距離が縮まる音
それは一同が小さな谷に差し掛かったときだった。
「どう見ても壊れてるわね、橋。」
メフェルは困ったように呟く。
一同の目の前にかかる橋は朽ちて壊れていた。
「ほ、他の道はないんですか。」
シーナが尋ねる。メフェルはラガルを見ると彼は肩をすくめてみせた。
イーヴァがやりとりを見て口を開く。
「俺は知ってるぞ、ちょうどすぐそこだ。」
彼の先導で三人は別の道を行く。
その場に少しだけ重い沈黙が落ちた。
連れてこられた先は断崖絶壁の道とは呼べない細い足場だった。
「こ、これを行くんですか⁉︎」
シーナが思わず声を荒げる。
イーヴァは大笑いをしたあと深く頷いた。
「何事も挑戦だぞ、シーナ。」
シーナの背中を強く叩くとイーヴァは道の先に立った。
足がはみ出す程の足場を慣れた足取りで進んでいく。
メフェルとラガルはお互い何も言わずにその後に続いた。
シーナはその背中を見て、喉がひくりと鳴った。
「え、え、本当に行くんですか。」
「他に道を知らないもの。大丈夫よ。シーナは荷物をラガルに渡して、ラガルの前を歩けばいいわ。」
そう言ってメフェルも細い足場を渡っていく。
ラガルは無言でシーナの荷物を受け取る。
そのときもお互い目線が合うことはなく、シーナは気まずさを覚えた。
イーヴァとメフェルは足場の上で2人を待っている。
シーナはあまり、もたもたしてられないなと道に急いだ。しかし足場を前にするとキュウと胃が縮こまるのを感じた。
下を見れば見晴らしのいい森が広がる。
落ちれば間違いなく死ぬだろう。
足場は心許なく、ときにパラパラと音が聞こえた。
ごくりと唾を飲んだ。
シーナは覚悟を決めて、足場の上に立つ。
風が耳元を撫で、冷たい気配が背骨を走る。
先に行った2人と同じように、壁に体をくっつけて這うように進んだ。
右手に持ったリュートだけが彼を守ってくれるような、そんな気がしてシーナは強く握りしめる。
耳元で風が通り抜ける音がした。
(落ち着いて、落ち着いて歩けば大丈夫。)
シーナは失敗しないように慎重に足を踏み出した。
すり足で足元を確かめるように進む。
けれどそのとき、足元が崩れてシーナは体勢を崩した。
「あ!」
声が出た。
かろうじてシーナは落ちなかったが、手元のリュートが滑り落ちる。
世界が一瞬だけゆっくりになった。
手が開かれていくのを感じた。
急いで閉じようとしたが、間に合わない。
(嘘だ!)
シーナは身を捩ろうとしたがそんなことをすれば下に落ちてしまう。
瞬間、脳裏に様々な考えが浮かんだ。
でもどれもがリュートに届きそうにない。
手が完全に離れていく。
そのときだ。
ラガルがリュートを掴んだ。
「ラ、ラガルさん。」
「……気をつけろ。」
ぶっきらぼうに言い放つその姿にシーナは安堵を覚える。全身の気が抜けるようだった。
シーナは気づく、彼の顔が強張っていることに。
緊張したのは彼も同じだったようだ。
よく見れば、ラガルの指先がかすかに震えていた。
「大丈夫?……あなた本当に言葉よりも体が先よね、ラガル。」
そこにメフェルの言葉が入る。
今のが彼の優しさだと気付いた瞬間、嬉しさで涙が出そうになった。
「あり、がとうございます。」
あんな事があった後だから、ラガルの顔を見るのが怖かったがシーナは彼の瞳を見て礼を言った。
ラガルは少し目を開き、ホッとしたような顔を見せる。
シーナはそれを見て胸が熱くなる。
(今……安心した? どうして?)
――なぜそんな顔をするのだろう?
そうこう考えてるうちに、細い足場も終わり、やっと道と堂々と言える場所へ辿り着く。
「何回通っても慣れんな、この場所は。」
イーヴァは今まさに通ってきた場所を眺めて片眉を上げた。
「ありがとう、イーヴァ。おかげで寿命がちょっと縮んだわ。」
「そりゃどうも。」
メフェルがため息をつく。
後ろでシーナがへたりと座り込んだ。
どうやら腰が抜けたようだった。
「シーナ、よく頑張ったわね。」
「は、はい。安心したら気が抜けちゃって。」
メフェルがシーナを立ち上がらせるとフラフラと彼は横に流れていく、そしてラガルにぶつかると上を見上げた。
彼の顔がそこにある。
驚いたような、戸惑ったような顔をする青年を前にシーナは先程の安堵した表情のラガルを思い浮かべた。
ニコリと微笑む。
「なんだ気持ち悪い。」
ラガルもいつもの調子を取り戻したのか、普通に口を開いた。
シーナはいつものようにラガルの後ろを歩く。
けれど今日はその距離がいつもより縮まって、隣というべき位置にいた。
その“隣”が、ほんの少しだけラガルを固まらせた。
歩幅が自然と彼に合う。
メフェルはその様子を見て、少し胸がざわついた。
小さな棘が胸に刺さる。
その小さな痛み。
――その理由を、彼女はまだ知らなかった。




