日直の日
次の日の放課後。
外は雨が降り続いている。
今の二年D組の教室内は、拓真と咲良の二人だけになっていた。
実はこの二人、今日は日直。なので、朝の挨拶から課業終了まで様々な雑用をこなしていたのである。今は放課後の片づけをしていた。
咲良は学校生活において生徒がやらなければいけない役割や分担などは、手を抜かずきちんとやり遂げる。
勉強は学年で常にトップであり続け、先生からの評価も悪い所は無い。大人達から見れば模範的な優等生なのだろう。
反面、生徒達からの評判は最低であり、顔や容姿が綺麗で可愛いからお高くとまっているだけの嫌味な女子という目で見られている。おそらく本人もその事実は承知のうえだ。
結果彼女と打ち解ける者がいなく、彼女も同年代の生徒との接触を拒んでいるため、あからさまに皆から避けられていた。
それだからだろうか、咲良は授業に必要な道具の準備や片付けなどは率先してやっているのたが、声を発生させる挨拶号令系は一切しないという徹底ぶり。
なのでそっちは拓真が一手に引き受ける事になり、不慣れながらもなんとか放課後を向える事が出来た。
言うほど日直は大げさな仕事ではないものの、なにせ拓真と組んでいる相手があの天狗姫だ。今日一日は教室の空気もクラスメイトの雰囲気も、なぜかいつもと違う緊張感が張り詰めていたのは、拓真にも感じとれていた。
挨拶が終わり放課後になると、いつも居残っている奴らも今日はさっさと教室を後にしていったのだ。
それは咲良が日直のせいだけじゃない、午後から雨脚が強くなって夕方も降り続く梅雨のためでもある。
そのおかげで静かな教室になったのだと拓真は思う事にした。
だから今、この教室には拓真と咲良の二人しかいない。
放課後の作業もおおよそ決まっていて、拓真は前日の当番だった生徒に大体の内容は予め聞いていた。なので、転校後初めての日直だったが、なんとか迷うことなく作業を進められている。
そして未だ二人は無言で作業をしているのだ。
咲良は何かしら自分のルーティーンがあるようで、その動作に一切無駄が無かった。
一方拓真は幾分戸惑い、咲良の進めた内容を把握しながら作業をしていた。
時折彼女の表情を伺いながらなので自分の作業に集中出来ていない。
そんな拓真だったが、何度か咲良を観ているうちにある事に気付く。
それは彼女の頬が随分こけていて、顔色も悪いようだ。滝壺で会った時は確かにもっと艶っぽく張りのある顔だったのに。
雨が降っていて暗っぽい教室の中なので余計にそう見えているのかもしれない。
思えば、学校という檻の中では無い、山という広い大自然の中の彼女は確かに生き生きとしていた。
だからその時は一段と艶っぽく見えたのかもしれないし、それに比べれば今の咲良は生気が感じられないので、その差が錯覚となっているのだと拓真は考えたが、
(そういえば山崎さん、今日の昼休みも昼食を食べていなかったな)
ふと拓真の脳裏に、昼食時の咲良の映像が浮かびあがった。窓際の席で、一人孤独に本を読んでいるあの姿。
いつもと同じなのに、どこか違う彼女の姿が。
今日の昼休みも亮太と屋上で過ごした。その時は小雨っぽかっただけなので、それ程濡れはしない程度。美月の女子組はさすがにこの天気だと顔を現す事は無かった。
昨日、一緒にお昼を食べようと美月に言われたことを亮太に告げると、俺も楽しみだ明日は晴れねえかなと嬉しさを爆発させていた。
明るい笑顔を振りまく亮太とは対照的に、間もなくバケツに入った水をひっくり返しそうな真っ黒い空と、読書をしているように見えて実は何か大きな苦痛に耐えている咲良の佇まいが、同調しているように見えて拓真の胸を締め付けたのを思い起こされた。
「なに?」
それは意外にも咲良から発した言葉で、拓真を警戒しつつジト目で睨んでいた。
それもそうだろう。不甲斐ない拓真作業に苛立ち気味の態度になるのは仕方がない事。更に咲良の手際の良さに見入っていて、つい手を止めていた彼への問い掛けだったのだ。
「あ、いや、別に」
「……そう? 早く終わらせましょ」
学校では話しかけないと約束を交わした拓真は、一体どうしたものかと悩んでいた。
ただでさえ気難しい彼女の事だ、一度侵した過ちにより二度と信用してもらえなくなってしまう。そんなリスクを負う度胸など持ち合わせてはいないのだ。
