金曜 4:30
すぐ横に楔先輩が降り立つ。彼は自分の腕で、僕の背中をさえぎっている。
「転送障壁」
倒れこんで振り返ると、彼はたじろぎもせず、その場に立っていた。
「早く逃げて下さい!」
「大丈夫」
「オレ達に」
変身した冷子先輩も降り立ち。
「「任せておけ」」
二人が言った。
「終わらせようぜ」
さっきから聞こえる声には聞き覚えがあった。僕は彼を知っている。
「……真一」
暗がりから、真一が顔を出す。手には奇妙な装置を持っていた。両手で抱える砲身の先端に、細く尖った銃身が交差するように付いている。
「武井……お前、記憶が戻ったのか?」
「……ああ」
楔先輩が口を開く。
「予測はしていた」
「コイツが被害を訴えた日、オレ達は犯人を追ってたんだよ」
「あの夜、被害者は出た」
「なのに被害を訴えるヤツがいる」
「行方不明になるのは、きっちり一晩に一人だけ。十一件も起きていながら、あの夜に限って二人が狙われたなんておかしい。一人ならまだしも、二人は証拠も残りやすいし処理も面倒だ」
「オレなら二人をヤリたきゃ、いっそ大人数ヤッて隠すね」
「じゃあ……」
「二人目の被害者は、追いかけられた犯人だ」
「それは……」
「犯人が逃げ果せた後、嘘をついて取り繕ったと考えるのが自然だ。そうだろう?」
「……当たりだよ」
「相沢 真一なんて人間はいない」
「シッカリ言えば、いたがすでに死んでる」
「中等部の時に成り代わったんだ」
「――ええ」
「すでに確証も得ている」
「相沢の親なンて、とっくにこの街を離れてる」
両親なんて、最初からいない。
なぜなら、委員会の連中は――。
「記憶を操作するっつったろ?」
「……」
「思い出せねえよな? 前なンてモンは存在しねえんだから」
「作ってなかったからだ。正確には、装置が不完全なため『間に合わせ』しか作れない」
冷子先輩が猫柳さんを見る。
「次にネネだ」
「幽霊のウワサを聞いて我々の一人だと直感し、騒ぎを広めて動きを封じようとした」
「リクなんて証人まで増やしてな」
「加えて彼に変身した我々を目撃させ、行方不明事件の犯人に仕立て上げようとしたんだ」
真一が苦虫を噛み潰した顔に変わった。
「まさか、再び仲間に引き込むとはな」
「コイツだって、どっかでおかしいと思ってたンだよ。だから無意識に流れに乗ったンだ」
「詰めが甘い」
真一は、両手に持った装置をかまえた。
「俺達は正義だ。世界を統一するために、正義は迷っちゃいけない」
「アホらし」
「求められていない正義を、なんと呼ぶか知ってるか?」
「偽善って呼ぶンだよ」
「黙れ!」
「グリーン……君の友人だと思っていた人間を消す、許せ」
「かまいません」
楔先輩、どうか真一を。
「世界の統一だなんて、笑わせる」
送ってやってくれ。
「武井ぃぃぃ!」
「真一、悪かった」
「……え?」
「僕は、お前を救えなかった」
僕らの『ヒーロー活動』には目的がある。
委員会の一部メンバーを助ける。
僕らは、委員会と戦い、委員会を助けるために存在するヒーローなのだ。
結成時、委員会は一つの信念で動いていた。
――元の世界に帰る――。
委員会は異常兵器を集める。
それは、その技術の中に『帰還』の技術が無いか探すためだ。
当初、委員会は別世界から『こちら』へ来た者が集まってできたコミュニティだった。それが時代を経て、普通の人間まで混ざり兵器を扱ううち、目的を履き違えてしまった。
だから僕らは戦い、彼らから『帰るべき』メンバーを隔離する。
真一と猫柳さんは該当していた。
不意に現れた、異世界からのメンバーだった。
「あの時、救ってやれなくて、ごめんな」
僕は一年前、委員会に侵入した。
「や、止めろよ……そんなこと、そんなこと言うなよ!」
