表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2025年12月  作者: 鍋乃結衣
PR
25/25

第二十五話 12月24日「タクシー前編」

 出張することになった。行先は東北の山奥にある足畑という集落だ。調べてみた所、集落の最寄り駅である————— 何と読むのだろう、真備氏駅? ————— から、タクシーを呼び山道を進んで、さらに二時間かかるらしい。新幹線に要した時間の半分だ。

 現在時刻は二十一時。今すぐに真備(なんちゃ)氏駅(らえき)を出発できれば、零時になる前に足畑集落に到着できる。本当は日の落ちる前に着きたかったが、こうなってしまった以上仕方がない。

せめて零時になる前には辿り着かなければならない。

 すっかり暗くなった田園のど真ん中、街灯の光の下で、私は一面にタクシー会社のポスターが張られた看板と睨み合っていた。右手にスマホを携えて。

「とぅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる」

 かれこれ数分、呼び出し音は鳴りっぱなしだった。電話が取られる気配はない。

 居留守、いやすでに一回出ているから、だんまりと言うのか?

 とにかく、このタクシー会社も無視を決め込むつもりだ。これでもう四件目になる。どいつもこいつも、足畑集落の名前を出した瞬間に、理由も言わずに電話を切りやがって。確かにあそこは厄ネタを抱えているが、何も近づいただけで呪われるような場所ではないし、それにその道中は、ちゃんと舗装されていたはずだ。倒木とか、道が割れているとか、物理的に走れない道とかなら分かるが、そうでもないのに二言返事で「無理」と言われるのは、ちょっと納得がいかない。そういう姿勢はプロとしてどうなのか。まともな職に就いていない私に言えたことではないが。

 呼び出し音をつけっぱなしにしたまま夜空を仰ぐ。この会社がダメなら、最初に掛けたところからもう一度、すでに断られている会社からまた、ダメ元でやり直すことになる。

 踏んだり蹴ったりと言うのは、こういう状況を指すのだろう。今日は朝から最悪が連続している。せっかく支給された東胎発の新幹線チケットが予想外の、いや予想はしていたが極力避けるつもりでいたとあるトラブルに巻き込まれて無駄になるし、そのせいで他の駅発のものを自腹で買いなおす羽目になるしで、今日は本当に何も良いことがない。

 ただ一応奇跡を信じて、出張から帰ったら上田に、あの嫌味な金髪糞野郎に、買いなおした新幹線代を請求するつもりではあるが、多分無理だろう。何せあの上田だ。自分の利益にしか目がなく、損するのを何よりも嫌うあの上田だ。交通費を途中まで用意してくれたこと自体がもう奇跡なのに、それを不意にして、しかも新たに金をせびろうなんて、逆に「金返せ」と言われかねない。

 そしてこういう不幸が立て続け起こる日は、私の場合、一日が終わるまでそれが途切れることがない。運命の収束と言う奴なのか、同じように不幸が収束する。

 少しでも運勢をマシにするには、タクシーを見つけて今日中に意地でも足畑集落に辿り着かなければならない。なにせこの辺は宿がない。深淵と化した田園で野宿なんてしようものなら、たとえ不幸の収束がなくとも、危険なことに巻き込まれかねない。お化けだけじゃなくて、普通に獣とか出そうだし、 とにかく今の私は、タクシーを見つけるか或いは他の手段を持って、足畑集落に向かわなければならない。

 そして最初の一歩として、そろそろこの辺は離れるとしよう。暗くて危ないのもそうだが、とにかく寒い。真冬の東北は、雪だるまのように着込んで防寒対策をしていても、身にこたえる。マップアプリで調べたところ、徒歩20分ほどの位置にコンビニがあるそうだ。そこで一旦暖を取ろう。ついでにおでんとか、温かいものも食べよう。

