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選定

こんにちわ。


神代浄化録の第2話です。


…取り敢えずどうぞ、また後書きで会いましょう。

第二話 選定 ―前編―


 鐘の音は、いつしか止んでいた。


 静まり返った教会に残るのは、蝋燭の火が揺れる微かな音だけ。


 アスクは、両手で抱えるように神器を見つめていた。


 白銀の鞘。


 黄金の蔦を思わせる装飾。


 不思議と重さは感じない。


 それどころか、自分の手に吸い付くような心地よさすらあった。


 夢ではない。


 確かに今、自分は神から剣を授かっている。


「……本当に。」


 静寂を破るように呟く。


「俺なんですか。」


 女神は微笑む。


「はい。」


「どうして。」


 その返事はすぐには返ってこなかった。


 女神は祭壇の奥にある大きな窓へ歩み寄る。


 色鮮やかな硝子越しに月光が差し込み、その横顔を静かに照らしていた。


「あなたは、何を願いましたか。」


 問い返される。


「……村を。」


「父さんが笑える村を。」


「取り戻したい、と。」


「それだけです。」


「世界を救いたいとは?」


「思いません。」


「王になりたいとは?」


「思いません。」


「英雄に。」


 アスクは苦笑した。


「俺なんかがですか。」


 女神も小さく笑う。


「その答えが聞きたかったのです。」


 アスクは首を傾げた。


「意味が分かりません。」


 女神は振り返る。


 その瞳は、どこまでも穏やかだった。


「英雄になりたいと願う者は、多くいました。」


「世界を変えたいと願う者も。」


「力を欲した者も。」


 その声が少しだけ寂しくなる。


「ですが。」


「世界を救うより先に、家族を救いたいと願った者は……長い間、一人もいませんでした。」


 アスクは何も言えなかった。


 そんな大層なことを言ったつもりはない。


 ただ。


 父が笑っていてほしかった。


 それだけなのだ。


「俺は。」


 少し考えてから口を開く。


「世界なんて知りません。」


「王様にも会ったことがない。」


「戦争だって遠い話です。」


「でも。」


「父さんが毎日暗い顔をしているのは嫌なんです。」


「母さんが毎日、食卓で無理して笑うのも。」


「村のみんなが畑を辞めていくのも。」


 拳を握る。


「俺には、それしか分からない。」


 女神は静かに目を閉じた。


「……ええ。」


「それで良いのです。」


 その言葉に、アスクは戸惑う。


「そんな小さな願いで?」


「人の願いに、大きさはありません。」


 その瞬間だった。


 アスクの中で、ずっと抑えていた感情が溢れ出した。


「じゃあ!」


 思わず声を荒げる。


「だったら、どうして!」


 教会中に声が響く。


「どうして今まで助けてくれなかったんです!」


 女神は何も言わない。


「村だけじゃない!」


「町も!」


「王都も!」


「飢えてる人がいる!」


「泣いてる人がいる!」


「なのに!」


「神様なんでしょう!」


「どうして誰も助けないんですか!」


 静寂。


 蝋燭の火だけが、小さく揺れる。


 女神は俯いたままだった。


 怒るでもない。


 言い返すでもない。


 長い沈黙の後。


 小さく。


 本当に小さな声で呟いた。


「……助けられなかったのです。」


 アスクは息を呑む。


「え……?」


「私達には。」


 女神はゆっくり顔を上げる。


 その瞳は、深い悲しみを湛えていた。


「人間の未来を選ぶことは出来ません。」


「それは、人だけに許された権利だからです。」


「けれど。」


 女神は神器へ視線を落とす。


「祝福は、その権利を奪ってしまいました。」


「祝福を受けた者は、自ら選ばなくなります。」


「力が答えを決める。」


「奇跡が努力を否定する。」


「そして、人は考えることをやめてしまう。」


 アスクは剣を見つめる。


「だから。」


