第52話 優しさの強さ、その正体
こんにちは。
某けものアニメ、ついに終わってしまいましたが、とても良い最終回でした。
あんな優しい世界で暮らせたら、どうでしょう、僕はもしかすれば性格が悪くなってしまうのかもしれません。
自分の持ち合わせていない優しさや綺麗さを、時に人は妬ましく思うものですから。
本編、どうぞ(脈絡も無い)
本当の戦いが始まったのだと、感じた。
それこそ伝説級の怪物を相手取って戦うのだから、主人公らしく活躍を見せたいところだった。
しかし。どうしたってそれは無理だ。
一センチの誤差も許さない緻密な連携が、その命を守る唯一の術ならば、それはピズマと、レプトスとアグノスという、昔馴染みの3人だからこそなし得ることだった。
複数人で連携が基本。単体での火力の差は歴然。一対一では敵う道理もない。
となれば、それ相応の連携を、それ相応の信頼を、それ相応の戦いを可能としたあの3人が、漆黒のゴブリン──キリグマという伝説に立ち向かえるのだ。
そこに俺の入る余地はない。
噛み砕いて言うならば(石ではなく言葉を、だ)、邪魔してはいけない。
足手まといが1人でもいれば、それが全滅へ直結するのだから、いくら自称主人公でも、あるいは本当に俺が何かの物語の主人公だったとしても。
言うに及ばず、戦場に雑魚は必要ない。
「見てることしかできない……下手にキリグマに攻撃しようとしたら、それが3人の邪魔になるし」
「しかし、ラン……! キリグマの狙いは私だというのに!」
「アマルティアくん、もどかしい気持ちもあるだろうけど、今は耐えて。今の彼らにとって私たちは味方ですらない。自分たちとキリグマ、そしてそれ以外、でしかない」
冷たいことを言うようだけれど、やはり紀伊ちゃんも、もう20歳で、大人である。
父親の影響で、6歳という年齢を感じさせない容姿と頭脳を持つアマルティアも、人生経験という部分においては、6年という短さを他で補えない。
大人びた冷静さを持っていることは知っているが、それでもやはり子供だから、こういう時に割り切れないのも、あるいは仕方ないのかもしれない。
「少し離れよう。ここにいると、いずれ邪魔になりかねない。島崎は運ぶから、紀伊……さんは紗江さんをお願い」
「うん、ありがと」
仲間が今も命を削って戦う中、離れた場所で高みの見物とは、いいご身分だなぁと、あるいは薄情な奴らだな、と。そう思われるのも致し方ないけれど、しかし。
“アレ”は別だ。
必死になればなるほどに、戦えば戦うほどに、死という結果がより鮮明に見えてくるような、そんな殺し合いの舞台には、俺たちは選ばれていない。
手助けに行けば、それはその瞬間だけ、優越感なり、自己満足の正義感なりが、舌鼓をうって喜ぶのだろうけれど、直後、場違いを実感し、取り返しのつかない後悔に囚われる。
そんな、瘡蓋を剥がすような行為に、意味はない。
「……それにしたって強いね、全員。私はアグノスしか知らないけれど、あとの2人も相当強いっぽい」
戦闘に参加していなくとも、まるでその最中にいるような、そんな緊張感に満ちた視線を、リム湖に送りつつ、紀伊ちゃんはそう呟いた。
「あのでかいのがピズマ。あんな見た目だけど、『天使』の加護を授かってる。……そして、ピズマはキリグマの息子らしい」
「あー……通りで。彼だけ、何かにこだわるように前に出てるからさ、死にたがりなのかと思ってたけど。責任感が強いんだね」
そこがピズマの良いところであり、今回に限ってのみ、危なっかしいところである。『天使』の加護を授かれるほどに、神からも認められたその優しさは、人一倍の正義感につながり、そしてそれは罪への嫌悪にも等しくなる。
アマルティアのように、『罪の子』とまで呼ばれることはなかったにせよ、ピズマもまた、大罪人の父親を持つ1人として、その見えない枷に苦しんできた。
とはいえこれは、ピズマからキリグマへの、復讐でも報復でも、断罪でもない。
度し難いほどに血生臭い、ネジの外れた親子喧嘩である。
「んで、ずっとフラフラしてんのが、レプトス。……俺はあいつより強いやつに会ったことがない」
「ん? レプトスってそこまで強かったのか?」
アマルティアが首をかしげた。まぁ、レプトスはその実力を周囲に隠しているから、周りからはその一端しか評価されていないのだろうけれど。
