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ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第ニ章【ゴブリン・パトリダ】
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第54話 終結と制裁


 もうお察しだろう。



「切り札?……あぁ、あの“石”か!」


「ビンゴ!」


「……ビンゴ?」



 またアマルティアにはわからないであろう単語で返答する紀伊きいちゃん。


 俺も、あの紫紺色の輝きを思い出す。


 紀伊ちゃんは言う。



「あの紫紺石、魔力が内包されてるって言ったけどさ、元々の用途はドーピングなんだよね」



 まぁ、魔法で操られた仲間を救うためだけの道具だとは思っていなかったけれど。


 ドーピングね、なるほど。……これもアマルティアにはわからないだろ。



「ティア、恐らくは一時的な身体強化って感じだ、ドーピングってのは」


「おお、そういうことか」


「その表現も生ぬるい。一時的な限界突破と言っても過言ではないぜランくん」



 俺の場合、アストロロギアの魔力を打ち消すために、紫紺石の中の魔力が多く使われたために、それほど身体に変化はなかったけれど、素の効果としては、およそあり得ない力が宿るのか。



「それを、ピズマに使おうって話?」


「やり方や、可能か否かを省けば、そういうことだね」


「一番省いちゃいけない要素……」



 現状、ピズマが勝つには、キリグマが弱体化するか、ピズマを強化するしかなく、後者ならば紫紺石がそれを可能にする。


 ならばそれを使わない手はないのだけれど。



「この距離から……というか、近づいても、あの速さで動いてるピズマの口の中に石を放り投げられるとは思えないし」


「じゃあ、アマルティアくんみたいなやり方にする?」


「……? なぜ顔が赤いのだ、ラン」


「変態さん確定だね。……ま、もちろんそんな方法できるわけもないし、どうしたもんか」



 紀伊ちゃん、この厳しい世界に揉まれて、少し性格が悪くなってないか?


 いや、違うな。それこそ、20歳になった──大人になったからこその余裕だろう。紀伊ちゃんからすれば俺は5歳のゴブリンだから、子供をからかうのなんて不思議なことじゃないしな。


 中身が20歳越えの男だから、これほどまでに気恥ずかしいだけなんだろうけど。



「──俺なら、多分どうにかできます」



 不意に聞こえた弱々しい声に振り向くと、



「隊長、それくらい、やらせてください」



 ゆっくりと起き上がる島崎慶次(けいじ)の姿。



「ちょ、大丈夫なの? 島崎くん」


「そもそも気を失ってただけです。そこの2人よりずっと元気ですよ」



 死んだように眠るアグノスと、わざとらしく痛そうな表情を浮かべるレプトス。ピズマが覚醒するための一瞬を稼ぐために無理やり身体を張った2人。


 脳への負担で限界を迎えた紗江さえにも負けず劣らず──というか身体的には圧倒的に、傷ついた2人を見て、島崎は言った。



「俺なら、どこからでも、あいつの口に石をぶち込めます」


「それは頼もしいけど……そのタイミングが見つかりそうにないね」



 よそ見なんて行為が、介入する余地のない、極限の1秒を争うあの空間において、紫紺石をピズマの口の中に入れ、かつ、噛み砕いてもらうというのは、不可能といって差し支えない。


 逆に言えばそれさえできてしまえば、あの実力差は逆転し得るのだけど……逆に言えばって便利な言葉だな、無理だよ。



「……数秒でも、キリグマの動きを止められたら、話は別だけどさ。レプトスとアグノスならまだしも、キリグマの攻撃喰らったら即死だよな」


「そうだねー……って、うん? そんなこともないかも」



 紀伊ちゃんが、ずっと黙っているアマルティアを一瞥する。



「ねぇねぇ、龍皇の力って、どれくらい使いこなせる?」



 アマルティアが顔を上げた。



「うむ。それをずっと考えていたのだが……動きを数秒止めるくらいなら、できそうな気がする」


「まじかティア、すげぇ」



 自分で降らせた雨を止ませることすらできなかったアマルティアだけれど、一応これでも龍皇だ。


 キリグマが一度として、元龍皇フロガに勝てなかったことを鑑みれば、不完全とはいえアマルティアでも、動きを止める程度なら可能かもしれない。


 やってみる価値は……って、それどころじゃないな。



「そろそろピズマもやばい。やるならすぐやるぞ、ティア」


「うむ、男なら一発勝負だ」



 紀伊ちゃんが、ポケットから取り出した紫紺石を島崎に渡した。


 

