第53話 呪われた焔色の血
こんにちわ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
今日はもう1話投稿します。
vs.キリグマ編は、もう終わりですね。
──始祖の血液は生命の理を超越する。
以前、キリグマについて始祖じいが話してくれた際に、レプトスが言った言葉だ。
始祖の血液を、その始祖の致死量を遥かに超える量、吸収することによって、その生命体は寿命という絶対の運命から解き放たれる。
言わば道聴塗説や、噂──あるいは昔ながらのお伽話の一つに、それらしい内容があった。
言い伝えられる伝説の一つ。具体的には、『始祖様は血を民に分け与え、多くの傷ついた民を救った』というものだったが。
親が子供に話すお伽話の一つでしかないが故、致死量やら寿命の上限が無くなる、などという事実は、解釈の一つにすら含まれていなかった。
しかしながら、そのお伽話は、始祖や、各種族の一部にとっては、信憑性の高いものとされていたらしい。
特に、裏社会と呼ばれる──それほど大規模なものではないが──始祖や世界新聞から隠れるような組織社会においては、始祖の血液による実験を試みようという動きまであった。
それこそ始祖の殺害を前提とした実験が、簡単に進むわけもなく──どころか、成功するはずもなく、“永遠の命”という上ずった言葉のみが一人歩きしていたのかもしれない。
そして歩き着いた場所に、キリグマがいた。
万人が納得する理由など微塵もなく、ただ純粋に強さに惹かれていたキリグマにとっては、朗報に違いなかった。
彼とて、完全に信じていたわけではなかったのだろうが、そんなお伽話にさえ、縋ってしまうほどには、彼は強さに飢えていたのだろう。
そして彼はセンチルの始祖を殺した。その血を浴びるように吸収した。
生命の理を超える力を持つ血液に、キリグマの身体は無論、耐えられず、彼は程なくして意識を失い、そのままスタヴロス監獄に収容された。
彼の肌は日に日に黒く染まって、やがて全身が底のない闇のような黒に成り果てた。
まるで始祖の血が、怒りで沸騰でもしているかのように、キリグマの身体からは、水蒸気が立ち上っていた。
お伽話の信憑性を確かめるために、始祖たちの実験動物として生かされていたキリグマは、生まれつきの強さに加わった始祖の力によって、いとも簡単に脱獄。
世界最古にして世界最高の、伝説のスタヴロス監獄を、二度にわたって脱獄してみせた。
世界は──特に始祖たちは、その“血”を罪とした。
お伽話が現実になったことも、世界にある程度の混乱を与えたが、それよりもその血の力で暴れ回るキリグマの方が恐れられた。
その血は数え切れない命を吸い取った。
その血はあまりに多くの涙を流させた。
その血は──世界に呪われた。
「──この血を呪っていたのは……私も同じだったのだがな」
黒く。ただ黒く。闇夜の晩さえ比べるに値しない、純粋な漆黒が、肌を染めていた。
傷口や、肌の至る所から蒸気が揺らめく身体を、悲しそうに見下ろした。
「世界の呪いは、ゴブリン1人だけでは許してくれなかったらしい」
今も少しずつ、黒が侵食する手のひらを見て、呪われたゴブリンは──ピズマは、呆れたように言う。
世界の、血に対する憎悪は、キリグマ本人のみならず、その子供にさえも、その罪を課した。
「……やはりお前も選ばれていたのか、ピズマ」
「選ばれて……? ふざけるなよ、元はお前の“罪”だろうが……!」
ピズマの様子に驚いた様子もないキリグマの、無責任な発言には、ピズマも思わず声を荒げたが、すぐに冷静になる。
「お前の言った通りだったのかもしれない。私が『天使』としての才能に恵まれたのも、回復神法の効果が異常に高かったのも、全て、この血の力だったのかもしれない」
「だからそう言ってるだろう。お前は、幾多の命を飲み干したその血液で、誰かの命を救っている、皮肉で、矛盾した男なのだと」
少なくとも、ピズマの優しさは、類稀なる才能は、彼自身のもので、父親の罪の影響などではないと、俺たちは信じているし、現にそうであるはずだ。
血液ごときに左右されるほど、ベータの加護は安くない。