アマルティアからすれば、レプトスよりアグノスの方が強く見えるのかな……まぁ、俺も同じで、師匠贔屓ってやつだ。
「その最強のレプトスくんを合わせた3人がかりでも、キリグマには苦戦を強いるんだね……」
パトリダが誇る3人の戦士の実力を認めつつ、その上で呆れたような目でキリグマを見て、ため息混じりに、紀伊ちゃんは呟いた。
俺も思わず苦笑い。それほどに、目の前で繰り広げられる戦いは、力の天秤が狂っていた。
──キリグマの拳が大気を叩く。
腹の底が震えるような、振動の響きに、思わず眉をひそめる。
いつもの大剣はどこかに置いてきたのか、あるいは壊れたのか。いずれにせよ大剣を持たないピズマは、その拳を武器にかえ、黒い肌に叩き込む。
信じがたい速度で傷が回復するキリグマとはいえ、鬼のような連撃を見せるアグノスの前では、回復が追いつかず、その黒い肌から、焦げたような血液と、むせ返るような蒸気を噴き出していた。
一度気を抜けば、確実に見失うレプトスの、弄ぶような短剣捌きも、急所にのみ正確に通る刃も、キリグマにとってみれば、底知れない脅威に他ならない。
個々が、ため息が出るほどの実力を持ち、そしてそれを最大限に活かすだけの才覚を発揮した上で、針の穴を通す精密さの連携を繰り返す。
群れを成して敵を屠るようで、その実、群れを形成する単体が異常に優秀であることが、この3人の強みであることは、その後ろ姿だけでも疑う余地もない。
しかし。
「小賢しいッ……!」
そう言ってひどく乱暴に振るわれただけの腕でさえ、不可避の一撃と化すキリグマにとって、常軌を逸した連携も、あるいは子供騙しと言えるのかも知れない。
およそあり得ない速さで殴り飛ばされるアグノス。離れた位置からでも聞こえそうなほどに、骨の砕かれた音が、彼の体の中で木霊する。
無論、1秒を数えるよりも早く、ピズマの“無詠唱の即時回復神法”の淡い光が、アグノスの全身を覆う。
これが、彼ら3人がここまで戦え、ここまで生き残れた要因の一つ。
死さえも生に塗り替えかねないほどの回復神法。
恐らくはガンマの持つ『生命』に最も近い力。
衣服は無残に破れていても、彼らが傷一つないのは、その力ゆえのことであり、それに尽きるのだけれど、しかし。
「ふんッ!」
「ぶっ……!」
胸を押しつぶすほどの衝撃が、レプトスを襲う。目に追えない速度で繰り出された回し蹴りは、レプトスの肺の空気を吐き出させるには十分だった。
苦悶の表情で後ずさるレプトスにも、神法の光が舞い降りる。
直後、無造作に振り回された拳と脚が、彼ら3人をまとめてねじ伏せる。
回復神法も、追いつかない。
その後すぐに、傷だけは治ったとしても、失われた気力、体力は戻らない。
それは攻撃力の低下に直結し、そして敗北に繋がることさえ、想像に難くない。
「ピズマの回復神法も、いつまで使えるかわからねぇし……神力が尽きる前にケリをつけないと、勝つ見込みもなくなるぞ……!」
「何か、とっておきの打開策がないと、ジリ貧もいいところだよね」
ただ見ているだけの俺と紀伊ちゃんでさえ、変な汗が滲むほどに焦りを覚えている。
当の本人たちが何を感じているかを思えば、それが手元を狂わせないことを願うのみだ。
──そして、恐れていた時が、訪れる。
「一旦離れろ!」
ピズマの、怒気さえ孕んだ声に、即座にアグノスとレプトスが反応する。
3人はキリグマから距離を取る。それをキリグマが許したのも、キリグマ自身の身体の、回復が追いついていないからであり、それこそ“許した”というよりはそうせざるを得なかったとも言える。
あくまで冷静に、焦りを押し殺した声でピズマは言う。
「神力に、限界がきた」
それを聞いたレプトスも、アグノスも、驚いた様子はない。
風に揺れる草木の音と、3人とキリグマが戦う衝撃音のみが響く、リム湖の静寂の中で、ピズマの声は俺たちにも届いた。
むしろ、俺たちが驚き、そしてどす黒い不安に襲われた。
あまりに太い生命線が、切れた。
即死攻撃なんてものは、キリグマにとってはお手の物で、それを繰り返しても、死と同時の回復がそれを無に打ち消してきた。
しかし、ここからは助からない。食らう一撃が、死に置き換わる。
尚更俺たちは、ここにいるだけということに、言いようもない怒りを感じる。