「信じてる、ティア」


「任せ──」


「行ってこぉぉいっ!」



 かっこよく、アマルティアが駆け出そうとしたその時。紀伊ちゃんがアマルティアの尻を蹴り飛ばした。


 恐ろしい速度で吹っ飛んだアマルティアが、戸惑いつつ、勢いを殺さずに上手く走り出してからようやく俺は紀伊ちゃんを見やる。


 なんて恐ろしいことを、と。そう言おうとした、その時にはすでに。



「……いない」



 アマルティア1人にやらせるつもりなど毛頭なかったのだろう。まぁ紀伊ちゃんもいるならアマルティアもちゃんとできるだろうし、何よりも。


 ……俺の役目がなぁ。本格的に主人公キャラっぽくないな、俺。



「ラン、集中しろ」


「悪い」



 島崎の声。すぐに前を見た。


 いびつな形をした紫紺石を矢の先端に括り付けた島崎が、弓を構えている。


 矢の力のベクトルを操ることのできる島崎なら、この矢をピズマの口元でピタリと静止させるのも朝飯前だろう。あとはそのためのタイミング次第。


 アマルティアが、キリグマの動きをしっかりと見られるだけの位置に立つ。キリグマの動きを止めるのに、キリグマの一挙手一投足を隈なく観察しつつ、龍皇の力を制御しなくてはならない。


 蒼穹に影は落ちず、雲など欠片も存在しない中──まして雨雲なんてあるわけもない中、雨が降り始める。


 ちらりと、キリグマがアマルティアを一瞥する。


 アマルティアが何らかの行動に出る前に、キリグマがそれを止めるのは容易であるが──



「失礼っ」



 風のように通り過ぎた紀伊ちゃんの長剣が、キリグマの視界を奪い去った。


 両目に切り込みを入れられ、溢れる血の涙。直後、宙にとどまった無数の雨粒が収束し、水の塊と化す。


 キリグマの両目が回復するよりも早く、蛇のような──否、龍のような形状をした水の塊が、キリグマの身体に、締め付けるように纏わり付いた。


 大蛇に巻きつかれたかの如く、一瞬、動きを封じられたキリグマを、豪速の雨粒が、弾丸のように降り注ぐ。


 高いところから水面に飛び込むとき、“面”として当たればアスファルトに飛び込むような危険性を帯びるほどに、速度や力の加減によって、水というものはその威力を変える。


 黒い肌を貫くほどの、弾丸を思わせる連撃の雨は、龍に巻かれて動けないキリグマには避けようがなかった。


 雨の龍皇、アマルティア。不完全ながらも、その驚異的な力の一端を垣間見た瞬間に、俺は喉を酷使する。



「ピズマァッ!」



 雨に襲われるキリグマを見て、俺たちが何かを企んでいることを瞬時に理解したのであろうキリグマは、すぐに振り向いた。


 そして、振り向き終わるころには。



「──ぴったし、だ」


「それを噛み砕けぇえッ──!」



 ピタリと。ピズマの眼前で静止する矢と、その先端に括り付けられた紫紺石。


 俺たちへの信頼故に、一切躊躇わず、ピズマは矢を掴み取って、先端を噛み砕──



「何をしてる……!」



 もう1つの重力とさえ呼べるほどの、雨の弾丸による圧力と、身体に巻き付いた水龍の封印すらも、ほんの一瞬で振り払ったキリグマの、低い声。


 ピズマの腹を貫こうと、突き出された腕が、肉薄する。


 紀伊ちゃんも、アマルティアも、島崎も。無論俺も、目を見開く暇もないほどの刹那の中で、驚愕した。


 ほんの数秒でも、動きを止められたなら、と。希望的観測だとしても考えていた俺たちにとって、1秒を数えられたか否かの速さで龍皇の全力の攻撃を無視して攻撃に移ることができるなんて、想定外であり、視界が歪むほどの最悪の展開だった。