「あなたには祝福を与えませんでした。」


 女神は静かに言う。


「人として迷い、人として苦しみ、人として選んでください。」


「それが。」


 白い光が神器を包む。


「この剣の、最初の試練です。」


 アスクは息を整える。


 そして、ゆっくりと柄を握った。


「……なら。」


「俺にも出来ることがあるんですね。」


 女神は頷いた。


「あります。」


「ですが、その前に。」


 その声が少しだけ厳しくなる。


「まず、この剣があなたを認めるかどうかを確かめなければなりません。」


教会の空気が、静かに張り詰めていく。


 女神は祭壇から一歩下がると、穏やかな眼差しでアスクを見つめた。


「鞘から剣を抜いてください。」


 短い言葉だった。


 アスクは神器へ目を落とす。


 白銀の鞘は、月明かりを受けて淡く輝いている。


 その美しさに見惚れそうになるが、すぐに首を振った。


「……分かりました。」


 柄を握る。


 革の感触は温かく、まるで誰かの手を握っているようだった。


 息を整え、ゆっくりと力を込める。


 ───動かない。


「……あれ?」


 もう一度。


 今度は少し強く引く。


 だが、鞘は微動だにしなかった。


「そんな……。」


 神器は見た目ほど重くない。


 それなのに、まるで大地そのものと繋がっているように、一寸たりとも抜ける気配がない。


 アスクは両手で柄を掴み、全身の力を込めた。


「っ……!」


 腕が震える。


 肩が軋む。


 額から汗が流れ落ちる。


 それでも。


 剣は沈黙を守り続けた。


 やがて力尽きたアスクは、その場に膝をつく。


「はぁ……はぁ……。」


 荒い呼吸だけが教会に響く。


 女神は何も言わない。


 ただ静かに、その姿を見守っていた。


「……やっぱり。」


 アスクは苦笑する。


「俺じゃ駄目なんですね。」


「違います。」


 即座に返ってきた声は、優しくもはっきりとしていた。


「あなたには資格があります。」


「でも抜けません。」


「はい。」


「……?」


 意味が分からない。


 資格があるのに、剣は応えない。


 矛盾している。


 そんなアスクの表情を見て、女神はゆっくりと祭壇へ歩み寄った。


 神器には触れない。


 ただ、その前に立つ。


「この剣は、人を斬るための剣ではありません。」


 静かな声だった。


「世界を浄めるための剣です。」


 アスクは首を傾げる。


「違いが分かりません。」


「そうでしょう。」


 女神は少しだけ微笑む。


「人を斬る者は、怒りで剣を振るいます。」


「復讐で剣を振るいます。」


「憎しみで剣を振るいます。」


 一拍置いて、アスクを見つめた。


「ですが、この剣は違います。」


「怒りでは抜けません。」


「憎しみでも抜けません。」


「恐れでも。」


「使命感だけでも。」


 女神は静かに目を閉じた。


「この剣は、『守る』と決めた心にしか応えないのです。」


 その言葉に、アスクは柄を見つめた。


 守る。


 父を。


 母を。


 村を。


 その気持ちはある。


 それでも、抜けなかった。


「俺は……。」


 言葉に詰まる。


 本当に守れるのだろうか。


 祝福もない。


 魔法も使えない。


 剣だって握ったことがない。


 そんな自分が。


 誰かを守るなどと言っていいのだろうか。


 その迷いを見透かしたように、女神は言った。


「あなたは、自分を信じていません。」


 胸が痛んだ。


 否定できなかった。


 幼い頃から、自分は何者でもなかった。


 畑を耕し、麦を刈り、父を手伝うだけの日々。


 それで良かった。


 英雄になるつもりなど、一度もなかった。


「でも。」


 女神は続ける。


「あなたは、人を信じています。」


「……え?」


「父を信じています。」


「母を信じています。」


「村の人々を信じています。」


「だからこそ、村を取り戻したいと願えた。」


 アスクは俯いた。


 確かにそうだった。


 誰かを疑ったことはない。


