竜王と星詠の願い
「“星詠”・・・か」
荘厳な謁見の間にある王座の肘掛けに堂々と頬杖をつく、王らしからぬ態度も様になっているところが不思議だと、自らも一国の王である男は苦笑を漏らした。そして、その呼び方も。
「またそれですか。いい加減、名前くらい覚えたらどうです?」
「名前なんて覚えたって、そのうち同名の奴なんてゴロゴロ出てきやがる。俺が付けた唯一の愛称なんだからいいじゃねえか」
そう荒々しい口調をしつつも愉快そうな声色は崩さない。昔からこういう奴だったな、と短い付き合いではない彼は思っていた。
「私も一応、一国の王なんですが・・・。まあ、竜の国の王である貴方には逆らいようがないですがね」
竜王と呼ばれる玉座に座る男は、人の容貌を成しているが、人ではない。言い伝えでは、争いの絶えなかった人を憂いた神が遣わした竜の末裔と呼ばれるのが竜人であり、その純血を保ているのが竜王を筆頭とする王族である。といっても、現実的には純血ではないのだが、そこは省くとしよう。
そのような流れから、今では竜の国が存在する。その国の王が彼だ。
そんな彼は、私の発言に「まあ、確かにな」と笑う。
「んで、今回は何の用だ?」
竜の国の王である彼に、ただ会いたいなどでは普通は会えない。愛称をつけられるほど親しいのと、彼自身が破天荒な性格をしているので、まあ、わからないが、まあ、それは置いておこう。
今回は、自分が星詠と呼ばれる能力ゆえに訪ねたのだから。
「・・・みえたんですよ、私の最期が」
「・・・そうか」
静かに呟かれた言葉には明らかな悲愁の感情がみてとれた。それを見て見ぬふりをして星詠は続ける。
「それで、お願いがあるんですよね」
「おいおい、態々俺にか?」
「ええ。竜の国、五代目竜王である貴方に」
人のその上に立つのが竜王である。そんな彼に堂々と願い事など前代未聞だろう。
「最後の願いというなら、友であるお前の願いくらい叶えたいくらいなんだが・・・、内容によるだろうな、メンドクサイ」
「友の願いを蔑ろにしないで下さいよ、世界でも有数の権力と力を持つ竜王が」
「いいじゃねえか。竜王、竜王って、好き好んでこんな役職に就くやつがあるか」
付け加えるが、竜王は世襲制である。
「人によっては喉から手が出る程、渇望される地位なんですけどね」
「そんな奴ら、視界に入った瞬間抹殺だ。反吐が出る」
「まあまあ。人の欲望というのは際限がないものですから。まあ、そんな矮小なものが抑えられない馬鹿は死んでも治りませんよ」
「お前、・・・俺よりも酷くないか?」
「気のせいですよ。それより、引き受けてくれますか?」
まっすぐな彼の視線を一身に浴びる竜王は溜息をこぼす。
「言っただろ、内容によると。幾ら俺でも“世界の意思”に逆らうマネはできねえ。あと、俺の竜王っていう枷もあることだしな」
なんでも竜王の地位についた者は世界の声が聞こえるらしい。人からすれば、なんだそれは、といいたくなるが。昔聞いた話では、例えば土地が傷つくと頭痛がするくらいの悲鳴が聞こえるとか、どこかの国が悪政を敷くと、それに苦しめられる民の声がどこにいても聞こえるなど、拷問に近いらしく、人の監視するのをやらざるを得ないらしい。
「そんな大袈裟な願いではありませんよ。・・・息子のことです」
「ああ、お前にできる坊主ってやつか。あと三年後の筈だが?」
以前にもみたので、彼には既に話してあったことだ。一度に少しの未来しか見えないため、この能力も些か使い勝手が悪い。
「うん、そう話したよね。僕は彼が八歳になったら・・・」
「それ以上言うな。言葉にしちまったら現実になっちまう」
「私の予知は外れたことはないよ」
「それでも、だ」
そう言い放つ彼に苦笑が漏れる。人ではないはずなのに、人らしいのが彼である。
「・・・話を続けるよ。私はそれ以降のことはみえない。でも、予想はつく」
「八歳のガキが王位を継げば、周りのクソ狸どもが黙っていないってか」
「その通り、私としては阻止したいわけだよ」
「・・・それは国の為か?」
国の為。王としてはそう答えるべきだ。それでも・・・。
「・・・それでも、私、いや、僕は・・・息子を選ぶよ」
「はっ、人払いとその辺の間諜を追い払っておいて正解だったな。国と子を天秤にかけて子を取る、の発言は身を滅ぼすぞ」
王として失格なのは重々承知の上だ。民にも申し訳ない、だが。
「それでも・・・」
「まあ、お前のとこの王妃が身を挺してまで産もうと決意するんだからなぁ。その意思を無駄にしたくないのは分かるがな」
「このことはまだメリルアーナには話していない。いや、話さないつもりだ」
「と言っても、あの王妃は気付くと思うぞ。ったく、あの弱弱しいくせに妙に勘が鋭いとこは流石はお前の妃だな」
否定できない。
「んで、俺にどうして欲しい? 一人の父親として」
「・・・君の姫を、私の息子に輿入れして欲しい」
「はぁっ?」
声を荒らげ、眉間に皺がよる。普段、飄々としている彼には珍しい反応だ。
「それだけで牽制になる。君という後ろ盾がいるからね」
「テメェ、それがどういうことか分かって言ってるのか!?」
「勿論だ。君の傘下にはいることになる」
人の国の王族、しかも国王に竜人が嫁ぐのはそう珍しくはないが、竜人の王族が嫁ぎ、それも王妃になるというのは歴史の中には存在しない。中には、竜王に媚を売ろうとしているや、国を竜王に売ったと野次るものも出てくるだろう。
「そこまで分かってて、何故、その方法をとる? 下手をすれば人ではなく、竜人が治める国になっちまうぞ」
「それは僕が決めることじゃない。息子が決めることだ」
「・・・だとしても、」
「他国の姫だと国が荒らされる可能性がある。その点、君の姫なら、政治的手腕はあるだろうし、息子が国を治めることができるようになれば身を引くこともできる。まあ、その後は息子次第だけど」
幼い息子に国を治めるなど不可能だ。断言できる。他国から姫をとれば傀儡になるのが落ちだ。自国でも然り。
しかし、竜王の血族ならそれは別だ。竜人というだけなら権力の意味で不安だが、王族ならそれはない。なにより、彼のことだ。自身の子に竜人としても、人としても王族としての教育をしているだろう。
「・・・くくく、面白いじゃなえか。いいぜ、とびっきりなのを送ってやる。ただ、俺は指示を与えねえ。愛娘がどうするかは俺の管轄外だ」
「それで十分だ。感謝する」
「おいおい、そういう時はああ言えって言っただろう?」
「・・・ありがとう」
「気にすんな」
星詠の言葉だ、無視はできねえよ。と言うが、本当、いつまでその呼び名なんだか・・・。
「そろそろ、お暇させていただくよ。これ以上、竜王を独占したら他の国の者に刺されそうだ」
「・・・おい」
「なんだい?」
「また、顔を見せに来い、シリウス」
「・・・ああ、また来るよ、アレス」