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決意

 ナザレムへの道中、一行は休憩を取ることにした。木から離れた街道の開けた場所に座り込む。日はとっくに天辺をすぎていた。


 「はぁ!」


 シーナは両手に抱えた荷物をどさっと地面に下ろす。


「すまないねぇ。」

「こ、このくらい平気ですから.……!」


 乗客たちがシーナへと礼を言う。シーナが持っていた荷物は彼らのものだったからだ。ラガルは『なんでもする』と言ったシーナにある命令を下していた。


「まさか全て運ばせるなんて。」

「俺は乗客の荷物だけ持たせる気だったんだ。あそこまでやれなんて言ってない。」


 ラガルはどこか面食らった様子でそう返した。それもそのはず、シーナは乗客の荷物だけでなく荷馬車まで戻り、残された荷も運び出したからだ。

 これには御者も大層感謝した。

 

「それでもよ、シーナあなた凄いのね。まさか馬車の荷物まで運ぶなんて誰が想像できるの?」


「全部は運んでませんよ......は、半分です。」

「でも1人でここまで運んじゃったのよ。信じられる?」


「お前、本当に人間か?本当に吟遊詩人か?剣を握ってた方がいいぞ。」


 ラガルは本気でそう思っていた。なぜこれだけ恵まれた才能を持って吟遊詩人など目指しているのか到底理解できない。

 その冗談のように聞こえる問いにさらりとシーナは答えて質問を返す。

 

「は、はい。お二方は…………」


「流れの魔術師でラガルは剣士、魔獣狩りをしてるわ。」

「流れ?」

「魔術塔に属してない独学の魔術師をそう呼ぶの。」

 

「へえ……ナザレムにはお仕事ですか?」


 シーナは魔術師という存在に出会うのは初めてだった。そのため流れという言葉にも聞き覚えがない。魔術塔というのもよくわからなかったが、魔術師の集まる場所なのだろうと思い流した。


「ええ、依頼で黄金竜を倒しにね。別に退治は命じられてないんだけど、巣穴に入れば絶対戦闘になるから。」


「お、黄金竜!?」


 メフェルの答えにシーナが大声を出す。その声に連鎖するように周りもざわつき始めた。


「あんたら正気か!今まで生きて帰った奴はいねぇ。」


 用心棒の男がそう割って入る。ラガルはめんどくさそうに舌打ちすると、メフェルに釘を刺した。

 

「おいお喋り。不用意に依頼の話をするな。」


「あら、どうせ人を集めるんだしいいじゃない。」


「本気ですか?」

「ええ、本気よ。」


 メフェルは自信満々な様子で答えた。死にに行くようなものであるのに、臆する様子がないどころか余裕を見せる彼女を見て誰かが言う。

 

「狂ってやがる。」


 けれどその言葉は本人に届く前に他の声にかき消される。その声の主は。

 

「僕も!僕も連れていってください!僕の名前はシーナ・バルデンスと言います!」


 シーナだった。

 

 ――――――――――――――――――――――


 先程まで快晴だった空が曇り、ポツポツと雨が降ってくる。それは休憩を終えて歩み出した一向の足取りを重くさせた。

 そんな中でラガルとメフェルは先程のシーナの言葉を思い出していた。

 

(16年前……父は黄金竜に挑み帰ってきませんでした。)

(生まれたばかりの僕を置いて母も竜の元へ行ってそれきりです。)


(僕には黄金竜の死を見届ける責務があります……!)


 そう告げるシーナの声に吃りはなく、その瞳はまっすぐ2人を見つめていた。メフェルは様子の変わったシーナを思い出しつつ口を開く。


「まさか竜殺しのジーク・バルデンスに子どもがいたなんて。」


「そいつは前に話してた奴だな。」


 ラガルは覚えているとただ短く返した。

 

「とても強かったって聞いてるわ。先代を越えたとも。」


 メフェルはただ話を続ける。その声は少し小さく、後ろにいるシーナに聞こえないように気を遣ったものだった。


「その息子が吟遊詩人とはな。」

「それはいいじゃない。」


「問題はそいつがついて来たいと言ってることだが、もちろん。」


 却下だなと続けようとしたラガルの声に被せるようにメフェルが『歓迎するわ。』と発する。

 それにラガルは驚いた表情をし、メフェルに喰ってかかる。


「足手纏いだ、あのガキ死ぬぞ!」

「旅は一緒の方が楽しいでしょ。」

「何を言ってるんだ?」


「1人でも多くいた方が面白いじゃない、吟遊詩人の仲間って最高じゃない?」


「竜を殺しに行くんだぞ。」


 眉根を顰め、ラガルはメフェルの真意に考えを巡らせる。しかし彼女の考えはさっぱり理解できなかった。


「覚悟の決まった人間を止めることはできないわ。あれはそういう目よ。」


「覚悟?ただ境遇に酔ってる奴の戯言だろ。」


「さあどうでしょうね。」

「とにかく俺は反対だ。」


「荷物持ちがちょうどいないじゃない。彼、力持ちだしそれなら安全だと思うのよね。」


「話聞いてんのかイカレ女。」


 ラガルの声が大きくなる。その声に周囲にいた人が一瞬2人を見た。シーナはそんな2人を見て、拳を握りしめると言葉を発した。


「僕、お父さんの最期を歌にしたいんです。竜に負けて死んでしまったままで終わらせたくないんです。竜の最期ももちろん知りたいですけど。どんなふうに散っていたか歌いたいんです。」


 シーナはきっぱりと言い切る。それまでも静かだったがさらに辺りが静まり返ったように感じた。雨の音だけが彼らの耳に残る。


「バカじゃないのか?」


「ば、バカでもいいです。ナザレムにはそのために来たんです。」


「自殺願望は他所でやれ……子守りをしてる余裕はねぇんだよ。」


 明らかにラガルは怒っていた。しかしメフェルは気にした様子もなく話す。彼の怒りなどまるで怖くないようであった。

 

「ラガルに決定権はないから気にしなくていいわよ。」

「ああそうか、勝手にしろ。」


「よろしくねシーナ。」

「は、はい。」


 雨脚が強まる。

 空の向こうで雷が鳴った。


「――ナザレム。」


 そう呟いたラガルの声は誰にも届かない。

 だがそう呟いた彼の声は僅かに震えていた。

 それは懐かしさではない。

 まだ終わっていない物語が、そこにあるような気がしたのだ。


 雨は止み、遠くの雲間から光が見えた。

 旅は続いていく。


 彼らの知らぬ過去と、まだ見ぬ罪を連れて。

 

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