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火竜の王妃  作者: 夢禮
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幼き陛下と竜人の姫

「・・・帰らせてもらう」


 開け放たれた扉をくぐり抜ける前に、足を止めた女は踵を返し、光が溢れる会場を後目に薄暗い廊下を突き進んだ。

 突然の出来事に背後が騒がしくなるものの、女は気にすることなく、宛がわれた自室へと向かう。


「全く、この国も落ちぶれたな。あのような場所に私を呼ぶとは―――。部屋全体を焼き尽くせと言っているようなものだ」



 古から続く国。その王族の中でも、純血を貫く竜人の末裔。

 それが女の出自である。

 容貌は人並み外れて美しく、その力は一国を揺るがすという一族に洩れず、女も傾国と呼ばれても過言ではない容姿を持っていた。そして、その力も。


「“ヒト”というのは狭き視界しか持たぬ、という祖の竜人の言葉は本当のようだ。あれ程、忌諱の眼差しを受けたのは初めてだな。そして・・・」


 人より優れた感覚というのは、存外に不都合なものだな―――。

 

 声に出さずに浮かんだ言葉はゆっくり彼女の心へと沈んでいった。

 それを皮切りに、周囲を照らしていた筈の明かりが急に弱まる。竜人の娘は、はっと気付くとその歩みを早めた。



 自室の重厚の扉を開くと、そこは城内の煌びやかさとは打って変って落ち着いた雰囲気がある、言い換えれば質素な部屋が主人を出迎える。

 城内での位がある者の部屋というと豪華絢爛な趣があるが、彼女はそれを好まなかった。用意された部屋を移してまで、この部屋を選んだのだ。


 扉を閉じると、廊下から来ていた明かりは遮られ、僅かな月の光が部屋を照らした。竜人である彼女の目にはそれでも十分な光量だが、視線を上へと移し、壁に掛けられたランプに念じる、“燃えろ”と。

 独りでに勢いのある火が灯り、部屋は光を帯びる。揺らめくその炎を目に、嘲るように口角を上げた。


「この力もまた、人にとっては異端にしか映らぬか。私の一族では誉れるものだというのに」


 火を操る、等といった異能は竜人の王族の中でも一握りにしか発現せず、異能を持つということは、次代の王の証、ひいては貴ばれるものだった。

 そう、次代の王。彼女の位は、他国に監視という役割を持って嫁がせるような低いものではない。この事態は本来、不自然極まりないものだ。


「許されるなら、祖国に帰りたいものだ」


 そう呟いたとき、気配を感じて今し方入ってきた扉に視線を遣り、開けと命じる。それに従い、内側に開け放たれた扉の向こう側に一つの人影があった。しかも、目線を下げるようにしなければ見えない程の。


「帰っちゃうの・・・?」


 潤んだ、いや、すでに溢れて頬に伝った涙を拭おうとはせず、必死でこちらを見つめているのは、人でいう十歳にも満たない子供。呆けていると勢いよくこちらに走り寄り、自身の瞳に合わせた緋色のドレスにしがみついた。


 服越しに感じるのは震え。多分、私が恐ろしいのだろう。

 子供というのは何事にも敏感。竜人である自分を本能的に恐れても無理はない。しかし、何故か子供は放さないとばかりに服を握りしめている。仕方がなく、呼びかけることにした。


「・・・陛下、」


 その呼びかけにビクッと子供が大きく震える。

 この子供は国王。先王が早くに崩御し、血統の順により据えられた、幼く憐れな国王。


「御放し下さい。私は、異国の者。例え私が近く王妃になる者としても、王である貴方様が気安く接して良い者ではありません」


 婚儀は一月後。


 十にも満たない子供を婚姻させるこの国は一体どうなっている、と言いたいが、決めたのは前王。

 病の床にあった前王は、幼く王位を継ぐであろう我が子にせめてもの助力を私の祖国に願った。彼の子が自身の意思で国を動かせるまでの間、その身を守り、政を助けてくれる者を。


 それに選ばれたのは、私。

 現竜王の末子、王位継承権第三位である―――、私。


「陛下」


 諭そうとする声に幼き王は首を振り、放すどころか逆に力を入れているように見える。


「帰ら、ないで」


 ドレスに顔を埋め涙声ながら、必死に訴えようとしていることがひしひしと伝わってきた。


「父上も母上も・・・、みんな、いなくなっちゃう。僕、一人はいやだよ」


 陛下の母君は彼を御産みになられた直ぐ、亡くなられたそうだ。元々、御身体が弱かったのかもしれない。

 前王は実際に御目にかかったが、この大陸でよく見かけられる黒髪と鳶色の瞳をお持ちだった。一方の陛下は、母君に似たのだろうか、答えを求めて見上げるそれは、金髪に深緑の瞳をしている。


「陛下、私は“見定める者”。過去、私の血族は愚かなる人の王をその力にて滅して参りました」


 時には、私腹を肥やす王を。

 時には、残虐の限りを尽くす王を。

 

 幾多の王が一人の竜人たる”見定める者”に滅ぼされた。


 ゆっくりと目を閉じ、心の中で呟いた。

 それは、これからも・・・。


「私達は、人に誉れると共に憎まれる―――。王である貴方様は後者の感情を持つものです」


 竜人の役割は―――、平定。


 愚かなる王は、民を苦しめ、世を惑わし、戦を呼ぶ。

 竜人は王たる人物を見極める。真実に、王たるかを。


 竜人は冷徹であり冷酷である、平等たる故に・・・。



「・・・僕、きらわないよ」



 一瞬、何を言われたかを理解できず、その目を見る。

 陛下は、ただ静かにこちらを見上げていた。


「だって、僕の目を見て話してくれる」


 透き通った深緑は、緋色の視線と交じり合う。

 それは唐突に、賢者たる竜人が記した本の言葉を思い起こさせた。


『人とは時に決し、時に揺れ、矛盾を知るも、進を止めず。儚きながらも、美しきもの』


 これを記した竜人は、奇特ながら人を慈しんでいたのだろう。


 自身の生の半分にも満たない人を。


 私もその内に入る羽目になろうとは・・・、まだこの頃の私は露とも思わなかった。その瞳に惹かれる自分も知らないで。

 

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