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第49話 西の魔女

「何でもいいから、ここを切り抜ける力をくれっ!

俺はもう守ることを失敗したくない。今度こそ姫様を守らなくては!」


「心配するな。すでにその力は持っている。ただし気を付けたまえ。

あの少年をアクセルが利用すれば無敵に近い力をもつことになる。

創造主、親を殺すという矛盾をねじ伏せてしまうだろ」


自分にはみんなを守れる力がもうすでにある。アベルはこの根拠のない話をいったんは信じてみることにした。

既に周りは焼け野原。海沿いのゆるやかな斜面に、ブドウ畑のような形で坂に沿って民家がびっしりと建築されていたのは昔の話。

隙間なく家が建って昼なお暗い路地は炎と太陽に照らされて、久しくなかったほどに明るい。


その頭上には戦艦の主砲から放たれた、上空数百メートルにあっても肉眼で視認できるくらい大きな砲弾が飛び、ここに生きるわずかな生存者たちの頭に影を落とし、命を刈り取らんとしている。

これが、彼らのすぐそばに着弾しようかという時だった。突然砲弾が向きを変えたのだ。

続く別の砲弾も同じく、急用が出来たみたいに踵を返し、ふわふわと浮きながら戻っていく。

そして少し離れたところで大きな音を立てて地面に落下。

重力を操ることを可能にしたことで、男は飛んでくる砲弾を無力化することに成功したのだ。


「クソ、なんてことしやがるんだ、自国民に!」


「ここは左派系が強く独立心の高い地方です。民族も違うので」


と、皇女がフォローを入れた。つまるところ彼女とプリンツ・オイゲンもしょせん同じ穴のムジナである。

ここアルメリアやビビ少年の本名ビビアン・ヴァン・ダイクといった名前からわかるように、帝都ベルンシュタインベルクとは民族的に違う被征服地が各地に存在している。

というか、違う民族を征服し、従えている国が一般的には帝国と呼ばれるわけだ。

皇女はここがプリンツ・オイゲンの犠牲になっても構わないと考えてここを選んだ。

同じくプリンツ・オイゲン海軍元帥もここは元々独立心旺盛な地域だからちょっとぐらい無茶してもいいだろうと思っての凶行であった。

結局彼ら帝国の皇族と、ここら辺の異民族とでは人種が違うと考えているからだ。

もっとも、人種以前に皇族とそれ以外の民とでは教養も文化も階級も遥かな壁を隔てた、全くの住む世界が違う人間であるのだが。

彼らにとって人民が虫けら同然であるのは、別に異民族であろうがなかろうがあまり違いはないだろう。


「なんでもいいけど、とにかく逃げましょう!」


「二人とも俺から離れるんじゃないぞ……!」


戦争級の大火力。確かにこれだけの戦艦の艦砲射撃ならば、魔女イザベル並みの上級魔術師でも殺しうる。

アベルはほかに色々大変なことがあって忘れていたが、皇女の殺意が並々ならぬものであることを改めて思い知った。

ただ、彼女の部下であるモードは、魔女のことを自分の存在理由とすら語っている。

このモードと、今は命からがら自分がけしかけた艦砲射撃の雨あられから逃げようとしているのだ。

もはや皇女には、これ以上警戒を払う必要などないだろうとアベルは考えた。

記憶が復活したことにより、彼女との大昔の日々を思い出して油断したという事実もある。


昔のように彼女を腕の中に抱える形で、ただし身長の高さはもはや二人にほとんど差はないのだが、それでも彼女を隠すような形で。

