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クレイン・クレイドル  作者: 倉利来
第1部幕間①:狂気の内側
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第24話 あの日のように


顔と大地がせめぎ合う。


呼吸をすることも危うい。


全身で地球を押しながら進む。


「おかしいなぁ。今人影が見えたんだけどなぁ。まぁ、小柄だったし無視しても大丈夫か」


そう言うと敵兵は奥側へと再び歩みを進めた。


(ハァ……ハァ……ほふく前進って、訓練の時の10倍くらいキツイぞ……)


カナタのカコンのお陰で敵兵に気付けた。

そうでなければ、カイは今頃蜂の巣にされていただろう。


ハァハァと息を荒げるカイにカナタは余裕そうに振り向く。


「カイ、今からあの敵兵を捕まえに行くぞ。見たところ間抜けそうだし簡単にいけると思う」


「バ、バカ言うなよ!お前がライフルで狙撃すれば済む話だろ!というかもう、無視でいいだろ!」


カイは圧を込めた小声で反対した。


「ハァ……ここじゃ木々が邪魔でライフルは役に立たない。それに敵兵を確保できれば、脅して本隊の場所を聞き出せるだろ?そうすれば奇襲で一網打尽にできる」


「じゃあなんでライフルなんか背負ってるんだよ!」


「コイツは俺の相棒だから離したくないの!」


「武器庫の時は置いてあったくせに……」


「あの時はお前を油断させるために仕方なかったんだよ。ほら、いいから作戦会議するぞ」


色々文句はあったが、合理性を考えるとカイに反論の余地は一切無かった。


■■■

作戦はこうだ。

カイが薄着でボロボロの状態になり、なるべく高い声を出して、少女のフリをする。

敵兵が油断してやってきた所をカナタが後ろからナイフを当てて拘束する。


(って!僕が一番危険じゃないか!)


カイは軍服を脱ぎながら、内心で悪態を付く。

しかし、頭では一番効率の良い作戦であると分かっていたので決して逆らえない。


カナタの言葉を思い出す。


『お前は顔だけは女子に見える。いや、体の細さもか。そこを狙って、敵兵を油断させる。さすがに少女をすぐ撃つほど無慈悲じゃないだろう。まぁ、仮に撃たれたとしてもお前にはカコンがあるしな』


「撃たれても大丈夫、か。僕のカコンの使い道が"それくらいしか無い"からいいけどさ……」


カイは改めて自分のカコンの利用価値について確認した。

次いでカナタの"最も"気に障った発言について言及する。


「てか、体の細さって。さりげなく僕の気にしている所を……まぁ、ゲーム機の為だ。仕方がない!」


カイの腹は決まった。


カイの着替えが終わり、二人は敵兵を尾行し始めた。


一応警戒しているのかあまり進んでいないようだ。

カナタがカイに目配せをする。


「行け」という合図だ。


(相変わらずカナタには無茶な合図をさせられてばかりだな……)


カイは、呆れながらも敵兵へ向かって走り出した。


「誰だ!」


敵兵が銃をカイへ向ける。

すると、カイはわざとらしく転んだ。


そして上目遣いでその薄紫の瞳を精一杯輝かせて───


「ご、ごめんなさい。私、迷っちゃって……か、家族とツアーに来てたんですけど……う、うっ……」


迫真の演技をした。

敵兵の手から銃が離れ、目は大きく見開かれた。


(う、上手くいったみたいだな)


カイが安堵した直後───


「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


大きな泣き声が聞こえた。


「じょ、嬢ちゃん。大丈夫か?お腹空いてないか?携帯食ならあるぞ?」


敵兵は自分のバッグを漁り始める。


(頼む、カナタ……早く来てくれ!)


その願いが届いたのか、カナタが一瞬で敵兵に肉薄した。


「よう、おじさん。本隊の場所を教えてくれたら、命だけは助けてやるぜ」


(よし!完璧なタイミングだ!)


カイはその場から遠ざかった。


敵兵は全てを察したのか、両手を挙げる。

だが、その直後口を震わせながら懇願した。


「さ、最後によ、あの嬢ちゃんの顔をもう一度見せてくれや」


どうやらお望みはカイのようだ。


「カイ、見せてやれ」


カナタは鋭く言った。


(ううっ……変なことされないよな?)


