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愛と呪い

 最初にメフェルが違和感を覚えたのは、ラガルの瞳だった。

 魔獣を前にしてるのに彼は動かない。

 恐怖も、焦りもない。

 ただ、じっと見ている。


 まるで――そうなると知っているかのように。


「……面倒だな。」


 チッと舌打ちの音が聞こえる。


 なぜだか彼から目を逸らしたくなった。

 そのときだ。

 

「ミア、だめぇ!」


 魔獣を止めようとした少女をすり抜けて、周囲にいた村人へ飛び掛かる。


 牙が深く食い込む。

 すぐに離れ、涎が滴った。


 血が溢れる。


 すぐさまラガルは腰につけていた剣を抜いた。

 魔獣は後ろへ飛ぶ。

 開いた間合いをラガルは一歩で詰め、牙を剥いた魔獣を蹴り上げた。


 獣の悲鳴と共に、ごぎゃりと嫌な音がした。体は不自然に折れ曲がり、どさりと落ちる。


「ミア!ミア!いやあああ!」


 まだ温い魔獣の体に少女が重なる。

 その体が赤く染まろうとも離れなかった。


「……泣く理由がわからないな。」


 ラガルは呟く。

 メフェルは動けなかった。

 

 ……違う。

 

 ラガルは、少女を見下ろしていた。


 それが、どうしようもなく気味悪かった。

 

 *


「俺の言ったとおり最初に殺しておけば、あのガキは怪我をしなくてすんだ。」

「そうね。」


「優しさは傷を生む、あのガキも学んだだろう。」


 ラガルの目線の先には小さな墓の前でうずくまる少女がいた。

 

「優しさが間違いだなんて、私は思わないわ。」


 そう述べるメフェルにラガルはわからないという顔をして答える。

 

「お前は何を言ってるんだ?どう考えても間違ってただろう。」

「そうね、間違ったわ。でも、正しいと思ったことをしたのよ。」


「お前は頭が悪い。もうこの話は終わりでいい。そろそろ行くぞ。」


 話していても埒が開かないと判断したラガルが切り上げようとしたとき、後ろから声がかかった。そこにいたのはボロの女だ。


「待ってください魔術師様!」


「え?」

「どうか私の息子を助けてください!」


 困惑したのも束の間、話を聞くと病の息子を抱えた母親は隣村から魔術師の噂を聞きつけはるばるやって来たらしい。


「隣の村?ナザレムから逆方向だ。無視するぞ。」

「そんなことはできないわ。助けないと。」


「はぁ?つくづくお前といると苛つかせられる。今日の一件で学んだばかりだろう余計な情けは……。」

「損や良くない結果になってもあとで後悔するのなんて嫌よ。」

「お前勝手だな、要は誰かの恨みや悲しみなんかを背負いたくないだけだ。」


「そういう解釈でもいいわ。今この人を助けないときっと私は後悔するし、この人は一生悔やんでも悔やみきれないかもしれない。だから行くわよ、ラガル。」


 そう言ってメフェルは歩き始めた。ラガルは苛だった表情を隠そうともしていなかった、それでもメフェルの決定に従うほかないのか後を付いていく。

 女の先導によって隣村に着いたのは夜のことであった。


「戻ったよ、ぼうや。」

「お母さん、ごほ……ごほ!」


「熱が下がらないんです!この子は昔から病弱で!」


「薬なら少しわかるわ。熱覚ましを作りましょう。ラガル、お湯を——。」


「待った、なんで俺が手を貸さなければならない?」

「じゃああなた達の誰でもいいわ。今から言うものを用意して。」


 メフェルは村人に指示を飛ばし、薬草を取り出して手早く薬を煎じた。ラガルは端でそれを眺めているだけだった。


「さぁ、これを飲ませてみて。次第に楽になるはずよ。」


 そして一刻が経つころには、男の寝息が静かになっていた。女はメフェルに感謝をし、母親の代わりに息子の面倒をみていた村人たちは帰っていく。


「この子をどうにか普通の体にできないでしょうか。」

「残念ながらそんな魔術は存在しないわ。」


 メフェルの言葉に母親は涙を滲ませる。一縷の希望だった魔術師もダメだと言えば、もう頼れるものはなかった。


神様(エイシュ)にはもう何度も祈っております。それでもこの子は変わらない。神よ、なぜ、この子だけが。」


「恨むなら、産んだ側を恨め。」

「ラガル!」


「息子にも同じことを言われました。私は……私はどうすればこの罪を償えるのでしょうか。」


 母親がメフェルに近づく。


「教えてください魔術師様!」

「そうね、どうにかできないかよく調べてみましょう。原因が魔術的なものであれば私がなんとかできるかもしれない。」


 男が寝る寝台へと手を伸ばすメフェル。その衣服をめくったところで手が止まる。


「これは。」


 男の体は薄紫色の結晶で覆われていた。呼吸を繰り返す体に合わせて皮膚に這った結晶が上下する。

試しにメフェルが爪で引っ掻くとそれは皮膚から簡単に剥がれ落ちた。


「魔石か。」


 結晶を見て、そう呟いたのはラガルだった。魔獣の核たるものが、人間の体を侵している。あり得ない光景だった。


「魔石……人間は持たないの。」


 メフェルがその表面を撫でながら話す。

 

