表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/127

愚かな2人

 魔術師は笑っていた。

 “死者に会える鏡”――ヘレーの鏡。

 名を聞いた瞬間から、彼女の時間は止まっていた。

 その笑みは単なる喜びではない、喪った誰かを思う笑みだ。


 大地が揺れるほどの咆哮が響く。

 薄暗い洞窟の中、割れた天井から差し込んだ光が一体の龍を照らしていた。


 眩く輝く黄金の鱗――。


 目に痛いほどの輝きに魔術師の女は目を細めた。

 そのときだった、死角から竜の尾が振るわれる。


「ラガル、横!」


 魔術師の鋭い喝が飛ぶ。

 危なげなく狩人が避ける。

 竜の炎が大地を焼き、ちりりと肌を焦がした。


 ふと女の視界の隅でキラリと何かが光る。

 その光を見た彼女は声を張り上げた。


「あったわ!」


 積み上げられた財宝の中、一際存在感を放つ紫の光。

 ヘレーの鏡――それこそが二人の目的であった。

 


 これは、ひとりの男が“過去”から逃げ続け、

 やがて愛によって救われていく物語。


 その男――ラガル。

 本来この物語の中心に立つ者である。


 彼はまだ知らない。


 この旅が、彼を二度と戻れない“真実”へ導くことを。


 この物語は、彼の罪と赦しの記録である。


 けれど物語はまず、彼と旅を共にする仲間たちの視点から始まる。


 ――――――――――――――――――――――――

  時は遡り、そこは煉瓦造りの街。人混みの中で詩人が高らかに歌い上げる。

 

「そして魔女は言った。千年後、大いなる災いあるだろう。闇の王が生誕なされる。」


 演目が終わり次の話に差し掛かった頃、舞台を眺めていた市井の女たちがうわさ話をはじめた。

 

「どこに行ってもこの話、ちょうどもう少しで千年だってね。魔獣は確かに増えてきたねぇ。」

 

「獣なんかより魔獣狩りみたいなゴロツキのが嫌さ。ほぅら、例えばあそこの亜人……。」


 言い終わるや否やギロリ、とその男が睨む。

「睨まないのラガル。」

 

 ひっ、と縮こまって女たちは逃げていったが、亜人と呼ばれたその男は機嫌が悪そうにその後ろ姿を睨みつけていた。

 その様子に男の背丈に隠れていた小さな女がひょこっと顔を出して亜人の男を宥める。


「なんだか今日は騒がしいのね、お祭りかしら?」


 二人の風貌はこの国の人間とは異質であり、何かと目を引いた。

 女は大きな杖を抱えており魔術師だというのが一目でわかる。

 背丈が人よりも小さく、よく目立つ桃色の髪。彼女はどこにいても目を引く存在だ。


 そしてラガルと呼ばれた男は背丈が頭ひとつ分他より大きく、先が紫がかった薄水色の明るい髪をしているため、男は常に視線を集めていた。


 ふと魔術師の女が建物の看板に目をやる。

 

「ねえ、ラガル。狩人協会ここにもあるみたい。あっという間に広まるのね。私たちも入った方がいいのかしら。」


「仕事の斡旋、素材の買取なんかもするらしい。魅力的だが入るためには金が入り用だろう、一応聞くが金はあるのか?」


 ラガルの言葉に女は笑って自分の服を指し示して見せた。

 彼女の服はただの布で出来てるように見える白いワンピース一枚だ。

 

「もはや旅を続けるのさえカツカツなのよ。」


「……お前が魔術書やらなんやらのものを買い漁るせいでな。」


「それが目的だから仕方ないじゃない。」


 ラガルは無言で息を吐く、女の浪費癖を知り尽くしていたからだ。

 

「あなたにとっては旅の目的が違うけど。」


 そして魔術師の女が何の気なしに放った言葉に、ラガルはなにか思いつめた表情をする。

 首巻きの下にさげた銅の薄板を指先でなぞった。

 鉄よりも軽いはずなのに、触れるたび胸の奥が沈んだ。


「ここら辺に仕事はなさそうだが、魔術師限定の仕事はあった。俺は気が乗らないが。」


 ラガルは彼女に目をやるとそう言う。

 