カイは敵兵の眼前におそるおそる姿を現す。

顔を上げて敵兵を見つめると───

その緑の瞳は涙で溢れていた。


「うっ……うっ……お、俺の娘も今頃生きていれば、嬢ちゃんくらいの年齢だったんだよな……」


カイはこの時初めて、自分が殺した人間が本当に悪人であったのかを考え、深い罪悪感を抱いた。


■■■

すっかり抵抗できなくなった敵兵を見て、カイは問う。


「なぁ、カナタ。この人は殺さなくていいだろ」


「いや、それはモルト教官次第だ」


「じょ、嬢ちゃん!男だったのか!」


着替えたカイの姿を見て敵兵は開いた口が塞がらないようだ。


カイは敵兵の顔を真っ直ぐに見つめる。


「騙してすみませんでした。娘さんのことも思い出させてしまって……」


「い、いや大丈夫さ」


敵兵は全てを諦めたように見えた。


すると珍しく苛立っている様子のカナタが、ナイフをチラつかせて敵兵に詰問する。


「おい、おっさん。そんなことより本隊はどこにいるんだ?」


(コイツ……本当に容赦ないな。)


敵兵は「ひぃぃぃっ!」と言いながら本隊の位置をたどたどしい口調で話し始める。


(意外と近くにいるんだな。早く終わらせないと。)


■■■

カイはゲーム機欲しさに気が早っていた。思わず準備体操を始めてしまう。


「カイ、急いでもいい事ないぞ。奇襲は焦った瞬間に終わる」


「分かってるけどさ……早く帰りたいんだもの」


カナタの説得は無意味だった。カイは俯きながら話す。


「それに、今回はカナタのライフルが役に立たないでしょ。不安を抱えたままは嫌なんだよ……」


密林地帯での狙撃は困難を極める。

カナタは透視こそできるが距離は短い。


その為、グレネードを投げ込む他無かった。


「大丈夫だ。俺を信じろ。だからいったん落ち着け」


そう言うとカナタは先へ進む。


(前にも同じことを言って裏切ったじゃないか……)


カイもたどたどしい足取りでカナタの後を追うのだった。


■■■

「アレが敵の本隊か……10人ちょっとって所だな。概算だが、現在地から200mほど離れている。グレネードの投擲距離と爆破範囲を考えても50mは近づかなきゃダメだ。近づいたら二人で一緒に投げるぞ」


「わ、分かった」


カイは震えながら了承する。


(いよいよ本格的に殺すのか……失敗する不安もあるけど、本当に悪人なのかな……)


そんなカイの不安をよそにカナタは進んでいく。

カイも遅れながらそれに従った。


数分して、二人は50m付近まで来た。

荷物からグレネードを取り出す。


緊張が全身を支配し、握った手が小刻みに震える。

だが、成し遂げなければならない。


(ゲーム機のために!)


カイは深呼吸をする。カナタの方を見て、同時に投げようと───


「よぅ、ガキ共。ここで何してんだ?」


一瞬で湿度が体にまとわりつく。

空気が凍り、そして自分自身も凍る。


(う、そだろ……?)


二人は為すすべなく両腕を掴まれ、気づいた時には体の自由を奪われていた。


絶望だ。

大人の体には敵うわけがない。

カイは暴れる気力さえ一瞬で失った。


(もうおしまいだ……敵うわけが───)


「ごふぉっ!な、なんだこのガキ!」


隣を見るとカナタが思いっきり肘打ちをして、敵兵をうずくまらせていた。


(や、やった!さすがカナタ。僕のことも───)


そう思った瞬間、カナタは目も合わせず本隊から一目散に逃げていく。


「……え?」


理解し難い現状を目の当たりにして、それを拒絶する。


(う、嘘だよな?き、きっとトイレにでも行きたいんだ!そうに違いない!)


しかし、その思いとは裏腹にカイの瞳から徐々に光が消えていく。

世界はモノクロに染まり始めていた。


「全く、仲間を置いて逃げるとは連中も大した教育してねぇな」


それを聞いた瞬間、再び全身が凍りつく。

"あの時"のように心に深い闇の霧が立ち込める。


(カナタが逃げ、た……?)


それを認識した瞬間────


孤独という名の"絶望"がその身を襲う。

カイの願いは決してカナタに届くことは無かった。


(カナタ、また僕を裏切るのか……そうか、お前も本当は悪───いや、僕の"命の価値"がその程度だっただけだ。カナタは悪くない。ゲーム機欲しさに安易に悪人を殺そうとした神からの罰だな。)


"裏切られた"という現実が完全に胸の中に落ちた。

それと同時に全身が諦念で満たされる。


カイの目は現実を見ていなかった。

死ねば楽になるとさえ思い始めていた。

まるで自分の死が贖罪に見合うかのように。


カイは流れるように敵陣へと運ばれる。

「よぅ、ガキ。お友達に逃げられて暗い顔してんな?おい。よく見たら可愛い顔してんじゃねぇか。え?」


敵兵に前髪を捕まれ、顔を見られる。

しかし、何の感情も湧かない。


(早く殺してくれよ。死ねば僕は赦されるんだよ。)


カイの心は地盤ごと崩れ去ろうとしていた。

それも修復不可能なほどに。

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