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ナザレムの門

 ナザレムに一行が着く頃には雨も上がっていた。夕暮れの晴れ渡った空には銀に光る世界樹が見える。その周りには7色のカケラが散らばり幻想的な輝きを放っていた。


 (壊れた橋のカケラだ。)

 

 もう見慣れた光景だったはずなのにシーナには新しく見えた。これから始まる冒険への期待と不安がそうさせるのだろうか。


「よそ見するなよ。」

「は、はい。」

 

 思わず見惚れているとラガルから声がかかる。相変わらず不機嫌そうであり、シーナは怖さに喉が震えた。


「当たらないのラガル、ナザレムが見えてきたわよ。」


 そう言うメフェルのとおり、ナザレムはもう直前だ。ふと気が緩む、それはきっと他の人々もそうであった。だからだろうか、背後から近づく影に気づくのが遅れる。

 

 草むらが揺れた。闇色の影が飛び出す。

 ――次の瞬間視界がひっくり返った。


 シーナの悲鳴が響く。四つ足の獣が彼の体を押し倒していた。あたりに荷が散らばる。獣の匂いが鼻に立ち込め、唸り声が耳奥に残った。


「シーナ!」


 メフェルの叫び声が聞こえた。突然のことにシーナは体を強張らせて反応することができなかった。

 しかし突如として体から重みが消える。

 ラガルが獣を蹴り上げたのだ。


 獣の悲鳴が遠ざかり、やがて通り過ぎる足音が聞こえた。


「これくらい対処できねぇやつがついて来るだ?笑わせるな。」


 一瞬の沈黙が場を包む、ラガルの声は静かに響いた。

 湿った風が通り抜ける。

 

 ラガルにそう言われてカアと頬が熱くなった。恥ずかしさで瞳が潤み、喉の奥に情けなさがつかえる。

 しかし今更引き下がることもできない。ラガルの言葉にただ押し黙ることしかできなかった。


「立てる?」


 メフェルはシーナに手を伸ばそうとしていたが、シーナはその手を無視して自分で起き上がった。竜退治についていくには自分が変わるしかない。このままでは自分が足を引っ張るのは明白だった。

 だからせめて自分で立たなくては、それは小さな少年の意思であった。


 拳を握り締め、歯を食い縛る。座り込んだままでは示しがつかない。


「大丈夫です。」

「そう、無理しないのよ。」


「何が無理をするなだ。竜に狙われたとしても助けないからな。」


 そう言われてシーナは当たり前だと思う。生きて帰れという祖母の言葉を破ることになるが、決意を固めた面持ちで返事をした。


「そのつもりです。」


 雰囲気の変わったシーナにラガルは何も言わなかった。ただ鼻を鳴らし、反対を向く。何を考えてるかわからない男だったが今はこれでいいのだろう。

 ナザレムの検問所につき、道中を共にした護衛の男たちと別れる。


 検問所を通るときラガルは呼び止められ、その首から下げた小さな銅板を確認された。


「問題ねぇだろ。」


 わずかに震えた声でラガルが言う。吐き捨てたように聞こえた言葉には恥辱の感情が混じっていた。

 首に巻いた布に検閲の兵士の手が触れたときびくりとラガルの体が固まる。布の下に指が滑り込む。瞬間、ラガルの呼吸が止まった。


 シーナはその様子を不思議そうに見ていたが横にいるメフェルは何も言わない。検閲がやがて終わり一同が街に入れたのはもう夜も過ぎた頃だった。

 雨上がりの土のぬかるみの中、メフェルが荷物からランタンを取り出して灯りをつける。雨で冷えた体にその灯りは暖かかった。メフェルは眠たげな声で言う。


 「宿いまから探してあるかしら?」


 その不安とは裏腹に一軒の宿屋が快く3人を迎え入れてくれた。そのことにシーナたちは感謝をしつつ、素泊まりの部屋へと通される。メフェルのみ別室へ案内され、シーナとラガルは同室であった。


 (なんだかとても疲れた。)


 シーナは目を閉じれば今にも眠れそうだった。しかし緊張からか中々寝付くことができない。向かいにいるラガルを見れば、壁にもたれるかたちで目を閉じている。

 まじまじと見ていると急に目を開きシーナのことを睨み返した。


 一瞬ドキリとしたがここで下がればきっとラガルとの溝は一生埋まらないだろう。


 なんとか距離を縮めようと言葉を探す。青とも紫とも言えないラガルの瞳は今まで見たことのない色をしていた。髪の色もそうだった。この大陸の人間ではないのだろうか。そう思いシーナは素直に疑問を口にする。


「ラ、ラガルさんはどこから来たんですか?」


「……話しかけんな。」


 取り付く島もなくシーナとの会話が途切れる。彼の纏う空気はメフェルと違って剣呑であり、鋭いものがあった。しかし、シーナは憎まれ口を叩きながらも自分を助けてくれた彼の事を悪い人だとは思えずに会話を続ける。


「ど、どうして僕のことを助けてくれたんですか?あそこで見捨てたら僕、ついてこれなかったのに。」


 その問いにラガルはピクリと眉を動かす。そしてしばらく固まったのち、その手があったかと呟いた。

 それを聞いてシーナはラガルという男がますますわからなくなった。

 ラガルは何かを確かめるようにシーナの瞳をじっと見つめる。


「お前みたいな奴が一番先に死ぬ……お前は死にたかったのか?」


 次は逆にラガルから質問が飛んでくる。それにどう答えるべきかは定かでなかったがシーナはいいえと答えておいた。ラガルはこちらへの興味を失ったのか再び目を閉じて寝息を立てる。