そしてもう一人のモードは手を掴んで引っ張りながら、土地勘のない町の、地震や嵐のあとよりもなお念入りに破壊されて道の分からなくなった通りをやみくもに歩いていく。

坂の多い瓦礫が散乱した街を歩くのには体力を奪われ、すべてを焼き尽くすようなこの季節にしては幾分張り切っている太陽と家の建材を使って燃えている炎の熱。

それらに耐えながら、アクセルたちのようにズルをすることもなくアベル達は小高い丘状になった町の北部を踏破。


海沿いの坂とわずかな平地に作られた街への砲撃が届かない海と反対側の内陸側の斜面にたどり着いた彼らは、そこへ駆けつけた農夫たちに問い詰められた。


「おい、どうなってるんだ!」


「向こうでは一体何が!」


この地方の特徴として海側には港町があり、内陸側の斜面の方ではブドウを栽培した畑が作られがちだ。

一つの丘の斜面のあっちとこっちではド田舎の農村の風景と、活気ある街の非常に対照的な二面性が存在するのだ。

普段は豊かで都会な向こう側の斜面の町が眩しかったこの農夫たちだが、同じ眩しいでも少々今日は意味が異なってくるようだ。


「水をくれないか。いや、俺はいい。大火事だ……もし誰か逃げてくることがあったら、また助けてやって欲しい」


「それはいいがあんた、よく平気じゃな。娘さんたちを守ったのか。大したもんだ」


と、褒めてくれた気のいい農家の爺さんにアベルは首を横に振ってこう答えた。


「自分では守ってるつもりでも、圧倒的な力の前には敵わない。まるで運命みたいな」


「そうか……逃げ遅れた人がいるのか」


「まあそんなとこだ。ふたりとも、俺の読みでは艦隊から歩兵を投入して地上戦が始まるだろう。

何とか歩いてふもとの村まで行けるか?

正直この村で泊まっていきたいところだが、そんな時間はなさそうだ」


「私はなんとか……大丈夫だと思います」


「私も。でもここで少し休憩していきましょうか姫様。

それとも次元を切り裂き、瞬間移動するニコの魔法とやらのやり方を思い出してくれたの?」


「悪いなモード。俺だって今すぐアクセルを追いたいところではあるんだが」


今になってビスマルクを危険なところに呼びつけて、狙う者も多い伝家の宝刀ニコの剣を持ってこさせたのは間違いであった、と後悔する皇女とその部下であった。


「ふふ、でもなんだか不思議な気分。あなた達とはもうこれっきりになると思っていたから」


モードはもはや今まで秘密のヴェールを装って隠していたことをすっかり忘れたみたいに、横の二人に親しげに笑いかけた。

わずかに髪と頬はすすけている。それでもそのもともと暗い色をした瞳には、それまで抱えていたある種の後ろめたさからくる曇りはもうない。

山なので急な斜面を川が流れていて、ここではこれを生活用水にも農業用水にも使っている。

川からバケツで水を水を持ってきてくれた爺さんだったが、朴訥で気の利かない田舎の頑固爺だ。


器やコップを持ってくるべきところを忘れていたようだが、モードは機転を利かせて持っていた奇麗な布切れに水をたっぷりとしみこませたかと思うと、皇女の頭を大胆にも自分の脚の上に乗せたのである。

これを絞って水分を口に含ませ、あとは濡れた布ですすけた主人の顔と手指を丁寧に拭い始めた。

南の空は赤く焼けただれているものの、それと反対の斜面には抜けるような青空が広がり、石を積み上げた段々畑に規則正しく植えられたブドウの木が目に眩しいほど緑色の葉をつけている。