今は誰もいないので、彼女の気が緩んだのだろうか、とにかく咲良から話し掛けてきたのだ、このチャンスを逃すまいと拓真の心臓が跳ねる。
「あのさ」
「なに?」
「山崎さん。今……体調良くないの?」
「なんで?」
「いや、山で会った時よりも、なんかこう顔色良くないっていうか、やつれてるっていうか……今日の山崎さんいつもよりと辛そうに見える」
「……いつも私を見て、エッチなを想像してそんな事いってるんでしょ。ヘンタイ!」
面と向かってそんなこと言われて、全くそんな事考えていない……とは言い難かった。
滝壺で見た彼女の一糸纏わぬ姿は、拓真の脳裏へ強烈に焼き付いている。咲良のことを考えるたびにあの姿を思い出してしまうのだ。
拓真は自分の顔が熱くなっているのが恥ずかしくなる。
「ちょ、ちがうよ。俺は山崎さんを心配して言っているんだ。信じてくれ」
「怪しいわ」
「ホントだって!」
「……まあいいわ、信じてあげる」
「あ、ありがと。でもホントに大丈夫? お昼だって食べていないようだったし」
「……私は大丈夫よ、心配いらない」
彼女は愛想笑いで返してくれた。
その作り笑いが拓真の心の中の靄を徐々に大きくしていくのだが、今は目の前の彼女の言葉を信じる事にする。
「そっか、なら良いんだ。あっそうだ! そういえばこの学校ってキホン部活入んなきゃだろ」
「そうね」
「で、悩んでるんだよねぇ、部活に入るか否か。俺はこれといって得意な運動無いしさ……山崎さんはどうすれば良いと思う?」
「どっちでもでもいいんじゃない」
やっぱりというか当然というか、全く興味なしといった答えが返ってきて、半分口を開けて小さく頷いてしまう拓真。目は幾分虚ろだったが、それでも負けずに彼女に挑む。
「えっと、山崎さんて部活、入っていないの?」
「入ってるわよ」
「ほんと! だっていつも早く帰っているだろ」
「失礼ね! ちゃんと活動だってしているわ」
咲良の意外な答えに、拓真は驚く。それも部員として活動をしているのだ。一体そんな楽な部活とは何なのか興味をそそられる。もしかすると、天狗姫だからこそ許される所業だったりする可能性も捨てきれないが。
「え、何? それってどこの部活?」
「教えない」
即答だった。
「えーっ」
咲良にぶつけられた言葉で落胆するも、ここは食い下がり意地でも彼女の部活を聞き出そうと、モップ片手に近寄ることに。
「いいから、早く終わらせましょ」
毅然とした態度でそう催促する咲良は、
なぜか窓際の棚に手をつき肩で呼吸をしていた。
「山崎さん? どうしたの」
口呼吸に変わり、荒い息づかいが拓真の耳にはっきり聞える。それでも構わず咲良はその場から動こうとする。
「……いえ、大丈夫。何でもない」
額には沢山の脂汗が浮かんでいたので、大丈夫じゃない事ぐらいわかった。
「具合悪いなら休んでいてよ、後やるからさ」
咲良は拓真の心配を気にとめる様子もなく「本当に大丈夫だから」と言って、側にあった枯れかけの花が刺してある花瓶を持ちあげた。
その時、拓真の目に彼女の奇妙な光景が飛び込む。
透き通るような白く細い両手が、小刻みに震えている姿だった。透明な花瓶の中の水が大きく波打っているのが解るほどに。
すると咲良の顔面がみるみる青ざめていって、それと同時に彼女の呼吸がどんどん荒くなり。
「山崎さん?」
「……あ……私」
言った直後、ガシャンと花瓶の割れる音と同時に咲良が足元から崩れていく。
すぐ側まで近寄っていた拓真は、持っていたモップを放り投げ、彼女が倒れる方に腕を伸ばし滑り込んだ。
ドサっと背中から倒れる咲良と、床の間に滑り込む事に成功した拓真。腕が尋常じゃなく痛かったが、今はそれどころではない。
体制を立て直し、すぐに咲良の意識を確認する。
「おい! 山崎! しっかりしろ!」
顔は青ざめていて、呼吸は激しく荒れていた。体中小刻みに震えている。
涙目の彼女の瞳は半開きで、拓真の顔を確認すると、
「はぁ……たくま……くん」
潤んだ瞳を閉じた咲良は、苦しそうにしていて起き上がることは出来なかった。
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