「でもこれは違う。体そのものが魔石になってる……。」


 メフェルの呟いた言葉に母親は縋る。


「治せないのでしょうか。」

「魔術ではなく、もっと古い魔法の領域よ。詳しい原因はわかってないわ。でも最期は全て同じ、魔獣になって死んでしまうの。」


「そんな!嘘でしょう、魔獣になるなんて。」


「いずれ魔に魅入られて狂ってしまうわ。そうなる前に殺さないと。」


 メフェルがゆっくりと告げる。母親は今にも泣き崩れてしまいそうだった。

 

「情は見せないんだな。」


「人間の尊厳を保ったまま死ぬ、それがせめてもの情けよ。最期に二人きりの時間があったほうがいいわね。席を外すわよラガル。」


 無言でラガルは石を積む。

 メフェルが口を開いた。

 

「嫌なことって続くのね。」

「さっさと終わらせてさっさと行くぞ。」


「あなたには悲しむって感情がないの?」


「ない。」


 キッパリと言い切ったラガルをメフェルは見つめる。満月のような大きな瞳がラガルをまっすぐ捉えた。


「いいえ、違うわ。忘れてるだけ。

 愛も優しさも――ぜんぶ思い出せる日が来るわ。」


 バラバラと音を立てて石が崩れた。


 空に浮かぶ満月が二人を照らす。風の音も聞こえない夜だった。

 ラガルは、なぜだかメフェルから視線を外せない。

 

「あなたの記憶もきっと、いつか取り戻せるわ。そのときには知るのよ、愛を。」


「何を馬鹿な。」


 そうラガルが答えたときだった。小屋から呻くような声と獣のような声が聞こえた。勢いよく二人がドアを開けるとそこには一匹の魔獣と倒れた母親がいた。


「いいタイミングだな!」

「嘘でしょう!」


 二人が声を上げると横たわっていた女が小さく呻く、息はあるようだが混乱のまま動けずにいるようだ。

 男の体が歪み、皮膚が裂け、異形へと変わっていく。


 自分の息子が目の前で変貌していく様を見て母親は震えが止まらない。


 そして変形が終わったころ、目の前にいた彼の母親目掛けて鋭い鉤爪を振り下ろした。

 

「こっちだ化け物。」


 ラガルがすかさず剣を差し込む、鉤爪が弾かれ火花を散らした。そのまま刃を上へと振り上げ、追撃するラガル。この攻撃で獣の注意はラガルに注がれた。

 魔獣の突きを後ろへの飛びで交わすとラガルはそのまま小屋をでて広い野外へと誘い出す。


「燃え散れ!」


 メフェルの声と共に勢いよく炎の玉が発せられ、獣を捉える。命中すると共に焦げた匂いが広がった。魔獣は腕で庇い体への直撃を避けたのだろうが、明らかに動きが鈍っていた。


 そこへラガルの体重の乗った回し蹴りが入り、吹っ飛ぶ魔獣。倒れ込んだまま動かなくなった。


 歓声などない、そこにあるのは終わったのかという安全を確認しようとする空気だった。それを破ったのは魔獣の母親だ。息子の名前を叫びながら駆け寄っていく。


「まだ近づかないで!」


 メフェルの静止の声も届かない。

 ゆらりと獣の腕が持ち上がり母親へと伸びていく、誰もが女の死を覚悟した。


 しかしそのときは訪れない。


「かあさん……産んでくれて……ありがとう……ごめ……。」


 掠れるような声が聞こえた。同時に腕が下がる。

 事切れたのだ。この瞬間、長い間母親を苦しめてきた呪いが途切れた。


 ただしくしくと泣く姿を見て、メフェルは声をかけずに立ち去った。


「最後の最後で理性を取り戻したか。」


「そっとしておきましょう。ラガル。」


 *


 夜が明けて出発の時間になったとき、母親は見送りに来た。泣き腫らしたであろう赤い目をして。しかしその顔はどこかスッキリとしていた。


「ありがとうございました。あの子はちゃんと人間でした。」


「そんな、何もできなかったわ。」


「息子の最後の言葉を聞けただけでも十分です。」

「愛が呪いを生むけれど……呪いを解くのもまた愛よ。きっと息子さんは後悔していたのでしょうね。」


 後ろで聞いていたラガルが溢す。

 

「最後に言葉を残せただけ、運が良かったな。」


 メフェルが睨んだ。

 村人たちの見送りで二人は去っていく。


 ――その夜、ラガルは眠らなかった。

 なぜだか、あの獣の最期の言葉が頭から離れない。

 

「……ありがとう、か。」


 理解できないはずの感情が、胸の奥に残っていた。

※作者より


この物語には、古い神話や象徴語が静かに編み込まれています。

読み解きのための「小さなメタ記事」を別途まとめています。

興味のある方だけ覗いてみてください。


物語の核心には触れませんので安心してどうぞ。

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