今なら、ピズマの力の一つが機能しない今ならば、助けに行っても邪魔にはならないかもしれない──なんて考えは、どこまでも自分勝手ではあるけれど。
ピズマの言葉に、別段、驚きも、焦りもしない彼らを見ていれば、それすらも想定内だと、そう思える。
それは俺たち外野の参戦を必要としないという意味でもあるが、距離を置いた外野だからこそ、一抹の不安を覚えてしまう。
「……私も、アレを解放しようと思う」
ピズマの声をなんとか耳が捉えた。
決意や覚悟を想起させる、力強い声音に、嫌な予感がした。
「……本当にいいのか? ピズマ。もう取り返しがつかなくなるぞ」
アグノスも、荒い呼吸の中に、同様の色を見せている。
「ひゃはは。どうせ最初から、そのつもりだったんだろ?」
レプトスはあいも変わらず、小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。……もしかすれば、レプトスなりに冷静を装っているのかもしれない。
「私だって別に、隠したかったわけではないからな。……確かに、最終手段ではあるが」
「3人でなら勝てると思ってたけど……力及ばなかった僕らにも責任はある」
アグノスは、漆黒の長剣の刃を見つめる。
レプトスはポケットに手を突っ込み、身体の修復に専念するキリグマを見据える。
「これは父親の業であり、私の業だ」
ピズマは深く息を吸う。
「背負う覚悟なら──とうの昔にできている」
何かを感じ取ったキリグマが、突然顔を上げた。
怒りや焦り、そしてどこか期待も滲む表情は、すぐに消え失せ、キリグマは時を置き去りに、弾かれるように地面を蹴った。
確実に、一撃で、殺すためだけの拳が握られた。
残像にも等しいキリグマの姿が、リム湖を一直線に駆け抜ける。
ピズマの“何か”を止めようと、その殺意を尖らせた。
「その業の欠片でも背負えるなら──」
黒く、鈍く、鋭く。しなる刃が煌めいた。
「──この命をもって、扶けるぜ、ひゃはは」
ゆらりと揺れて、にやりと笑った。
「……なっ!?」
驚愕に目を見開いた。紀伊ちゃんが声を失い、俺が唖然とし、アマルティアは思わず立ち上がる。
ピズマが回復神法が使えなくなった今、キリグマの攻撃に対しては細心の注意を払う必要が、より大きくなったはずである。
必殺技しか持ち合わせていないキリグマと相対することとは、死と目が合うということに違いない。
それを最も理解した2人は──その身を賭して立ちはだかった。
キリグマは眉ひとつ動かさない。速度も威力もそのままに、ピズマと自分の間に飛び込んだ2人の戦士を目にもとめない。
「──『縹渺』」
「ひゃはは」
それぞれ漆黒の長剣と、短剣を構えたアグノスとレプトスは、その命を刃に乗せた。
豪速の黒影が────2人を粉砕した。
何かがへし折れるような、何かが千切れるような。
何かが潰れるような──そんな音がした。
「レプトスッ!」
「アグノスッ!」
枯れ葉のように宙を舞い、血に染まる恩師の姿に、反射的に俺とアマルティアは叫んだ。
悲しみと怒りに満ちた俺たちの声は──開闢の怒号に掻き消された。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
鼓膜を撃ち抜く撃鉄。
ピズマの雄叫びが──空を穿つ。
神経系に犇めく轟音。あるいは聞き覚え、見覚えのある力の蹂躙。
晴天を貫く──漆黒の雷。
それはかつて伝説のゴブリンが──キリグマが、猛威を振るった勁烈の力。
迸る黒き落雷は、光の速度でピズマを撃ち抜いた。
崩れ、捲れる地面と、爆風の如き風圧に、キリグマが足を止めた──否、足を止められた。
「認めよう。お前が私の父であると。そして償い、贖おう。皮肉にも、“血”は争えないという運命に」
一転、水を打ったように静まり返ったリム湖中心。
呪われた死の影の形をした漆黒が──ピズマの肌を覆っていた。
──世界に諍う禁忌の力は、その“血”となって受け継がれた。
ありがとうございました。
漆黒のゴブリンことキリグマの息子であるピズマも、黒く染まりました。
闇落ちではありませんのでご安心を。
これも肌の色でしかありません。彼の中身は変わらず優しいままです。やはりその程度ですね、肌の色なんて。