 村が好きだった。


 皆が好きだった。


 だから、元に戻ってほしかった。


「この剣は。」


 女神は神器を見つめる。


「持ち主が、自分のために振るおうとした時、決して応えません。」


「ですが。」


 その蒼い瞳がアスクを映す。


「誰かのために迷わず踏み出した時。」


「初めて、その真の姿を現します。」


 アスクはゆっくりと立ち上がった。


 もう一度だけ、柄に手を添える。


 力は入れない。


 無理に抜こうともしない。


 ただ静かに目を閉じた。


 父の笑顔を思い出す。


 母の優しい手を思い出す。


 収穫祭の日、村中に響いていた笑い声を思い出す。


 もう一度、あの景色を見たい。


 その願いだけを胸に、そっと柄へ手を添えた。


 ───カタ…ッ


 ほんのわずかに。


 確かに。


 鞘の中で、刀身が音を立てた。


 アスクは驚いて目を開く。


 しかし、その瞬間、剣は再び静かになった。


「……今。」


「はい。」


 女神は穏やかに微笑んだ。


「あなたの想いは、確かに届きました。」


 その微笑みは、どこか誇らしげだった。


「ですが、まだ足りません。」


「あなたは、これから多くのものを見ます。」


「多くの人を救い、多くの人を失うでしょう。」


「その時なお、『守りたい』と願えたなら───」


 女神はゆっくりと神器へ視線を向ける。


「その時こそ、この剣はあなたのものになります。」


 教会に、再び静かな沈黙が訪れた。


 そしてその静寂を破るように───


 コン、コン、と。


 教会の扉を叩く音が響いた。


 教会を包んでいた神々しい光が、ゆっくりと薄れていく。


 女神の姿もまた、霧のように淡くなり始めていた。


「……時間です。」


 アスクは思わず前へ出る。


「また会えますか。」


「ええ。」


 女神は静かに頷く。


「ですが、しばらくはあなた自身の力で歩みなさい。」


 その言葉と同時に、教会の外から小さな足音が聞こえた。


 コツ。


 コツ。


 規則正しい靴音。


 扉がゆっくりと開く。


 現れたのは、黒いメイド服を身に纏った一人の女性だった。


 雪のように白い肌。


 整い過ぎた顔立ち。


 しかし、その瞳には生気がない。


「祝福反応を確認。」


 淡々とした声が教会へ響く。


「識別開始。」


 彼女は目を閉じる。


 数秒後。


「……異常。」


 ゆっくりと首を傾げた。


「祝福反応、消失。」


 アスクを見る。


 神器を見る。


 再び目を閉じる。


「原因不明。」


 その時だった。


 女神がアスクへだけ聞こえる声で呟く。


「気を付けなさい。」


「あの者は《祝福執行侍女》。勇者王カイルの命を受け、新たな祝福保持者を処分するためだけに創られた存在です。」


 アスクは息を呑む。


「でも、気付いていません。」


「ええ。」


 女神は神器へ目を向ける。


「神器は神の権能。」


「祝福ではありません。」


「だから彼女には感知できないのです。」


 メイドは小さく一礼した。


「誤探知と判断。」


「巡回任務へ復帰します。」


 そう言って踵を返す。


 アスクは胸を撫で下ろしかけた。


 しかし。


 彼女の足が止まる。


「…………。」


 振り返る。


 その視線は祭壇へ。


 そして。


 女神が立っていた場所へ。


「解析不能。」


 アスクの背筋が凍る。


 彼女には女神は見えない。


 だが。


 神威の残滓だけは感知した。


「王国記録外権能を確認。」


「分類。」


 沈黙。


 まるで思考しているようだった。


「分類完了。」


「神格級権能。」


 空気が一変する。


「機密保持命令、最優先へ移行。」


 女神の表情が変わる。


「まずい!」


 アスクも悟る。


「どうしたんです!」


「逃げなさい!」


 メイドが静かに告げる。


「この場を目撃した者を確認。」


 外を見る。


 物音を聞きつけた村人たち。


 老人。


 母親。