ふざけたことを言うな、と。そう言ってやりたいが、しかし。
「……たとえそうだったとしても、救えた命が1つでもあるのなら、私はそれだけで十分だ」
ピズマ本人が、そうしないのなら、部外者の俺が何かを言う道理はない。
「呪われた力で救われたところで、そんな命に価値はないぞ」
「関係ない。私の血が呪われていようが、救われた命に罪はない」
罪を背負うのはあくまで自分のみだと、そう言った。
その強さに、その優しさに、俺たちは何度も救われたのだ。
「欺瞞だな、ピズマ。まぁいい……いずれにせよ、お前に用はない。俺は龍皇の餓鬼を殺しに来たんだ」
殺気に満ちた眼光が、アマルティアを射抜く。自分の勝利や未来を疑わないキリグマは、余裕のある声音で言う。
「お前が“始祖の力”を継いでいたとしても関係ない。何度も言う、俺が『最強』だ」
「何が『最強』だ、くだらない……まぁ私も、目を覚ませとは言わない──」
すっかり黒く染まりきった拳を、握った。
「その夢に囚われたまま──死ね」
破砕音。まるでクレーターのように地面が抉れるほどの衝撃が遅れてリム湖湖底を襲う。
今までのピズマとは段違い──それこそ超自然的な“力”による圧倒的瞬発力。
キリグマがゆっくりと目を開ける。無論、眼前にはすでにピズマの影。死を引きずりあげるアッパーカットが顎を打つ。
その威力に、キリグマの巨体が宙に浮く。弛緩した刹那を切り裂く回し蹴りが、キリグマの脇腹を捉える。
くの字に折れる全身の悲鳴に、キリグマの呪われた血液が歓喜した。
骨が突き破った腹部の裂傷から、爛々と輝く朱色と薄墨色の蒸気が噴き出て飛び散る。
キリグマの漆黒の肌に、ピズマの漆黒の拳が雨のように降り注ぐ。もはや音も置き去りにした兇猛の拳。
歪むように頽れる内臓が呪いを吐き散らす。
漆黒の影に、塗りたくったような赤が混ざり合う。
すでに骨の砕けた拳を振るう。噎せ返るほどの蒸気と、溺れるほどの血液に静謐なリム湖が犯された。
息を呑む。顎を伝う一滴の汗すら、落ちるのを忘れる。
雷に打たれ、凄惨な黝に滲んだピズマは、悪魔的な猛撃を見せた。
箍の外れた狂乱を緋色が彩る率爾の光景に、誰もが瞬きを忘れた、その刹那。
「確かに血は争えないな、ピズマ。お前も──愉しそうに殺すんだな」
ピズマの顔面が、振り下ろされた拳に潰される。
血に塗れたキリグマの声だったのだと、その時に理解する。立ち昇る蒸気を振り払うように、旋回したキリグマの後ろ回し蹴りがピズマを蹴り飛ばす。
空を切り、地面を削るピズマの巨躯が、痛々しい生傷に覆われる。
痛みを忘れたピズマが起き上がるよりも速く、キリグマの横薙ぎの脚が肉片と肋骨を刈り取った。
手をついて、顔を上げたピズマ。肉薄した膝が額を割る。髄液をばら撒いて砕けた頭蓋が、唾棄を誘うほどの晴天に照らされる。
直後、下から振り上げられた脚に対し、両腕で防御を試みたピズマが、俺たちの目の前まで蹴り飛ばされた。
明らかにへし折れた両腕をだらりと下げて立ち上がったピズマが、小さな声で呟く。
「……2人を、遠くに……」
地面を蹴ったピズマが視界から消え、直後鼓膜を叩いた打撃音に振り向くと、キリグマとピズマ、互いの拳が割れるほどの激突をみせていた。
すぐに振り返った俺は、恐らくは同じことを考えているであろうアマルティアと目が合う。
頷き合い、そして駆けた。
「ちょっと、ランくん!? アマルティアくん!?」
背中に届いた驚嘆の声はともかく、俺とアマルティアは地獄の戦場に足を踏み入れた。
間近で繰り広げられる惨烈な親子喧嘩を阻まぬよう、ギリギリを駆け抜けて、俺とアマルティアはそれぞれレプトス、アグノスの前で足を止める。
掴む場所もないほどに、レプトスの上着は破れていたので、脇に抱えてすぐに走り出した。
横目に捉えたアマルティアも、アグノスを背負っているのを確認し、逃げ帰るように──実際逃げているのだが、紀伊ちゃんたちのいる場所へと疾走し、到着。
ゆっくりと地面に下ろすと、
「痛ぇ……」
潰された蛙のような呻き声が聞こえて、自分でも驚くほど安堵する。
レプトスはどうにか無事だろう。アグノスは?