 と、看板前を立ち去り、一歩踏み出そうとしたその時、まだスマホが鳴りっぱなしだったことを思い出した。

 あまりにもタクシー会社が電話に出なさすぎて、呼び出し音が鳴り続けていることを忘れていた。 流石に切ろうか。多分十分くらい掛け続けているが、それでも無理ならもう諦めざるをえない。今日中に足畑集落に着くのは諦めて、今晩何処で過ごすかについて考えるとしよう。 ……待てよ。上田のやつ、足畑集落に私の宿をとったとか言ってたな。宿というか、現地にいる知り合いの家に泊めてもらえるとかいう話だったが、それって不味くないか。こんな様でも、今の私は一応出張中であり、仕事中である。せっかく泊めてくれるという先方の厚意を無碍にするなんて、失礼と思われても仕方がない。なんなら現に新幹線を蹴っているのだし、本来なら間に合えたはずの時刻に意図的に遅れた、と受け取られるかもしれない。

 今回の仕事(上田はおつかいとか言っていた)に支障が出かねない。ああやっぱり不幸が収束している。ていうか、あいつ、宿泊先の電話番号くらい教えろってんだ。電話を切ろうと、画面上の赤い丸に指を乗せる。

 その時。 タクシーが現れた。どこまでも続く田園の道の消失点から、私の方に向かってタクシーが走ってきた。車体の上に、車の頭の上に、「タクシー」と書かれた、呼び方は知らないが黄色く光る三角錐が置かれている。

 なんというタイミング。奇跡だ。まるで狙い澄ましたような間だ。

 怪しい。

 安堵できない。警戒せざるを得ない。 丁度私がタクシーを諦めた直後に、向こうのほうから接近してくるなんて、何かの罠としか思えない。それもこんな夜道に、こんな夜中に。

怪異だろうか。動画サイトで検索をかければ、類似するシチュエーションの怪談話がヒットしそうだ。

 徐々に近づいてくるそれは、目を凝らすと、随分とおんぼろなのが分かった。車体のあちこちが凹んで、歪んで、窓ガラスなんて亀裂が走っている。あんなので運行したら、間違いなく法律に引っかかるだろう。それ以前に爆発もしそうだ。もしも人間が運転しているのだとしたら、正気の沙汰ではない。

 やっぱり怪異か。目を付けられないようにしなければ。

 地面に目を落とし、ボロ車を視界に入れないように歩く。このまま通り過ぎてくれと願いながら、イヤホンに手を伸ばす。

 車のエンジン音が近づいてくる。間近で聞くと故障しているのがはっきり分かる、沸騰するような音がしている。ガソリンが漏れているのだろうか。走行しているのが奇跡みたいな車だ。イヤホンを耳にはめ込み、サブスクを立ち上げる。気分を上げよう。こういう場で陰気なのは一番良くない。今の季節は真冬で、しかも怪異らしきものに接近されている状況だが、ここはあえて場違いなものを選曲しよう。都会から断絶された僻地の糞田舎で、頭赤色に染めたクソオスチンパンジーどもが、夏の終わりに聞いていそうな御花畑ソングを。

 不快な歌声と下品でまくしたてるような超高速メロディに耐えながら、エンジン音が過ぎ去るのを待つ。不快と不快の相乗効果でポジティブ感情が消し飛んでいく。陰気にならないために音楽を聴き始めたのに、これでは本末転倒ではないかと思うかもしれないが、そうでもない。確かに私の心に憤怒とも後悔とも憎悪とも言えないどす黒い感情が渦を巻きつつあるが、それは弱気とは程遠い感情だ。寧ろ怒りの類は、ポジティブ感情より強いエネルギーを持ちうる。そういう意味では、しょっちゅう怪異に絡まれている私にとって、怒りの源である地元のクソどもはありがたい———とは、とても言えない。恩恵以上に被害がデカすぎる。こんなんで清算されるほど、奴らの糞っぷりは甘くない。

 曲が終わった。担任の先生のヒステリーが終わった時のような心持ちだ。まだエンジン音はしている。もう一曲聞く必要があるみたいだ。さて次はどうしようか……。

 ……「まだエンジン音はしている」?

 視界に入れないと決めていたのに、私は思わず横を向いてしまった。そこには私と並行するように後退する、あのボロタクシーがいた。


久々の投稿になります。読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