表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻り鍛冶師は、最弱装備だけで世界を救う  作者: おぷっち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/17

最初の依頼、最初の死

夜明け前の冷たい空気が、肺を刺す。

俺はグレイさんから渡された、古びた鉄の鍵を握りしめていた。自警団の詰め所の裏手にある、忘れられたような武具庫。その重い木製の扉と、錆びついた錠前が、俺の新しい仕事場だった。



鍵を差し込み、力を込めて回す。ぎ、と嫌な音を立てて錠が外れた。扉を押し開けると、かびと埃、そして古い鉄の匂いが混じり合った空気が、夜の闇に流れ出した。中には、壊れた槍の穂先や、へこんだ盾、革のベルトが腐り落ちた鎧の残骸が、小山のように積まれている。



絶望するには、十分すぎる光景だ。

だが、俺の胸にあったのは、不思議なほどの静けさだった。



『ここから始める』



「アキラー! 大丈夫ー?」

背後から、息を切らしたリリィの声がした。振り返ると、彼女が両手にほうきと雑巾を抱えて立っていた。その姿が、この薄暗い場所でやけに明るく見える。

「すごい……本当に工房みたいになるところなの?」

「……なるように、する」

「よーっし! じゃあ、まずは片付けだね!」

彼女は自分のことのように腕まくりをすると、ためらいなく埃まみれの武具庫へと足を踏み入れた。



二人で黙々と作業を続けた。使えるもの、ただの鉄屑、そしてどうしようもないゴミ。それらを仕分ける地道な作業だ。

窓から差し込む朝日が、舞い上がる埃をきらきらと照らし出す頃、リリィがふと手を止めた。

「ねえ、アキラ。これからどうするの? お金とか、生活とか……」

その声には、隠しきれない心配が滲んでいた。工房を追われた俺には、なけなしの銅貨が数枚あるだけだ。

俺は、使えるかもしれないと脇に置いた古いバックルを手に取った。その冷たい感触を確かめながら答える。

「まず、実績を作る」

「実績?」

「グレイさんとの約束を果たす。それが最初だ」

金は後からついてくる。いや、こなければ、その時に考えればいい。今は、与えられたこの場所と、信頼に応えることだけが重要だった。俺の言葉に、リリィは一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。

「そっか。アキラらしいや」

その笑顔に、少しだけ救われた気がした。



昼過ぎ、粗方の片付けが終わった武具庫に、グレイさんが姿を現した。彼は腕を組み、以前よりは随分と広くなった空間を見渡して、短く「ふむ」と唸った。

「早速だが、最初の依頼だ」

彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。そこには、都市の簡易な地図と、いくつかのルートが書き込まれていた。

「特に危険な巡回ルートを担当する部隊がいる。問題は二つ」

グレイさんは、地図上の一角を指でなぞる。そこは、リリィが以前話してくれた、新人冒険者がよく足を滑らせるという湿地帯の近くだった。

「一つは、雨上がりのぬかるみだ。転倒して動けなくなったところを襲われ、命を落とす者が後を絶たない。もう一つは、この旧市街の入り組んだ路地。不意打ちに対応するには、今の標準装備は重すぎる」

ぬかるみでの転倒防止。狭い路地での軽量な防具。

それは、俺がずっと考えてきた『安全』そのものだった。

「……やります」

俺は、挑戦を受けることを即答した。



開発は難航した。

使える道具は、廃材の中から見つけ出した歪んだ金槌と、錆びたタガネくらいしかない。何より、工房を追い出されてからの数日間、まともに眠れていない。蓄積した疲労が、思考の精度を鈍らせていた。

試作した滑り止めの鋲は、ぬかるみを模した泥の上で簡単に機能を失った。軽量化を目指したプロテクターは、叩きつけるとあっさりひび割れた。

失敗の山を前に、膝から崩れ落ちそうになる。

その時、指先が硬い木製の柄に触れた。親方から渡された、あの小さな金槌。

そっと手に取ると、ずしりとした重みが掌に伝わる。長年使い込まれて滑らかになった柄は、まるで俺の手に吸い付くかのようだ。

これを握っていた親方の、怒声と背中を思い出す。追放された悔しさがこみ上げる。だが、それだけではなかった。この金槌で、俺は鉄の扱い方を叩き込まれたのだ。その事実が、複雑な熱となって胸の奥に灯った。