「あらそうなの。話を聞くだけ聞いてみたいわね。」


「話聞いてたか?俺は気がのらない。」


 ラガルは気乗りしなそうだったが、女に押し切られ依頼人の館へ赴くことになった。


 そうして二人は館を訪れた。


「どうかお力になっていただけないですかな、メフェル様。」

 

 一通りの話を済ませたあと男が魔術師の女、メフェルに尋ねる。

 ラガルは椅子に座って話す二人の会話を壁際で聞いていた。


「魔獣に盗られた荷物の回収……それくらいならいいですけれど目星はあるのでしょうか。」


「本当ですか!さすがは魔術塔の魔術師様だ!」


「え?いえ私は。」


 何か言いかけたメフェルを遮って男は間髪入れずに言う。

 それは興奮した様子で喜色に溢れていた。


 そのままの勢いで男は目星を告げる。

 

「もちろん目星はついております!黄金竜です。」


 それを聞いたメフェルの顔色はすぐに変わった。

 

「お断りするわ。」

「ま!待ってください!最後まで話を聞いてください。」

 

「報酬のお金で討伐隊でも組むことね。」


「いいえ!できません。私が取り返して欲しいのはヘレーの鏡なのです。きっとゴロつきどもを雇えば盗まれてしまう。」


 その男の言葉にメフェルは動きを止める。

 一方ラガルは何が面白いのかニヤニヤし始め、楽しそうに男に詰め寄った。

 

「俺たちもそのゴロつきだ。魔術塔の魔術師と言ったのは俺だが確かめもしないで迂闊だな。流れの魔術師とそのお付きの魔獣狩だ。」


「な!貴様、嘘を……メフェル様は塔の魔術師じゃないのか!」

 

 胸ぐらを掴み上げる勢いで食ってかかる男と、それを嘲笑うラガルにメフェルが割って入る。

その声色は場にそぐわず明るかった。

 

「待って、ヘレーの鏡?それ本当なの?」


 ヘレーの鏡――その言葉に、ラガルの指が僅かに震えた。


 一瞬ラガルが顔を顰めて、すかさず『偽物だ。』と言い放つ。

 しかしメフェルは聞いておらず、急に早口になって喋り出した。

 その瞳は爛々と輝いている。


「死者に会えるという古の魔道具……伝説の魔法!もっと詳しく聞かせて頂戴。安心して、確かに私は塔の魔術師じゃないけどたしかにエルトリの生まれだわ。ほら。」


 一寸も置かず、早口で捲し立てるように話すメフェルに男は圧倒されていた。一方ラガルはまたかと額を抑えている。


 メフェルが一呼吸置く。


 どうしても確かめたい、その衝動に息が浅くなっていた。

 

 ――あの日の約束が果たせるかもしれない。

 鏡の向こうの失われた笑顔を思い浮かべる。

 その顔は遠く霞んでいた。


 けれど、あの日の祈りが胸に燻り続けている。


 そしてメフェルは知っていた。

 世界は、正しい形でないことを。

 

 彼女の胸の奥には、誰にも言えないもう一つの願いがあった。それは世界を正すための、あまりに危うい願い。


 壊れた理は誰かが正さねばならないのだ。

 それはまだ、誰にも知られていない祈りだった。


 彼女はまだ知らない、それが世界を壊すことになると。

 

 腰につけたバッグから何かを取り出して男に渡したが、それを男が確認している間にもメフェルは喋り続けていた。

 

「専門は古代魔法よ、もちろんその仕事引き受けるわ。」


「おい!馬鹿!」


 気安く竜退治の仕事を受けたメフェルにラガルが怒りの声をあげる。メフェルの心臓は高鳴っていた。


 彼女はラガルの罵倒を気にした様子もなく、男を見つめる。

 一方、男の視線はメフェルから手渡された物に向けられていた。それは紋章入りの小さなメダルであった。その紋章を確認すると男の表情が変わる。


「確かに魔術塔の紋章、でも塔の魔術師ではない?」


「私は興味なくて所属してないのよ、でも後ろ盾……えーと塔のお墨付きはいただいてるわ。」


 男がメダルをよく見ようと裏側を確認したときだった。さらに男の表情が驚愕の色に変わる。それはどこか嬉しそうでもあった。

 