「おい! アグノス! しっかりしろ!」
キリグマの一撃をまともに喰らったのだから、あるいは当たり前なのかもしれないが、アグノスは意識がないようだ。
微かに上下する胸を見て、息はしているとわかって安心したが、重体なのは言うまでもない。
しかしこれで、ピズマが周辺を気にする必要はなくなった。無論、その程度のことでキリグマとピズマの実力差が埋まるわけではないが。
「……勝てるの? 彼は」
事実、今日、ピズマを見たばかりの紀伊ちゃんでさえ、ピズマとキリグマの差を感じ取っている。
誰だってわかる。ピズマは確かに強くなったし、黒さを増すほどに動きも速くなっていくのがわかるが。
「どちらも怪物だが……キリグマはもう、形容し難い強さ、だな」
「アマルティアくんも、そう思うよね。正直、このままだと……」
確かに、体感と、そして今目の前で繰り広げられる戦闘──喧嘩を見ているだけでも、キリグマならば元龍皇フロガにも、劣らないのではないかと思える。
それでも実際には、幾度の戦闘のその全てで、キリグマはフロガに負けたらしいが、それも疑わしく思う。
圧倒的な回復力と身体性能。威力、速度ともに規格外の攻撃。そもそも戦うべきでないのは明らかな怪物。
「……だとしても、ピズマが負けたらそれこそ全てが終わる。……それとも、紀伊さんなら、勝てる?」
「カップラーメンを作る時間くらいは稼げるかも」
「……カップラーメン?」
紀伊ちゃんのおどけるような言葉に、思わずくすりと破顔した俺の横で、アマルティアが大げさに首を傾げた。まぁ、カップラーメンなんてこの世界にはないだろうし、わかるはずもないか。
むしろ、この世界に来て5年も経つのに未だカップラーメンとか言ってる紀伊ちゃんの方がおかしい。
「まぁ俺もティアも、敵わないことはわかってるし、ピズマが最後の砦なのは変わらない。何としても勝たせたいけど、下手に手を出すとその手を千切られそうだし」
「だがラン、もう臆病になっている暇もないかもしれないぞ。ピズマが押され始めた」
視界の中央、防御を捨てた2人の、死を彫りあげる攻撃の嵐が、またもリム湖湖底を紅く染めていた。
しかし、アマルティアの言った通り、どちらかと言えばキリグマの攻撃の方が効いているように見えるし、実際そうなのだろう。
時間はもう、ほとんどない。
その時。
「……あぁなるほど、そういうことだったんだ、瑞樹っち」
不意に、納得と、それを少し上回る驚きの声が上がる。
声の主である紀伊ちゃんを見ると、わかりやすく、思いついたと言わんばかりに、手のひらに拳を乗せていた。
「そのための3つ目なんだね……相変わらず未来予知みたいなことを平然としてのけるなぁ」
「キイ? どうしたのだ?」
アマルティアの疑問に、自慢げに紀伊ちゃんは答えた。
「あと1つだけポケットに入ってるんだ。アマルティアくんたちもその目で見た──切り札が」
ありがとうございました!
次の話で、vs.キリグマ編は終了ですね。