俺は立ち上がり、もう一度、廃材の山に向き合った。



数日後。俺は自警団の訓練場に立っていた。

グレイさんが見守る中、俺は自ら試作品を全身に装備していた。足には改良した滑り止め。胴と肩には、革屑と葦を樹脂で固めた複合素材『リジッド・ウィーブ』で作った軽量プロテクター。

訓練場の一角には、依頼内容を再現したぬかるみが作られている。

「……行きます」

覚悟を決め、一歩踏み出した。二歩、三歩。滑り止めの感触は悪くない。

だが、四歩目。

想定していたよりも深く足が沈み、バランスが崩れた。まずい、と思った時にはもう遅い。身体が予期せぬ角度で傾き、視界がぐるりと回転する。受け身は、取れない。

後頭部に、硬い石畳の感触。

ごつり、という鈍い音と、脳が揺れる衝撃。そこで、俺の意識は途切れた。



息が、喉に詰まる。

はっと目を開けると、そこは埃っぽい武具庫の天井だった。

「……っ、は……」

全身が、死の記憶に支配されていた。後頭部に残る鈍い痛み。手足が自分の意思とは無関係に、がくがくと震える。

「アキラ!?」

そばにいたリリィが、俺の顔を覗き込む。彼女の顔が、心配で歪んでいた。

大丈夫だ、と言おうとしたが、声にならない。俺は震える掌を、ただじっと見つめた。

設計に、致命的な欠陥があった。転倒時の衝撃は、直線的なものだけではない。回転が加わった場合、今の構造では衝撃を逃がしきれない。その事実を、俺は自らの死をもって理解した。

震えを、意志の力で無理やりねじ伏せる。

俺はゆっくりと身体を起こし、心配そうなリリィの視線を受け止めながら、静かに告げた。



「……改良点が見えた」



その声は自分でも驚くほど落ち着いていた。リリィが息をのむのが分かった。

俺はすぐさま羊皮紙を広げ、失敗の記憶という名の設計図を元に、構造を修正していく。迷いは、一切なかった。



再び、訓練場。

今度は、グレイさんだけでなく、依頼主である部隊の自警団員たちも、遠巻きにこちらを見ている。彼らの視線には、期待よりも疑いの色が濃い。

俺は、改良した装備を身につけ、全く同じぬかるみの前に立った。

一度死んだ場所。

背中に冷たい汗が流れる。だが、足は震えていなかった。

俺は、あの日と寸分違わぬ軌道を描くように、ぬかるみへと踏み出した。一歩、二歩、三歩。

そして、運命の四歩目。

再び足が沈み、身体が大きく傾く。見守る団員たちから、短い悲鳴が上がった。

しかし、今回は違った。

プロテクターの内側に仕込んだ、わずかに角度をつけた緩衝材の層が、回転の力を受け流し、衝撃を背中全体へと分散させていくのが分かった。後頭部が地面に叩きつけられる寸前、首周りの防具がしなり、衝撃を吸収する。

鈍い音はしたが、痛みはない。

俺は、ぬかるみの中に仰向けに倒れたまま、ゆっくりと目を開けた。

訓練場が、水を打ったように静まり返っている。やがて、誰かが「おぉ……」と感嘆の声を漏らした。それがきっかけになったように、驚きと称賛のざわめきが広がっていく。

立ち上がると、グレイさんが俺のそばに歩み寄ってきた。その無骨な顔に、満足げな光が宿っている。



「合格だ。これを、部隊の人数分、頼めるか」



その言葉が、俺の新たな工房の、最初の仕事の始まりを告げていた。



武具庫に戻り、安堵のため息をついていると、不意に入り口の方から遠慮がちな声がした。

見ると、見覚えのある新人冒険者の少年たちが、数人でおずおずとこちらを覗いている。

「あの……」

一人が意を決したように、一歩前に進み出た。

「俺たちの装備も、作ってもらえませんか?」

その目には、切実な光が宿っていた。

俺の『安全工房』が、この街で静かに動き始めた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