灰色な日々
朝、冬本番の冷え込みを間近に迎えた。12月中旬。
あの日以来、ジークの理不尽な訓練は今も続いている。
反撃を半ば強制され為すすべ無く、カウンターを食らい続けては死の淵ギリギリまで追い詰められロドリゴの治療を受け、また翌日へ。
最初の方は、辛うじて八つ当たりの精神で持っていたが、容赦なく、苛烈度が日に日に増す訓練に、ここ数日は精神的に限界が近い。枯れきった植物に近いような精神的状態に陥っていた。
感情の起伏が減って、それに乗じて諦めが強く勝ってしまい。
もう、終わってくれていい。
心が完全に折れるまでそう掛からないであろう所まで来てしまっていた。後、一つ何か背中を押すものがあるならば麻生の精神は崖から転げ落ちていくだろう。
文字通り、崖っぷちと呼べる状態。
ただこの地獄のような訓練には3日に1回のインターバルと呼べる日がある。何故なら原生物の哨戒、駆除のシフトが回ってくるからだ。
隊務の運用上は緊急以外の平時は3日に1回12時間の哨戒の後、訓練及び休みが2日、それを規則的に繰り返している。
2日間の生活に関しては班長所定となるため、近隣の街に外出するのも、班長の裁量で自由に決められる等、比較的自由な一面もある。勿論麻生にはその様な自由などはなく苛烈な訓練に晒されているが。
現在、麻生は原生物の哨戒時に足手纏いになるのは火をみるより明らかという事で、朝起きたら枷に両手両足を繋がれて部屋に放置されている。
原生物駆除の任務時には恒例となっているが、今更何の感慨も湧かず。
ジーク達は部屋におらず明け方前くらいに隊務に向かったのだろう。
寝室用のベッドに腰掛け窓の外からの景色を眺める。朝焼けの太陽に眩しさを覚えると同時に、また始まる1日にどうしようもない感情が渦巻いていく。
まるでこの世界の朝日を目にする度、心が死んでいく感覚に囚われこの朝日でさえ否定したくなってくる。
足を縛られている為、ベッドから動けず排泄用の鉄製のバケツがベッドの下に転がっており、1日の食事と思われる粗末な乾パンがベットに投げ捨てるかのように散らばっている。
脱走防止の手段としてはやり過ぎであるが、前2日間の理不尽な暴力に比べて幾分マシに思えてくる辺り、大分おかしくなってきたと自覚。
訓練初日でのカイツとのやりとりが忘れられない。
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「ま、嫌になったら何時でもいいな、一思いに楽にしてやるからよ!」
爪を首から離し気安く破滅的な内容をカイツから告げられたあの日の夜。
明るく、逆撫でするような口調がむしろ本気度の高さを暗示しているようだった。
あれから班員達とは寝食を共にしているが、カイツとは一言も会話をせずロドリゴからはいないもの、つまり空気と同じような扱いを受けていた。
ジークに至っては時折、こっちの顔を覗き込むなど観察するような仕草はあるが、必要最低限のみの会話と訓練という名の拷問じみた暴力の時に浴びせられる嘲笑と暴言くらいだ。
部屋いる時や、食堂での食事の際は必要最低限の会話すらなく、ただ拷問のような日々と理不尽な扱いを受け続けている。
もう、どうにでもなればいい。投げ出したい感情を抑えもせず、枷の冷たさと比例して心までもが冷めていく。
どうしたらいい? どうにもならない、どうにでもなればいい……
頭の悪い犬のように同じ所を緩やかにグルグル周り、最後に行き着く思考や、感情に最早意味はなく。
カイツの提案を受けるべきなのかな……
まるで川を流れるゴミが毎回同じ様な場所に行き着く様にその地点に思考が幾度となく行き着いく。
麻生は最後の選択を選ぶ事を常に考えるようになった。
ただ、どうしてもそれが選べない……
ここまで行き着くが、どうしても最後には蹴ってしまい、また振り出しに戻ってしまい。
死。
生きとし生けるものの最終地点を選ぶ事が出来ない。思考が途切れ無に還る、想像すら不可能なその事が恐ろしい。
色の抜け落ちた思考でも、この時だけは
鮮明に恐怖の色を心に刻み続ける。
何故だ、こんな目に逢い続けるくらいなら……と幾度となく考えるが、心がそれに傾く度にジークから与えられる苦痛や恐怖とは異なる次元の恐怖に晒されて、身体が震えてしまう。
死体になった自分を見下ろす神の視点を鮮明に思い浮かべてしまい、恐怖が加速。
死にたい……死ねない……
矛盾し、決して両立しない2つの願望に挟まれて思考がループしていく。