「これはアグロム家の家紋!お願いします!どうか!」


「ふふ、任せて頂戴。絶対になんとか鏡を手に入れてみせるから!」


「ありがとうございます!」


 彼女がアグロムの者だとわかると男は是非にと依頼をお願いする。ラガルはその様子を面白くなさそうに見つめていた。二人のやりとりが終わるや否や怒涛の勢いでメフェルに罵倒を飛ばした。


「おい、馬鹿女、魔女!気が狂ってるんじゃないのか。どう考えても無理だ。」

「私は魔術師、魔女って呼ばないで。」


 そこに男が懐から一枚の鱗を取り出してラガルへ見せる。


「あの竜がなぜ黄金と呼ばれるのか、ご存知ですか。それは全身が金でできているからなのですよ。」


 ごとりとその鱗を卓上に置く。鱗は溢れんばかりの輝きを放つ金の鱗であった。その重みは置いたときの音でもわかるように、手のひらほどの大きさに対してかなり重いものである。


 ラガルの目はその鱗に釘付けで男の言葉に揺れ動いていた。


 ――――――――――――――――――――――



「……あなたって本当お金のことになるとダメね。」


 場面は変わって二人は屋敷を出て外にいた。そこでメフェルはおかしそうにラガルへ語りかける。

 結局、ラガルは依頼を受けることに同意した。


 あの輝きを見せられた以上、合意せざるを得なかった。


「黙れ、金は命に変えられる。」


 彼の目は冷徹そのものだ。

 何度も現実を見てきた色をしていた。

 金でしか生命の重さを測れなかったのだろう。

 

「ああ出た、あなたの口癖ね。」


 ラガルはメフェルに目もくれず、貰った前金の袋を開き勘定を始める。そこには家が二軒ほど買えるぶんの金額があった。


「これだけ用意できるなら腕のある竜殺しでも雇って討伐隊を組んだ方がいいと思うがな。」


 そう言いながら金貨を数えるラガルにメフェルは得意げに言った。


「知らないの?黄金竜って竜殺しの間では不落の竜って有名なのよ。」


 そう言うとラガルはようやくメフェルに顔を向ける。続けて彼女はこう話した。

 

「ここエポドナフルから南東へ三日の街、ナザレム。その郊外のカンサク山に根城を構えてる竜で、よく街道の荷馬車を襲うので有名なの。ちょうど十六年前だったかしら?竜殺しの英雄と名高かったバルデンスが散って以来、誰も挑戦してないらしいわよ。」

 

 沈黙するラガルにメフェルは笑いながら答える。

 だがメフェルの脳裏には先ほどのヘレーの鏡しかなかった。


「今から断るのは絶対なしよ。」


 その揶揄うような声に強がったのかラガルはムッとして言う。


「たかだか人間の強い、怖い、恐ろしいほど当てにならないものはない。」


「お金に浮かれてるわね。さて、そうときたら当分の目標は竜退治になるわね。頼りにしてるわよラガル。」


 ぴょんと弾むような動作をしたあと振り返って後ろのラガルに彼女は語りかける。


「行きましょう、ナザレムに!」


 黄金の鱗の輝きが、まだ目に焼き付いて離れなかった。彼らの旅は、この日から災いの時代へと歩み始める。

 今、二人の運命は動き出した。

 世界を壊すための、最初の祈りとして。


 (愚かでもそれが人間の(さが)ね。)


 たとえ誰かの祈りを壊すとしても、彼女には変えられない。

 ――あの頃の僕はまだ知らなかった。

  その祈りが、世界を変えるほどの“罪”になることを。

誤字脱字訂正→モルガ家をアグロム家/ラガルの髪色描写に抜けがあったのを修正

話が冗長だったので肉屋のくだりをカットしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