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あぁ!君こそ恋愛スナイパー  作者: 川合 佑樹


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第1話

 灼熱の砂漠が広がる戦場は、死の匂いが空気全体を染めていた。

 銃声の残響が、乾いた大地に吸い込まれるように消え、代わりに風が砂を巻き上げて視界を曇らせる。

 少年の額には汗が一筋、銃身に沿って滴り落ちる。

 彼は小学生の頃に拉致された日本人で、今や中学三年生ほどの体躯を纏っていた。

 拉致先の武装集団に育てられ、今日もスナイパーライフルを肩に担ぎ、岩陰のポジションに身を潜めている。

 名は終夜ヒビキ(しゅうや ひびき)。

 言葉少なに、ただ任務をこなすだけの存在だ。

「ヒビキ、目標確認。東三〇、北二五。距離八百メートル。風速三メートル、右から」

 スポッターの声が低く響く。

 相棒の男、ベテランのハサンだ。

 三十路半ばの髭面で、双眼鏡を握りしめ、隣の岩に張り付いている。

 ハサンはヒビキの「兄貴分」として、拉致以来の付き合い。

 だが、信頼などない。

 ただの仕事仲間だ。

 ヒビキは無言で頷き、ライフルを構える。

 スコープの十字線が揺れる砂煙を貫き、敵兵のシルエットを捉える。

 心拍を抑え、息を吐く。

 指が引き金に触れる瞬間、世界が静止する。

 ズドンッ!

 乾いた銃声が迸り、弾丸は弧を描いて飛ぶ。

「命中。これで九百九十九人目だ、ヒビキ。お前、今日で千人を超えるんじゃないか? 英雄ヒビキは健在だな」

 ハサンの声に、わずかな賞賛が混じる。

 だが少年は応じない。

 スコープから目を離さず、次の標的を探す。

 指先がまだ震えていないか、確認するように引き金を撫でる。

 ヒビキは呟く。

「戦場で数字は関係ないだろ」

「そうだな……残存兵なし。撤収準備しろ」

 男が双眼鏡を下ろし、肩を叩く。

 砂埃にまみれたブーツを鳴らし、バックパックを背負い始める。

 だが少年は動かない。

 ライフルを構えたまま、耳を澄ます。

「まだいる」

 短い言葉。

 ハサンが振り返る。

「センサーもクリアだ。気のせいだろ。さっさと戻って飯食おうぜ」

 だが少年の目はスコープに張り付いたまま。

 視界の端に、微かな揺らぎ。

 砂煙の向こう、影のようなもの。

 距離、七百メートル。

 風が止んだ瞬間を狙い、彼は息を止める。

「いる。撃つ」

「待て、確認する!」

 相棒が慌てて双眼鏡を上げる。

 だが遅い。

 少年の指が、引き金を引く。

 ズドンッ!

 弾丸が虚空を裂き、飛ぶ。

 その瞬間――戦場に、光が広がった。

 爆発のように四方八方に迸る。

 砂漠の空が裂け、熱波がヒビキの頰を叩く。

 輝きは音もなく、すべてを飲み込む。

 敵の死体、散らばる銃器、血の染みついた砂。

 すべてが、純白のヴェールに覆われる。

 少年はライフルを握りしめる。

 だが、周囲は変わっていた。

 戦場は消え、果てしない白い空間。

 足元に床などない。

 ただ、光の海。

「何だ、これ……」

 前方に、影が浮かぶ。

 いや、人影。

 輝きの中から、ゆっくりと現れる。

 女だ。

 長い銀髪が波打ち、白いローブを纏う。

 背には、巨大な翼。

 二対の羽が、優雅に畳まれている。

 顔は息を呑むほど美しい。

 青い瞳が、ヒビキを射抜く。

 女の唇が動き、声が響く。

 空間全体に、鈴のような音色が広がる。

「あなたね、撃ったのは?」

 少年の背筋に、冷たいものが走る。

 ライフルを構え反射的に、引き金を引く。

 だが――カチッ。

 引き金が固く、動かない。

 ロックされている。

「くそ……!」

 ライフルを捨て、腰のナイフに手をかける。

 ホルダーから抜こうとするが、指が滑る。

 まるで、磁石に吸い付いたように、刃が離れない。

 彼女の翼が、微かに震える。

 白い粒子が、舞い上がる。

 逃げ場のない空間で、ヒビキは後ずさる。

 彼女――大天使(だいてんし)は、静かに近づく。

「恐れなくて良いわ。私は、神の使い。大天使のひとりよ」

 声が、頭の中に直接響く。

「ここは何だ。何のつもりだ。俺を殺す気か? いいぜやれよ」

 少年が吐き捨てた。

 彼女は首を傾げ、微笑んだ。

「殺す? そんなつもりはないわ。あなたの弾丸が、私の心を貫いたのよ」

 少年の目が見開いた。

「貫いた? どういう意味だ……」

 彼女の指が、胸に触れた。

 ローブの下、白い肌が覗いた。

 そこに、赤い痣のようなもの。

 弾丸の痕跡。

 だが、傷じゃない。

 輝く印。

 彼女が言った。

「見て。この印よ。あなたは、特別。私を撃ち抜いた腕。精密で、冷徹で、しかし――純粋。神は、そんなあなたを欲しているわ」

 少年の目が見開いた。

「神? 拉致されて以来、祈りなど忘れた。生きるための銃だけだ。神なんかいねえ。いたとして何だって今さら!」

「神は、いつも見ているわ。あなたが失ったものを、すべて知っているの。家族の声、故郷の匂い……それでも、あなたは戦い続けた」  

 彼女の手が伸び、少年の頰に触れた。

 冷たくない。

 温かい。

 光の粒子が、肌に溶け込んだ。

 彼女が言った。

「そして、あなたを代行者とするの。人間界で、神の意志を執行する者。運命を繋ぐ者よ」

 少年が言った。

「拒否する。俺に、そんな力など……」

「あなたの目を見ればわかる。心の奥で、求めているのよ。孤独な銃声の先で、何かを……。神の意志は、優しい鎖……。拒否はできないわ。これは、祝福だから――」

 空間が収縮する。

 彼女の姿が、ぼやける。

「待て、何を……!」

「これが、あなたの新しい運命よ。ヒビキ」

 輝きが爆発し、すべてを飲み込む。

 白い空間が、崩れ落ちる。

 ――パチッ。

 視界が戻る。

 砂漠の戦場。

 銃声の残響が、遠くに聞こえる。

 相棒が、慌てて駆け寄る。

「おい、ヒビキ! 気を確かに持て! 大丈夫か!?」

「……ああ、大丈夫だ。疲れのせいだろ」

 ハサンが眉をひそめる。

「お前、顔色が悪いぜ。もう戻ろう。今日の飯は特別だぜ――少しマシなヤツだ」  

 少年は、ライフルを握りしめたまま、立ち上がる。

 体に、異変。

 胸に、温かな鼓動。

 腰のホルダーから、ナイフがようやく抜ける。

 だが、引き金には、まだロックの感触。

 そして、耳元に、囁きが残る。

「これから、ずっと一緒よ。ヒビキ」

 戦場に、彼女の姿はない。

 だが、確かな気配。

 砂煙の向こうに、銀髪の幻影が揺れる。

 運命が変わった瞬間。

 千人の標的を超え、神の弾丸を手に入れた彼の、新たな戦いが始まる。


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