予測していたイメージとは若干の違いがあったらしく、その原因が何であったか声に出していた。
「うーん、絵柄は好きだけどね。やっぱり黒が基調となるとちょっと大人びて、今の咲良ちゃんには少し合わないのよ。やっぱりお化粧のせいね、メイクでいつもより可愛らしさが強調されちゃったから……普段の咲良ちゃんならぴったりだったんじゃないかしら」
「ですねー。もう少し明るめの柄が似合う気がしますねー。すいません小林さん、私のメイクアップが凄すぎるからですよねー」
「……誤算だわ」
額に手を当てて俯き悩む小林の姿は、持ってきた浴衣全てが化粧で変身するのを想定していなかったのかと、拓真達を若干不安にさせた。
だが直に顔を上げて「まあ、大丈夫ね」と言い放った小林は、いつもの自信に満ちた表情になっていた。
「まあ、色んなパターンで写真撮っていきましょう。じゃあ咲良ちゃん、そこの背景の前に立ってちょうだい」
「はい。ここですね」
小林が指差した方向、隣部屋の壁には既に撮影用の大きな背景布がセットされていた。先程まで騒がしかった木村の手にはプロのカメラマンが使うようなカメラが握られていた。
「そうそう、じゃあ木村さん撮影よろしく」
「オッケー。咲良ちゃん、何枚か撮るからよろしくねー。先ずはそのままで、にっこり笑ってー」
今回の撮影をするにあたって専用の撮影機材も持ち込み、簡易的な撮影ルームとして使えるように隣部屋へセッティングしたのだ。
割と広めの拓真の家とはいえ、一般家庭の家とその広さは何ら変わりはしない。撮影スタジオのような広い空間を確保するために、咲良の着付けが終わればリビングとその隣部屋の仕切りを全開放する。
必要のない邪魔な荷物は、一時的に廊下や屋外にまとめて置き、狭いながらも何とか撮影スペースを作ったのだ。
それによって、二階へ上がる階段も塞がれてしまっていたため、トイレ以外このリビングかキッチンしか拓真の居場所が無かったのだった。
今、カメラを構えている木村はメルクスタジオに所属しているだけあって、実は腕利きのカメラマンなのである。彼女が握る撮影用のカメラを一度被写体に構えれば、一瞬にしてその目付きが変わった。体の構え方や俊敏な動きなどは流石はプロといった感じで様になっていた。
「へえ、木村さん意外とカッコいいんですね」
「あらー、拓真君。私の事惚れちゃったー?」
「いや、そこまでは言ってませんけど」
「ほらほら、木村さん他所見しない。咲良ちゃんもムスっとしない、えがお、えがお」
木村はカメラのファインダーを覗き、様々な角度でパシャパシャとシャッターを切っていく。
シャッターを切る度に、複数個所に設置されたフラッシュの照明が激しく光るので、この家の電源ブレーカーが落ちるのではないかと拓真は気が気ではかった。当然心配なので、テレビの電源は落としてある。
「次は……少し体を右を向いてー、そうそう。上半身はこっちに、カメラ目線でねー」
「こうですか」
「そうそう、それでーちょーっと流し目でー…………そう、そう! イイ、イイよ、セクシーな感じー」
軽快にシャッターを切っていく木村。
巷では凄腕のメイクアーティストとして彼女の名が通っているので、カメラマンとしての腕前はあまり知られていない。近年は専らメイク担当として大手AV業界を出入りしている事が多かったため、殆どカメラを構えている木村の姿を知る者はいなくなっていたと小林が語っていた。
「この写真が使われるか否かは、全て木村さんの腕に掛っているの。それが今回の大きな賭けですけどね」
「なーに言ってるんですか小林さん。凄腕カメラマンの私が撮っているんですよー、大丈夫に決まっているじゃないですかー」
「そう? 暫くぶりじゃない、カメラ構えるの。腕が鈍っていないことを祈るわ」
「えへへ。実は、私もちょっと不安なんですけどねー。なんとか頑張りますよー」
こんな感じであと数回、着付けと撮影が順調に行われていくのである。
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