異国情緒との遭遇
それから、しばらく手をつないだまま。
特に何を言うでもなく、ただ二人、ベッドに並んで座って。
遠くに聞こえる街の喧騒を、聞くとなしに聞いていた。
どれくらい、時間が経っただろう。
「そろそろ、ご飯に行きましょうか」
「……そう、だね。そろそろ、かな」
そう言いながら、二人ともすぐには立たなくて。
気付いて、顔を見合わせればくすりと笑いあう。
ぎゅ、と一度強く握りあって、名残を惜しむようにゆっくりと手を離した。
そして二人、連れ立って下の酒場へと降りていく。
日もすっかり暮れた後の酒場は、程よく酒の入った客達の喧騒で満ちていて。
その間を縫うようにして空いた席を探し、落ち着く。
程なくしてやってきた女将が、メニューを渡してきた。
それを受け取ると、二人で顔を突き合わせるようにメニューへと目を落とす。
「へぇ~、この辺りって羊の肉がよく食べられてるみたいですね」
「言われてみれば……ジュラスティンだと豚と牛が多かったけど」
コルドール方面に広がる中央平原は、その名の通り広大な草原が広がっており、遊牧民も多くいるという。
多数の羊を伴って馬で移動し、育て、食べる。そうして流れながら命を繋いでいく彼ら。
定住することがなかったはずの遊牧民が、様々な経緯を経て樹立した国家がコルドールだ。
その中央平原に接するコルドバは、遊牧民がよく羊を売りにくるらしい。
見慣れたメニューの中に混じって、いくつもコルドール風の料理が書いてあった。
「……この、羊の香草焼きって美味しそうですね?」
「エリーって結構肉食だよね……いいんじゃないかな、頼んでみても」
「レティさんが食べなさすぎなんですよぅ。
あ、じゃあ、これもいっちゃいましょう、羊肉の煮込みですって。
ああでもでも、この羊肉の揚げ饅頭も気になるっ」
メニューとにらめっこをして、ああでもないこうでもないと頭を悩ませるエリーを見ていると、自然と笑みがこぼれてしまう。
美味しいものを食べてやる、と言っていたエリーは、その言葉の通り美味しいものに目がない。
そんな彼女が嬉々として、悶々としてメニューと格闘している様を見ることを、実は楽しんでいたりする。
とはいえ、しばらく眺めていても中々結論が出ないようだったので、助け船を出すことにした。
「じゃあ、食べきれなかったら私が食べるから。
エリーの頼みたいように頼んでいいよ」
「ほんとですか!?
ありがとうございます、レティさん!
あ、すみませ~ん!」
ぱっと顔を上げたエリーは、キラキラと輝く笑顔でお礼を言うと、すぐに女将を呼び止める。
くすくす笑いながらそれを見ていたレティは、その注文の勢いに、すぐに待ったをかけることになった。
「うう~~この香草焼き、美味しいです~~!
ぎゅっと噛み締める歯ごたえがあるのに、それ以上抵抗せず噛み切れてくれる程よい肉質……。
いい塩梅に効いた塩が肉と肉汁の味を引き出し、しっかり効かせた香草が肉の臭みを消してむしろ風味に変えてくれている……。
シンプルでありながら奥深く、いくらでも食べられちゃいそうですねっ!」
「そ、そう……良かったね、満足そうで」
結局。
頼んだ料理は、その大半がエリーの胃袋へと消えた。
いや、本当の胃袋ではないのだから、胃袋(仮称)が正しいのかも知れないが。
ともあれ、大量に頼まれた料理は、どうやら残す心配なく片付けることができそうだ。
などと思いながら、目の前に置かれた器を手に取った。
確か、羊の乳を発酵させたものに砂糖を混ぜたもの、と説明されたはず。
そこに盛られた白い塊を一匙すくい、口に入れた。
その瞬間、レティに電流が走る。
口に入れた瞬間に訪れるインパクト。
それが解けて舌全体に絡みつき、やっと正体がわかる。
濃厚なミルクのコクと、それをさらなる旨味へと変える砂糖の甘味。
舌が締め付けられるような感覚を覚えて、それが満足感につながっていく。
こくん、と飲み下せば、ほぉ……と満足げなため息がこぼれてしまって。
何があったのかと、エリーは思わずまじまじと見つめてしまった。
「レティさん? ど、どうしました?」
「え、あ、ええと……なんだ、ろう、これ……。
舌がきゅっとして、胸がほわっとして……何だかとっても満ち足りてる……」
どこかうっとりとした顔で、茫然としたような声でつぶやくレティを、驚いたような顔で見つめて。
それから、ふ、と微笑みを浮かべる。
「レティさん。それが、美味しいってことですよ」
「……これが、美味しい?
なるほど、これが……なるほど……」
エリーの声に、顔を上げて。それから、また器に目を落として。
納得したように、一つ頷くと、もう一匙。
また、もう一匙。
「なるほど……エリーが美味しいもの、にこだわるのも、わかる気がする……」
そう言いながら無心に食べるレティを、エリーはにこにこと嬉しそうに見つめていた。
「……その顔は、私の料理でさせたかったなぁ」
なんて、小さくつぶやいたりしながら。
今度からは甘いものも作らないとな、と心に決めながら。
「これ、おかわり」
「レティさん? 食べすぎはだめですよ?」
あっという間に食べ終わったレティへと、釘を刺した。
異国の食事に舌鼓を打った夜。
部屋に戻ればいつものように二人きり。
いつものように、静かに、時ににぎやかに、時間を重ねて。
次回:食後の戯れ
いつも、が少しずつ変わっていく。
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