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その男、腹ペコにつき

「美味い!美味い!」


 ガツガツと青年は飯を食らう。今手持ちの食料を出してしまえば全部平らげてしまいそうだった。

 食べ方は汚いのに、丁寧に飯を平らげると青年は腹を叩いて言った。


「美味い!馳走であった!」


 ぽん、と音がする。

 青年は首から下げた銅板を弄ると、ニカっと微笑んだ。


「どこの者ともわからない、亜人を助けてくれるとは少年。お前は中々見どころのあるやつだな。」


 青年はシーナの肩を軽く叩くが、その瞬間だけ空気がわずかに揺れた。

 妙に動きが速い。

 シーナは気づかず、ラガルだけが一瞬その“不自然な速さ”を見て眉をひそめた。


 (今のは……。)


 ラガルは無意識に背筋を伸ばし、わずかに呼吸を整えた。

 顔が険しくなる。


「え、あ……はい。」


「俺の名前はイーヴァ!この通り地上を歩き、悪しき魔獣を倒す狩人をしている。お前たちは?」


 イーヴァは轟く雷のような大きな声で自己紹介をした。

 ハッキリ言って鬱陶しい男だ。だが声の奥に妙な品の良さが潜んでいる。


「私はメフェル、この子はシーナ。遠くにいるのがラガルよ。」

「そうか、よろしくなお嬢さん。」


 立ち上がったイーヴァはラガルよりも僅かに大きかった。

 ラガルで慣れていたつもりだが、彼よりも肩幅が大きく“壁のような”大男にメフェルは一瞬怯む。


 イーヴァはそれに気づき、すぐにしゃがみ込んだ。

 そして小声になるとメフェルに言った。


「怯えなくていいぞ、取って食ったりはしない。」

「あらそう、じゃあ何をするっていうのかしら。」


「はは、手厳しいお嬢さんだ。」


 イーヴァは笑うが、ラガルにはその目の奥で“何か別のゆらめき”があったように感じた。

 イーヴァは背負っていた大剣を振り下ろす。

 赤い髪が揺れた。

 風を切る音がして、その鉄の塊が地面に当たる。


「よし、決めた!」


 三人が息を呑む。

 イーヴァは胸を張り、何かに気づいた“間”を置いて指を立てた。


「さっきから嗅ぐこの匂い。お前ら、面白い“旅”をしているな!」


「面白い?」


 メフェルが聞き返した。あまりにも唐突すぎて理解が追いついていない。


「ああ、俺の直感が告げている。お前たちは血の匂いがする、それもただの血ではない運命の血だ。」


「あの、何を言ってるんですか。」


 シーナは気づいた。

 人助けをしたつもりが変な人を連れて来てしまったと。

 ベキアとルドーのときもそうだが、彼はどうにも変人との縁があるようだ。


「このイーヴァ!此度の旅に同行しようぞ!」


 イーヴァが剣を持ち上げて宣言する。

 それは無茶苦茶な話だったが、彼の言葉にはどうにも断れそうにない圧があった。

 金の眼光が稲妻のように三人を射抜く。


 その光に当てられ、空気が一瞬だけ凍りつく。


 (この人……笑ってるのに怖い?ベキアさんたちと同じだ。)


 シーナは直感する、この人物は裏があると。


「ふざけるな。」


 イーヴァの言葉にラガルが反応する。

 形にならない苛立ちが胸にこびりつくが、妙に目を離せない。


「行くぞ、もう日が上りきってる。」


 ラガルはイーヴァを無視すると旅支度を始めた。

 その横顔は怒りというよりも困惑に近い。



「で、これからどこに行くんだ?」


 イーヴァが三人の後ろで尋ねた。

 誰も反応しない。


 空気には、沈黙とも緊張ともつかない“間”が落ちていた。

 メフェルでさえも、遠い目をして明後日の方向を向いている。


「ふむ、無視か。ラガルと言ったな。」


 イーヴァがいきなり近づいてラガルの肩を抱き寄せる。

 ラガルは肩を跳ねさせ、距離を取ろうとするが、馬鹿力なのか一向に離れる事ができなかった。


「お前、魔族だろ。」


 ラガルにしか聞こえない声で確かにそう言った。


 びくり、とラガルの動きが止まる。

 なぜバレたのかわからなかった。


(もしかしてコイツ。)


 盗賊時代を知るものか?

 ラガルは一瞬そんな考えを抱く。


「……どういうつもりだ。」


「髪の色だよ。」


 イーヴァはラガルの髪を指す。


「そんな鮮やかな色の亜人見た事ない。氷の巨人(ウレラ)の中でも珍しい種族だろ、お前。」


 ぽんぽんと肩を叩きながら、イーヴァは胸の銅板を見せつける。


「亜人のふりをしてれば大抵なんとかなる。バレたらエイシュに殺されるけどな。」


 淡々と語る声はどこか試すようでもあった。


 ラガルは目を細める。

 イーヴァは慌てたように訂正した。


「あ、いや警戒するな。俺もそうなんだ。」


 イーヴァは額の鉢巻を直しながら笑う。


「といっても俺は炎の巨人(エカル)だけどな。」


 ラガルの脳裏にゼンの教えが浮かぶ。

 火の民。エカルム。炎の髪。


 だが――

 肩に置かれた手は、なぜか“温かすぎた”。


(炎の民が……温かい?)


 疑問が胸をかすめる。


「ま、同じ秘密同士仲良くやろうぜ。」


 わしゃわしゃと髪を撫で回すイーヴァ。

 ラガルは心底うざいと思った。


(コイツ本当にただの馬鹿か?)


 軽さの裏に、何か硬いものが潜んでいるのがわかる。

 だが確かに一つだけ言えることがあった。


(絶対にコイツとは合わない。)



「しかし、面白い組み合わせだよなぁ。魔術師に亜人に詩人。おまけに全員小さいし、なんだか可愛いな。」


 「小さい」の一言で全員が反応した。


 メフェルはどうにか撒けないか考えるが、

 ラガルの横をぴったり歩くイーヴァは離れそうにない。


(珍しいこともあるものなのね。)


 メフェルは少し考えを改める。

 ラガルを怖がらず距離を詰めてくる者は珍しい。

 彼には良い機会かもしれない。


 その一方で――メフェル自身も気づいていた。


 (私……この人が気になる?)


「イーヴァ、あなた森の中で何してたの。」


「え、えーと……遭難?」


「なんで疑問系なのかしら。」


 思わず眉を顰めるメフェル。


「遭難って、シーナが通りがからなかったら危なかったじゃない。」


「全くだな、感謝しているぞ少年。」


 白い歯を見せて笑うイーヴァ。

 シーナは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

 どうにもこの男、人のペースを乱す才能がある。


 一同は新しい顔ぶれ――イーヴァを加えて進んでいく。


 ただし、平穏は長く続かない。


 小さな“事件”は必ず訪れる。

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