幼き陛下の追憶
物心が付く頃、気付くと既に僕の周りには誰もいなかった。
僕は父上の子に生まれて王子という地位にいるらしく、侍女がいるのは当たり前だったし、警護として騎士が就くもの日常だった。
そうして、周りに期待されているのが子供心ながら分かって、いっぱい勉強して、剣の練習も精一杯やった。教えてくれる先生達からは「秀才だ」、とよく褒められもした。
そんなある日、父上が倒れた。
本で親には父親と母親がいると知って、自分の母上はどこにいるのかと訊くと、みんな言い辛そうに、「お亡くなりになられました」と口々に言う。それは、二度と会えないという現実を知らせるものでもあった。
急いで城の廊下を突き進む中、そのことが頭から離れなかった。
息を切らして父の部屋の扉を開け、駆け込むと、ベッドに深く沈んだ父の姿を見る。その姿は、日頃民に慕われる、尊敬すべき背中とは程遠く、顔に苦痛の色を示す病人でしかなかった。
「父上・・・」
「・・・ロイス、か」
閉じられていた目が開く。
苦痛と疲労に見舞われながら、その瞳はいつものように優しさと威厳を兼ね備えたいつもの父のものだった。
「・・・私は、もう駄目だ」
「そんなっ、そんなことはありません!」
自分は子供だ。それくらい知ってるつもりだ。
でも、そんな自分が見ても分かるくらい、父上は疲弊しきっていた。その言葉が嘘ではないことぐらい・・・、だけど、信じたくなかった。
「王位はお前が継ぐことになる。その心積もりはして欲しい」
「いやです、そんな・・・」
「本当に母親に似たな、そっくりだ。意志の強いところも、察しが良いところも・・・」
そう言って、泣きそうな僕に父上は頭の上に手を置いた。
分かっているんだ、僕が理解していることは。
「すまない、親として失格だな」
「そんな、父上は立派で・・・僕の誇りです」
「そう言って貰えると嬉しい。だが、お前はまだ幼い。だから、頼れる者を探せ、分かるな?」
「・・・はい」
「私ができることはここまでだ。・・・ロイスフラット」
「はい」
「我が王位をそなたに託す。“盟約により、我が名に誓う、ロイスフラット・レヴァノンに我が王位を継承する”」
この瞬間、世界中に声が響く。
そして、人々は理解する。新たな国王が実質、誕生したことを。
と同時に父上の手が頭から離れて、ベッドに落ちた。
すでに泣いていた僕は気付かなかった。死ぬ間際に、父上が声に出さずに口にしていたことに。
僕は部屋に従者が入ってくるまで、そのまま泣き叫んでいた。
城は、新たな王を迎えつつも、王を失ったことへの悲嘆の色は消せはしなかった。国中に哀しみが覆い尽くした瞬間だった。
それから数年後、過去視ができる知り合いにその状況を訊くと、最期に父上はこう口を紡いだそうだ、「アレス、そして義娘よ、息子を頼んだ」と。今となっては、その意味が理解できる。
アレスとはよく父上が友だと言っている存在である。そして、義娘は僕の隣にいる人。
父上が何故、このような方法をとったかは分からない。でも、感謝している。
「父上、僕は幸せですよ」
星々が煌めく夜空の元、そう呟いた声に満足そうに口端を上げる者がいた。
「星詠、お前の願いは無駄ではなかったな・・・」
その者は机に置かれたもう一つの置かれたワイングラスを見つめながら笑い、杯のワインを飲み下した。