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王子の揺らぎ

 ゆっくりと夜が明けて、朝になりました。朝になると王子はアルテナに昨日の出来事について聞きましたが、アルテナは首を傾げるばかりで話すことは有りませんでした。

「おうじ、きょう、いっしょに、そと、いきたい」

 アルテナは王子の首に手を回して、その胸元にしなだれかかります。王子は面倒くさそうにため息を吐くと、アルテナの手をほどきました。そしてアルテナの瞳を覗き込むように、目線を合わせると言いました。

「今日は、昨日来ていた客に埋め合わせをしなくちゃいけない。お前にずっと構っているわけにはいかないのだ。王子は意外と忙しいんだ」

 アルテナはその言葉を聞くまではニコニコと笑っていましたが、その瞬間に真顔になりました。王子はその変化に少し体をびくっと震わせました。そして気まずげに瞳をそらします。

「そう、あの、ひと、と」

 アルテナはきつく瞳を閉じると、ゆっくりと頰笑みました。

「こんどは、ちゃんと、まってる。だから、おわったら、また、このへやに、よってね」

「ああ、わかった」

 王子も笑顔を見せるとアルテナの頭を優しく撫でました。 部屋から出て行く王子の背中を見ながら、アルテナは昨夜流した鱗を胸元に抱きました。アルテナの瞳には怪しく光る決意の炎がありました。

「おうじ、あんな、おんな、にあわない」

 アルテナは人魚の逸話を思い出していました。そしてその逸話、人魚の一部を体に取り込むと不老不死になるというものは事実だと知ってもいました。

「いっしょう、いっしょ」

 不敵に笑うアルテナの瞳からは、なぜかまた涙が出ていました。


**◯**◯**◯**


 王子は急いであの人が待つ部屋に行きました。

 昨日は話の途中で終わってしまった。それにあの身元のわからない女を優先したことを怒っているだろうか?

 王子は不安に思いながら、扉の前に立ちます。そしてノックをしようと手をあげた途端、中から話し声が聞こえることに気がつきました。王子はまた、王妃が訪ねているのかと思い息を潜めます。王妃に見つかると、あの独特の雰囲気で王子の話は聞かずに、課題を押し付けていくのです。王子は王妃が苦手でした。

「うむ。何を話しているのだろう」

 王妃は王子の弱みをいくらでも持っているので、悪口を言われているのではないかと不安になりました。初めて恋した相手に、良い格好をしたくて色々と嘘ではないが、大げさに話をしている王子は真っ青になって扉に耳を押し付けました。「王子? 何をして」

「だまれ 理想の王子が崩れるかもしれない」

 ひそひそと王子は後ろに控えるメイドに言います。メイドは今の王子の姿をみたら理想の王子なんて一瞬で崩れ去るだろうなぁと考えながらも、デキるメイドさんだったので、頰笑みながら存在感を消しました。

『……あんなバケモノが……王子が……はやく結婚……』

 扉越しのために当たり前ですが少ししか聞き取れません。

「なんだって……」

 ガチャ

 王子の体重に耐えきれなかったのか、扉が開きました。その瞬間にはっきりと聞こえました。

「あの女はバケモノだ」

 その声は大変醜く悪魔のような声でした。王子は大きく目を見開きます。

「……バケモノ?」

「あら、王子様。ごきげんよう」

 王子に気がついた修道女は王子に向かって淑女の礼をとりました。その声は、先ほどの声がまるで嘘のように、いつもの美しい声でした。

 王子の恋の熱は一気に冷めます。真っ青になった王子は、震える唇を動かして彼女に問います。

「お前は私が迎え入れた娘をバケモノと呼んだか?」

 修道女は真っ青になります。そして王子の元へ駆けよってきました。

「違うのです。昨夜実は王妃様にこのお城に泊めていただいたのです。その時に、あの……、迷って、明かりがついている部屋で、教えていただこうと思いまして、その部屋を覗いたのです。そこで見たのです。あの女性の方が涙を流しているところを、その涙は恐ろしいことに、鱗だったのです」

 視線を泳がせながら、修道女は言いつのります。

「もうよい。わかった。すまない。少し頭を冷やしてくる」

 王子は動揺を隠すように、顔をうつむかせると部屋を出て行きました。修道女も、王子に何かを言うために口を開きましたが、なんの言葉も出ませんでした。

 王子は逃げるように、王の部屋に向かいました。こういう女性問題は王の方が経験していると考えたからです。

 部屋に入ると、王の元に王妃も訪ねていました。

「おや、そなたがここに来るなんて珍しい。しかし良いのか? 確か客人の相手をするのではなかったか?」

「おお、両手に花と聞いておるぞ。我が息子ながらうらやましい。王妃は毒花だったが、この毒に我はやられてな」

「毒花だなんて、言葉選びが甘いぞ」

 王妃と王のいちゃつきを、涙目で見ながら王子は言いました。

「聞いて下さい! 初恋の相手が、あの娘をバケモノと言うのです。私はショックを受けてしまって逃げてしまいました」

 そう言った瞬間に、王妃と王は冷めた目で王子を見ました。

「こんなウブな男に育てたっけ?」

「幻想を抱いておるとは知ってはいたが、これほどとは…… 目眩がする」

 王は王妃を抱き寄せると、キスをします。急な出来事に王子は文字通り石のように固まりました。

 クチュッ

「ハアァ、ふぅ。急には驚くではないか。それにまた紅の引き直しだ」

「ふぅ。味直し。やっぱり王妃の毒は美味しい。はぁぁ、息子よ。王子としてではなく男として言うぞ。直感で選べ。今お前の目は晴れた。その目で自身が食いたい女を選べ。お前が悩んでる女たちは、どちらも立場は同じようなものだ。しかし後ろ盾はごまんといる。直感に従え」

 赤い顔でくたりと王にしなだれかかっている王妃はただ、王子に向かってにっこりと妖艶に笑いました。

「ちょっと待って下さい! 私は、まだ結婚するとは」

「いいや、もう決めろ! お前は遅すぎる。もう二人もいるんだからそこから決めれるだろ? 見合いは嫌だと言ったから、捕まえてくるまで待ってただろう?」

 王はもう王子を見ていません。王妃を抱え上げて別の部屋に向かうところでした。

「もう船は嫌かも知れないが、この国で海を渡れないなんて情けない男はいない。だから女二人と船の上で考えろ」

「えっ?」

 王子はメイドに問答無用に連れられ、船に乗せられました。

「もう、お二人もお乗りですよ」

 王子の気分はどん底でした。しかしそれでも心を決めました。今夜で全てが決まるでしょう。

 ふわふわと波に揺られる船の上は嫌いじゃない。あんな嵐に巻き込まれたが、そんな不安定なところさえ好きだ。だから船に乗って海に出る自体はむしろ喜んでいた。だけどまさか嫁選びのためとは。

「いったい、どうすれば良い」

 王子は頭を抱えて波立つ海面を眺めました。

次の話は【バッドエンド】です。ご注意ください。

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