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引っ越し当日

本編スタートです。


誤字、脱字等ありましたらご報告お願い致します。


 六月の第一日曜日。この日は晴天で無風だったせいか、六月初旬としては少々気温が高め。間もなく訪れる梅雨を感じさせないくらいの、そんな気持ちのいい日だった。


 今、人気ひとけの無い閑散とした無人駅に佇む彼の名前は井上拓真いのうえたくま。高校二年生の拓真は、今日この田舎へ引っ越すためにやってきた。

 そして明日は転入先の高校に初登校を予定している。いわゆる転校生なのだ。


 都会育ちの拓真は、少しでも早くこの地に慣れようと、引っ越しの荷物を乗せた自動車には乗らず、各駅停車しかない哀愁漂うローカル電車に乗ってやってきた。

 いまどき運賃支払いに現金しか受け付けてもらえなかったことに、軽いカルチャーショックを体験するも、それでも都会とは違う慌ただしくない独特の雰囲気に、気持ちが癒されていくのを少しだけ実感していた。


 ポケットからスマホを取りだして、地図アプリを起動する。目的地は予め登録済みだったので、ポインタの位置が割と近くを示していた。


(ここからだとそんなに遠くじゃないのか……よし!)


 この位ならと目的の場所まで歩いて移動。別に大した距離ではなかったものの、駅から目的の場所まではほぼ上り坂だったので、経路を半分歩いただけなのに全身は汗ばんでいた。


 そして拓真は目的地に到着する。


「……へえ。これが俺の家か」


 白い壁のおしゃれな二階建ての家、拓真が到着した場所とは引っ越し先の一軒家だった。わりと広めの庭も付いていて、中古物件としてはなかなかである。

 その反面、この家の立地場所にはひと癖あり、集落の一番奥に位置していて舗装道路はここまでしか整備されていない。


 ここから更に奥は、草の生えた足場の悪い山道が、山林の中を通っている以外何も見えないので、山際の物静かな端っこの家である事に間違いないだろう。猿か鹿なんかに遭遇しそうである。


 敷地の前で家を眺めていると、坂下から人影が現われた。

 一本道の道路を誰かがこちらに向って歩いて来るようだ。


 小林かと思い振り向くと、リュックサックを背負い小豆色のジャージ姿の少女が近づいてくる。

 整った顔立ちに大きな瞳、ストレートの長い黒髪をなびかせるその姿は、間違いなく美少女であった。


 ジャージ姿の少女を地元の子だろうと思った拓真は、足早に過ぎ去ろうとする彼女に慌てて軽く挨拶をする。


「こんにちは」


 しかし少女はツンとした態度で拓真を気にすることなく、そのまま挨拶なしにさっさと坂道を登って行ってしまった。


 挨拶したほうがばつが悪くなり頭をポリポリく羽目に。


(なんだあの子。さすがにシカトされるとキツイなぁ)


 あっという間に少女は、山林の中へ続く山道へと消えていってしまった。


「拓真さま。お荷物は全て運び込んであります」


 突如として意識の外から、それも近距離からの声だったので、拓真は飛び上がって驚いてしまった。


 たった今、拓真の家の玄関から出てきた黒いスーツ姿の女性が、姿勢を正し拓真に声をかけた。拓真は少女に気を取られていたせいで、女性が近づいていたのが判らなかったのだ。

 四十代後半から五十代に見えるスーツ姿の女性は、いつも拓真のお世話をしてくれている小林である。


「い、いつもありがとう。小林さん」

「いいえ、必要な物は全て揃っているとは思いますが……何か不都合がありましたら、いつでもご連絡ください」


 すると拓真は、今しがた目の前を通り過ぎていった少女の行方が気になり、それを疑問に問い掛ける。


「えっと、小林さん」

「はい。何でしょう?」

「この上に家ってあんの?」

「いいえ。私の知る限りでは存在しないはずですよ」


(じゃあ何であの子は山の中に消えていったのかな?)


 挨拶をしなかった少女は、拓真と同じか年下に見えた。ちょっと可愛かったなと思ったので、地元の子ならまた会うはずだし、再び会った時は挨拶のリベンジをしてやろうと考えていた。




 都会育ちである拓真は、幼い時からつい最近まで母親と二人でアパート暮らしをしていた。

 とある事情により、聞いたこともない遠く離れた田舎で今日からひとり暮らしを始めることになったのだ。


 拓真はこれからの住まいとなるこの家を、改めて近くから見上げてみる。


「思っていたより、立派な家だ」


 壁は白く屋根は茶色の二階建て。六十坪位の家と聞いていたが、いざ近くで見上げるとひとり暮らしには少々広すぎるのではないか。

 それでも田舎の割に家の作りはおしゃれに装飾されているし、広めの庭も芝生が綺麗に手入れされていた。


「前のオーナーの趣味だったのでしょう。築年数にしてはとても綺麗なお家ですよ」


 少し小高い場所にあるこの家は、本々前オーナーの老人が所有していた。年齢を重ねるにつれ買い物に出掛けるも少々不便になっていたらしく、この度手放す事を決断したのだとか。その情報をたまたま小林が聞きつけて、中古物件として買い取るに至ったのである。


「週に二、三回は様子を見に来ますので、今日はこれで失礼します」

「ああ、気を付けて」


 そう言うと小林は玄関の鍵を拓真に手渡し、引っ越し荷物を積んできた黒いバン車に乗りこの場を去っていった。

ご覧いただきありがとうございます。

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