 シーナもこれ以上は睡眠の邪魔になるだろうと思い、ラガルに倣って寝ることにした。


――――――――――――――――――――――


 翌朝、日が上り街が動き始める。鐘の音共に起きたシーナは先に起きていたラガルを追って部屋を飛び出した。


「あら、おはようシーナ。」

「おはようございます。メフェルさん。」


「ラガルならもう外にいるわよ、珍しいこともあるものだわ。どう?仲良くなれた?」


「え……いえ、あ、あまり話してくれませんでした。」


 そうよねとメフェルは笑う。


「私も最初全く話してくれなかったわ。名前なんて今でも呼んでくれないもの。」


「へ、へえ。ラガルさんとは長いんですか?」

「たしか1年くらいよ。」


 移動しながら2人は他愛ない話を続けていく。ラガルと違ってこのメフェルはとても社交的な性格のようだった。


「ラガルはね、怖がりなの。だから声をかけられると怯えるのよ。」


 メフェル曰くラガルは怖がりな男のようだった。それを聞いてシーナは親近感を覚える。シーナに対するあの態度も新しい者への怯えだと思えば可愛く思えた。

 2人が宿の外に出るとメフェルの言うとおりラガルがそこにいる。


「遅いぞ。」

「いつもはもっと起きるのが遅いのに緊張でもしたの?」


 くすくすと笑うメフェルに対し、ラガルはうざったそうな顔をした。これがきっといつもの2人のやり取りなのだろう。


「酒場に行くぞ、竜に挑む馬鹿を集める。」


 酒場には朝にもかかわらず大勢の人がいた。その光景にシーナは目を瞬かせる。朝からこんなに飲んだくれがいるのだろうか?故郷ではあまり見なかった光景に戸惑いが生まれた。

 その様子を察したかのようにメフェルが教えてくれる。


「酒場は情報交換場所なの……目を合わせちゃダメよ。最近は人が少ないところが多いのだけど、今日は当たりの日ね。」


 見慣れない髪色の長身の男、幼さの残る女魔術師、若すぎる吟遊詩人。変な組み合わせの一同が酒場に入ると目を引いた。ずんずんと進むラガルに自然と道ができる。

 やがて酒場の中央に辿り着くとラガルは周囲に聞こえるように声を発した。


「この中に黄金竜を倒しに行く気概のあるやつはいないか。」

 

 しんと静まり返る酒場の中、荒くれたちは互いに顔を見合わせた。そして次の瞬間、大きな笑いが巻き起こる。


「わはははは!黄金竜退治だ?馬鹿なこと言っちゃなんねぇ。」

「面白い、いくらあっても割にあわねーや!」


 次々と投げかけられる嘲笑。しまいには遊びは外でやれと追い出される始末だった。


「くそ。」


 ラガルがそう呟く、シーナは黄金竜退治というものがどれだけ無謀なことなのか理解していなかった。だから今のような対応を予想などしてなかったのだ。

 あまりの対応に戸惑いを隠せずに困惑していると、ラガルが歩き出す。


「次だ、行くぞ。」

「ひどい人たちね、わかったわ。」


 メフェルもそれに続き、置いていかれないようにシーナは後を追いかけた。

 酒場を転々とし同じことを3件繰り返したあと、ようやくラガルとメフェルは諦める。


「これはダメね。」


「……金はあるのになんでだ。」

「仕方ないわね、一時撤退するわよ。」


 (お二人が頑張ってるのに僕は何もできない……僕にしかできないこと。)

 

 そうして2人は先に宿に戻る。一方シーナは2人が宿に戻ったのを見送ったあと、1人でまた酒場に戻ってきていた。酒場に入ると先程の荒くれたちがシーナを品定めするように見る。


「坊ちゃん、ここは子どもの来るとこじゃないよ。帰んな。」


 そう酔っ払いの1人に絡まれたが、シーナは意を決して前に進んだ。手が緊張で震え、呼吸が短くなる。ニヤニヤと嫌な顔で見られる中、リュートを手に取ると歌い出す。


 嘆き歌え、アルダの子アルフォンス

 千の剣で千の闇を退けし英雄

 神の祝福を腕に宿し

 契りを破り、祝いは呪いと化す

 竜となりしその身、今も悔いて嘆く


 剣を携え、彼の首を打ち取らん

 かつての英雄の輝きはもうない

 宝を欲せ、彼の墓に供えよ

 竜なりしその身、弔うために

 

 それは黄金竜の歌だった。歌い終えたシーナは顔を上げて周囲に問う。

「黄金竜を倒しに行きませんか?」

 

 そこに荒くれのヤジが入った。


「下手くそな歌を歌うんじゃねぇ!」


 喉が焼けるように悔しかった。


 そう言われてまたもシーナは酒場を追い出されてしまう。尻餅をついて痛がるシーナの前に影が伸びる。


「悪くなかった。」


 低く笑う声が聞こえた。

 聞き覚えのない声にシーナはハッとする。

 そこには知らない男が立っていた。

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