平和そのものの農村。その農道の真ん中に三人で居座って膝枕をしても誰も文句を言わないくらいにのどかな村だった。


「しかし……二人は一体全体、どういう関係性なんだ?」


「私ももうわかりません。でももう、誰かに敵意を向けようという気にはなれませんね」


「私も、どういう関係かと尋ねられてもね」


「じゃ、質問を変えよう。気になっていたんだ。モードは俺が帝都にいた時代にはまだあそこにはいなかったよな」


「私は子供の姿で死神騎士団に潜入した。

あなた達兄弟が入れたことからもわかるように素性の調査などロクにはしてないの。

魔法の才能さえあれば何でもいいってこと。アクセル様はそれを知ってたから私を利用することにしたらしい。

つまり、あの方も神々のリンゴに選ばれた才能ある子はほぼ間違いなく、そこに集まってくるだろうと考えたの」


「魔術師の才能は珍しがられたり気味悪がられたりすることもあるからな。

合法的な居場所は、確かにそこぐらいだ。ビビは死神騎士団には入らなかったが」


「ええ。そこで私は姫様に教えを受けた。それにほら、女の子って大体みんな、あれでしょ?」


「あれ、とは?」


「かわいい子や小さい子がいたら構いたくなるのよ。着せ替え人形みたいにね」


「うむ……まあ確かにな……孤児院でも大体そんな感じだった」


セラの家、と呼ばれた孤児院にアベルが居候していた時代。

年下の子は男の子だろうと構わずお姉ちゃんたちの遊び道具になっていたことを思い出していた。

彼の、いつまでも成長しない娘が生まれてからも孤児の少女らが世話をしてくれていた。

むしろ、離れろと言っても離れてくれなかったほどである。


「姉妹っていなかったから何だか不思議な感じ。私のほうが年上だけど姉のように思ってるわ」


「それがよくわからないんだが、モードの素性は一体……?」


「すでに話したけど私は数百年前、帝国のとある地方で生まれたわ。母は奴隷だった。

だから眩しかったのよ。恵まれて育った姫様が。姫様は心優しい方よ。

愛情を受けて恵まれて育ったからね。もちろんあなたからも」


「照れくさいことを言うんじゃない。でも対照的な二人だったんだな」


奴隷の子と、帝国の姫様。何も知らずにとはいえ、皇女殿下は下賤の者とさえ固い絆を結ぶことが、すでに出来ているのだ。

男は本当の姉妹以上に親密な関係を築くことに成功している二人を眺めながらひそかに、この二人のことも必ず守らねば、と誓った。

彼と彼の家族の人生は、持たざる者の人生であった。そして"持つ者"――つまりは権力者――に翻弄される人生でもあった。

その最大の犠牲者は他ならぬ彼の母だったが、その母は"持つ者"に対し対決の道を選んでいた。


「不思議だな。先生が"魔女"と呼ばれ恐れられるほど、帝国に恐るべき復讐を行った。

許されることではないが、そのおかげでお前がいるんだなモード」


奇妙なことに運命はとかく人智を超えているもので、一見すると先生の感情的で間違った選択は、こうして持つ者と持たざる者の、なんらわだかまりのない親愛を結実させるに至っている。

一種の感動を覚えながら、自分のことを見つめ返してくる、微笑みをたたえたモードの瞳を見つめていると、アベルの胸にモードは手を当ててきた。


「ここに眠るあのお方……のためだけじゃないわ。私はあなたの力になりたい」


「ああ。ありがとう。何だかこういう雰囲気になってしまうと……その、言いづらいんだが、言わなきゃならないことがあるんだ」


「どうしたんですか、先生?」


痒くもないのに後頭部を手でかきながらいかにもストレスを感じている人間の所作を行うアベル。

無意識なのか意識しているのかは不明だが、最後に頬を人差し指でポリポリかいて、それを今生で最後と言わんばかりに決然とした表情で二人にこう告げたのだった。


「つまりだな、俺がアクセルを何とかするには親父の……この遺体の力を解放するほかはない。

やろうと思えば、すぐにでも開放してしまうことができるだろうな。

というか、それを必死に抑え込んでいるのが今なんだ、と言うべきか」


「それはまさか……!?」


「あなた自身が孤独の悪魔になってしまう……なんて、言わないわよね?」


「俺はそのために生まれてきたんだ。アクセルから先生を助け出したら、どのみち俺は必ずそうなる。

先生は最後まで、俺を俺だとは見てくれなかった。名前を呼んではくれなかった。

親父の器として。だがそれでいい。さっきはすまない、モード」


「すまないって?」


すまないと言う言葉にも色々あるわけであるから、何のことを言っているのか比較的明晰なほうであるモードの頭脳にも測り兼ねていた。

困惑する彼、いや彼女にクスリと笑いかけて、アベルは言葉を追加した。


「ありがとうって意味だ。俺をただの一人の男として見てくれたのは嬉しかった。

まだ会ったばかりかもしれないが、心は十分伝わっている。たぶん、お互いに」


「多分じゃないと思うわ」


「心残りがあるとすれば、帝都にいるという娘に会えないまま消えるだろうということだが。

まあ、俺には仕方のない罰だろう」


「確かにあなたが生きている間に帝都へ寄ることは出来そうにないわね。

しかも、アクセル様が今どこにいてあなたの探してる人がどこにいいるのか。

何の手掛かりもないわ。これからどうするの?」


「どうって……知り合いを頼ってみるつもりだ。少し心当たりがある。

姫様とモード、お前たちこそこれからどうするつもりだ?」


「私?」


と自分の顔を指さしてからモードはこう答えた。


「さっき言ったでしょ。私はあなたの力になりたい。姫様も同じ気持ちだと嬉しいんだけど」


「モード、あなたは今でも死神騎士団の一員です。団長である私の命令に従う、そう思っていいですか?」


「もちろんです姫様。あ、ところでその知り合いというのは?」


「占い師セルフィだ。隣町にいる」


「あっ、例の昔結婚していたという……?」


「船ならそれほど時間はかからないが、今は海に出ることはまず不可能だ。

艦隊がいるからな。徒歩で行くしかない。丸一日歩き通しにはなると思うが」


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