 速すぎる。視界が真っ赤に染まるような錯覚を覚えた、死を呼び起こす刹那。



「1人ではないというのは──心強い」



 紫紺色・・・の、淡い輝きに、全身が包まれたピズマが、キリグマの方を振り向きもせず、背後に迫る腕を──掴み止めた。


 腕を掴まれたキリグマはすぐに膝を曲げた。ピズマの体勢を崩し、今目の前で起きている異常に対処しようとする。


 が、しかし。軽く引っ張られただけで、キリグマの足が地を離れた。


 振り返ったピズマの、拳。


 キリグマの驚愕に満ちた顔面が、熟れた果実のように、潰れながら血液(呪い)を撒き散らした。


 そこからはもう、キリグマは指一本、動かす間も無く、ピズマの“とどめ”が始まった。



「いや、私自身も、父親であるお前を殺すのは、最終的には私1人であるべきだとは思っていたが」



 振り抜くたび、その拳は漆黒の肌を貫いた。



「しかし、お前を殺したのが、私のもつ“仲間の力”だとするのなら、なるほど。私は初めから1人で戦っていたわけではないらしい」



 千切れ、切り裂かれ、破砕した骨の破片が、零れ落ちた臓腑に突き刺さる。



「約200年もの間、『最強』なんて子供じみた言葉に執着したお前に、1人で戦うことの無意味さを説いたところで、聞く耳も持たないのだろうがな」



 原型をとどめていない、キリグマ──だったものを持ち上げる。


 淡い紫紺色が、降り注ぐ陽と混ざって、濁った。



「これが末路だ。地獄で思い知れ、キリグマ」



 手を離し、地に落ちる父親の死体に、父親譲り(・・・・)の漆黒の拳を、振り下ろすと、同時。


 つんざき、煌めいた黝炎のいかずちが、紫紺色の魔力を纏って、その拳もろとも、伝説の男を撃ち抜いた。



「もう誰も、お前ですら──お前のことを救えない」



 崩潰ほうかいの咆哮。蜘蛛の巣の如き地割れと、漆黒の落雷の余波、振り下ろされた拳の因果。


 開いた口の塞がらない、唖然とした俺たちの視線の先。時空が歪んだかのようなくろと、死を握りしめた拳は。


 親を殴った、息子の拳は。


 ──ただの塵も残さず、キリグマという伝説を、消し去った。




❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 薄暗い、森の中。


 男は、道で拾った長い木の枝を杖に、情けなく、よろよろと歩く。


 ほんの少しだけを残し、失われた魔力のせいで、うまく歩けず、何度も転ぶ。



「……あの人間の餓鬼とゴブリン……忌々しい」



 男は草木の生い茂る道に唾を吐き捨て、また足を進める。



「キリグマ様によって殺される運命だというのに、生意気にも私の魔力を無駄遣いさせて……」



 魔法による瞬間移動の反動と、極度の魔力不足さえ、今は怒りに変わる。


 何とか、忌々しい人間とゴブリンの前では、平静を保って、余裕ぶって、逃げてきたものの、こうして1人になると沸々と、泡のように怒りが湧いてくる。


 キリグマという恩人への忠誠心も、今ばかりは少しだけ、薄れるほどに。



「あのゴブリン以外、魔法が効かないというのも、尚更忌々しい……」



 最後に操れたのが、役立たずのゴブリン1匹だったのが、敗因だ。金髪の女や、弓を持った男さえ操ることができれば、こんなことには。


 それも全て、あの人間どもに魔法による抗体を与えていた、悪しき“魔女”のせいだ。



「たかが数年、魔法を使えて、世界に甘やかされただけのアバズレ魔女ごときが……」


「──かわいい猫耳の割に、言うことは酷く汚いのね」



 男は顔を上げた。


 立っていたのは、落ち着いた藍色のドレスに身を包んだ、1人の少女。


 薄暗い森の中、吹き抜けた風が葉を揺らし、差し込んだ木漏れ日が、その灰色の髪を煌めかせた。


 淡い、紫紺色の光の球が、少女の周りを飛び回り、少女の肩には、妖精を思わせる小人の少女が楽しそうに座っている。


 男は下唇を、血が滲むほど噛み、鉄の味とともに言葉を吐き出す。



「…………魔女ッ……!」


「その呼び名は好きじゃないの。だって、そう呼ぶ人は大抵、あなたみたいな顔をするんだもの」



 抑えようのない怒りと憎しみが、男の顔をさらに歪ませる。


 深淵の冷たさを思わせるような、透き通った声が、揺れる枝葉を喜ばせた。



「初めまして初代魔法使いさん。名前は、あるのかしら?」


「貴様ごときに名乗る名前など──」


「アストロロギア──なんて、どうかしら」



 冷たい、笑みだった。


 男の背筋を──否、全身を。凍るような恐怖が走り抜けた。


 魔法の力で生き延びた、途方も無く長い人生の歳月によって、とうに忘れたはずの“本能”が、白々しく産声を上げた。


 逃げろ。今すぐに。



「ひぇ、は……ふ、ぃい……っ!」



 やるべきことは、再びの瞬間移動。頭は嫌に冷えていて、わかっていても、恐怖におののいた身体が言うことを効かない。


 うまく循環してくれない魔力が、魔法の発動を妨げる。


 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。



「逃げろ逃げろ逃げろ逃げ──」


「魔法使いは──2人も要らないの」



 瞬間移動移動でも、奇跡的な逃亡でもなく。


 男は、紫紺色の炎に焼かれて、灰になって風に流された。


 同じく、灰色の髪が、澆薄ぎょうはくな笑みを包んで、静かに揺れていた。


ありがとうございました!

前書きは要らないと思って書きませんでした。


そろそろ、お待ちかね(?)の、日常回だったり、楽しくお喋りだったり。


戦闘シーンの続いたvs.キリグマ編も終わって、気楽な話でも、書きましょうかね(誰目線


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