妖精のお喋り会の翌朝は
チチチと鳴く小鳥の声で目が覚める。
クラーチャ以外の蝶々妖精の皆は、もう思い思いに飛んでいったのか泉の傍には居ない。
それでも、クラーチャはボクの服の胸元に身体を横たえて、気持ち良さそうに頬を寄せて寝ている。
ああ、翅の模様いまみれるじゃないか。
翅の上下が尖り気味で、黒い縁取りの中に蒼い、蒼い地の色。
その中を、おとぎ話の竜が吐いた様な黒の模様が走っていて、特徴的だ。
なんて思いながらクラーチャを見ていると、彼女がピクリとみじろぎした。
んあぁぁ、と声を漏らしながら細い腕を開いてえびぞるクラーチャに、ボクは挨拶した。
「おはよう、クラーチャ」
「おはようボノ。とってもいい朝ね」
「うん。クラーチャのおかげだね」
クラーチャの魔法でボクの寝そべる下草布団は、家での寝床とは比べ物にならない柔らかさ。
その寝心地のよさに加えて、身体を包む不思議な温度は毛布いらずの、夏や冬にも快適な空気布団。
さらに言えば、普段は精一杯横を向かなきゃ見れないクラーチャの笑顔が、ちょっと見下ろせば目に入る。
可愛い可愛い笑顔のクラーチャ。
朝からコレを見て良い朝じゃないといったら嘘になる。
「クラーチャ、朝ごはんを食べてきなよ」
「ボノはどうする? 花の蜜を飲む?」
「花の蜜じゃきっとボクには足りないかなぁ。ボクの事は気にせずにいきなよクラーチャ」
「ヒトって不思議ね。ボノの上に積もった燐ぷんを集めるまで起きちゃダメだなんて」
「そうだね。不思議だね」
ひらひらと、僅かに蒼い光を振りまきながら飛ぶクラーチャの言葉に、ボクも苦笑する。
昨日みたいな妖精たちのお喋り会の夜に、座布団代わりのボクの服に撒き散らされる燐ぷんは、これまた特別な品になるのだ。
どんなに村の薬師が細かいちょうざい(薬をつくるのに原料を計ってあれこれするらしい)してもできない。
それは月光の粉と呼ばれる、とても貴重な燐ぷん。
恋妖精の燐ぷんを採らせて貰える人が居て、その人が一晩森で妖精たちとすごさないと取れない神秘の粉。
その貴重さは折り紙つきで、茶さじ一すくい分の燐ぷんを飲めば流行病もたちまち治る、霊薬なんだそうだよ。
「ボクは朝ごはんを持ってきてくれる人がいるから、大丈夫だよ」
「私がボノに朝ごはんを用意してあげたいの!」
「そっかぁ。じゃあクラーチャが好きな花を一つ、お願いできるかな」
ボクの目の前で飛ぶ彼女の顔が、嬉しそうな笑顔になる。
後光になって影になってもその顔は明るくて、ボクはまた一つクラーチャが好きになってしまう。
「うん! じゃあ行ってくるから。ボノは待っててね、先に食べたら嫌よボノ」
「解ったよ。安心していってごらんクラーチャ」
ボクも、クラーチャを安心させる為に自分でも普段はあんまり動かない自覚のある顔を動かして笑顔を作る。
それを見ると彼女も納得したみたいで、花を採るために飛んでいった。
しばらくすると、ガサリと草むらを掻き分けて朝ごはんを持ってきた村の大人が来たけれど。
燐ぷんを採ってもらった後、ご飯を食べるのはクラーチャを待たせてもらった。
「ボノ、ボノっ。ショナの花沢山とってきちゃった! 一緒に食べましょう!」
「うん。それはいいね、早く食べようクラーチャ」
そうしてボクは月になんどもない、二人での朝ご飯を食べたのだった。