 子ども。


 全部で九人。


「目撃者、九名。」


「抹消を開始します。」


「なっ……!」


 次の瞬間。


 彼女の掌に巨大な魔法陣が展開された。


 村全体を飲み込むほどの規模。


 アスクは考えるより先に走っていた。


「逃げろーーーッ!!」


 村人たちが何も分からないまま悲鳴を上げる。


 その中で一人。


 幼い少女だけが転び、その場に取り残された。


 魔法陣が輝く。


「対象固定。」


「処刑。」


 アスクは少女を抱きかかえる。


 同時に。


 轟音。


 教会の石壁が吹き飛び、大地が抉れた。


 土煙が夜空を覆い隠す。


 視界は完全に閉ざされる。


 メイドは淡々と告げる。


「目標殲滅率、九九・九九九%。」


「任務完了。」


 踵を返す。


 しかし。


「……まだだ。」


 土煙の奥から声がした。


 メイドの動きが止まる。


「生存反応?」


 魔力感知。


 反応なし。


 祝福感知。


 反応なし。


「解析不能。」


「対象、消失。」


 一方。


 土煙の中。


 アスクは膝をつきながら神器を握っていた。


 腕の中には少女。


 震える手。


 女神が叫ぶ。


「アスク!」


「剣を抜けば、神性があなたを蝕みます!」


「……分かってる。」


 荒い息。


 胸は焼けるように痛い。


 それでも。


 少女の震える手が、自分の服を掴んでいた。


「守る。」


 その一言と共に。


 カチリ。


 鍔が鳴る。


 白銀の刃が鞘から抜き放たれた。


 世界が静止する。


 風が止み。


 星々の輝きが薄れる。


 刃は光そのもの。


 神の裁きが形を持ったような一振りだった。


 同時に。


 アスクの右腕が悲鳴を上げる。


 血管のように白い光が全身を走る。


「ぐっ……!」


「急いで!」


 女神の叫び。


 アスクは土煙の中を駆ける。


 神器からは祝福反応が出ない。


 だから。


 メイドの感知能力には映らない。


「対象……発見不能。」


 その瞬間。


 アスクは彼女の背後へ立っていた。


「な――」


 振り向く暇すらない。


 一歩。


 踏み込む。


「お前は敵じゃない。」


 静かな声だった。


「だから。」


 白い刃が胸を貫く。


「……自由になれ。」


 ズッ――。


 神剣は心臓を正確に貫いた。


 メイドの瞳が大きく見開かれる。


 胸から光が溢れる。


 身体がゆっくりと崩れ始めた。


「カイル……様。」


 その声は震えていた。


 初めて。


 初めて、自分の意思で流したような涙が頬を伝う。


「申し……訳……」


 言葉は最後まで続かない。


 身体は無数の光となり、夜風へ溶けていった。


 アスクは即座に剣を鞘へ納める。


 カチン。


 納刀と同時に、全身から力が抜ける。


 喉から血を吐き、その場へ崩れ落ちた。


「アスク!」


 女神の声が遠ざかる。


 意識も霞んでいく。


 遠くから、村人たちの叫び声が聞こえた。


 そして。


 畑から全力で駆け戻ってきた父が、その場へ膝をつく。


「アスク!」


 息子を抱き起こそうとした、その時。


 父の視線は、鞘へ刻まれた古の紋章に吸い寄せられた。


 その表情が凍り付く。


「……その剣。」


 震える手で紋章に触れる。


 忘れるはずがない。


 戦場で、一度だけ見た。


 神話の時代より語り継がれる、浄化の神器。


 父は誰にも聞こえないほど小さく呟いた。


「……ようやく。」


「ようやく、この時代にも現れたのか……。」

こんにちわ。


不定期更新なのですが、取り敢えず一週間ときりをつけて投稿しました。書き方も変えたのですがさすがに改行をしすぎたかなと感じています。


コメント等で反応あれば合わせて直そうかとも思ってるのでコメント下さい。読んでみた感想なんかも貰えると有難いです。


ではまた次話でお逢いしましょう。

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