真一は駒になっていた。もっとも、その時は『真一』なんて名前じゃなかった。兵器の実験に立ち会い、使い、組織に貢献する。
僕は彼を連れ出そうとした。
けれど失敗した。
スーツは脱出の際に破壊され、電磁記憶操作を受け、都合よく記憶を失くし、おめおめと逃げ帰った。
それでこのザマだ。
彼は、そのまま組織に使い潰されている。
何度も何度も、僕に救いを求めていたのに。
「オメー、それでいいのかよ……」
「冷静になれ、響子」
前に出る響子先輩を、楔先輩がいさめた。
彼女は自らを律するため、人にも自分にも『冷子』と呼ばせている。
「お前が『魔女』――神狩 響子か」
真一が装置を持ち上げる。
二人は並び、拳を握りしめた。
「宴の始末をつけるぞ」
「マジカルロッド、迷彩解除――完殺重殺」
響子先輩がボタンを押すと、派手な杖が消える。
「……物質消滅刀……」
反応した真一が装置を起動し、細い光線が放たれる。響子先輩は構わず突進。スーツを焼くほどの光線は、見えざる刀に吸い込まれ、虚空へと消えていく。
「三下ヤローが!」
そのまま駆け抜け、装置を真横に両断した。すぐに楔先輩も前に出る。
「相沢真一、お前は帰りたいか?」
「か……」
真一は消滅する装置を見て、空を見上げる。
「かえり、たい」
「よかろう――だが、いかなる理由があれ罪は罪。相応の帰還方法を取らせてもらう」
両手を前に突き出す。
「異界からの侵食」
地面から様々な手が這い出てきた。
「な、なんだ! これは!」
岩に覆われた腕、三メートルほどの大きな腕、ウロコの生えた腕、干からびた腕や青白い腕が体を捕らえ、地面へと引きずり込んでいく。
「た、たすけ……」
「その中の一本を掴め、一つだけお前の世界へと繋がっている」
ズブズブと奇妙な音を立てて、真一は消えて無くなった。
先輩に駆け寄ると、二人は変身を解いた。僕も習って変身を解く。
「……あー、疲れた!」
「今の楔先輩、すごかったですね。あんなの見たことありません。どんな技術ですか?」
「あれは兵器ではない、身に宿る力だ」
「は?」
「オレらは、あいつらとはちがった『異物』なんだよ」
「異物って……」
以前、二人から少しだけ聞いた。
響子先輩は綺麗だ。ただ、誰もが第一印象で「人形みたいだ」と思う。人間は、自分と近い別の『何か』を見ると、本能的に粗を際立たせて感じる。だから人とは認識されず、人形のようだと思われてしまう。
一方の楔先輩は、自己同一性障害というものらしい。自分の中に『何か』がいて、自己を判別できない。結果、「僕」や「俺」などといった一人称を話せない。
「そんなモン同士よ」
「だからこそ信頼している」
「オッ、珍しくイイコト言うな」
「悪くないだろ?」
「ああ、悪くねえわ」
二人の間には、僕には成し得ないような独特の流れを感じる。
「強くなれよ、リク」
言いながら、響子先輩は僕の頭を叩いた。辺りは白く染まってきている。夜明けは近い。
「……そういえば、ネネはドコ行った?」
二人の迫力に忘れてました。助けに来たというのに、ごめんなさい。
「そこの影にいる」
楔先輩が指差した方向には、変身したまま丸まっている猫柳さんがいた。
「コイツ寝てる!」
僕のクラスメイトは、繊細なのか図太いのか分からない年頃らしいです。
「戻るぞ、起きた方がいい」
楔先輩に起こされ、ボーっと立ち上がる猫柳さん。
「もう朝でしょう? 朝なんでしょう? 眠ります。眠りたいんです。眠らせて下さい」
開口一番で言葉を繰り返している。なぜ朝になれば眠らなければいけないのか意味不明だが、かなりの不機嫌っぷりは十分に伝わりました。
「メンドいな……リク、ネネ送ってやれ」
「マジですかぁ」
「そのロコツに嫌な返事、不愉快です。不愉快なんです。不愉か……」
「立ったまま寝るな」
あと数時間で学校かあ……いっそ行かずに寝ていたい。