玩具と砥石
「てめぇの立場、身を以て少しは理解出来たか?」
立ったままの状態のジークに見下ろされ、問い掛けられる。
目が殆ど塞がり表情が伺えないが、見下されているのか、無駄とも呼べるさっきまでの行動を嘲笑しているのか、或いはその両方なのか解りかねる。しかし、きっとまともな感情など抱いてないであろう問い掛けに。
「これ以上、何を理解すればいいんだ? こっちは最初から最後まで理解不能な事態に巻き込まれてんのにな」
まだまともに動く口に多少驚き、泣き言と、八つ当たりを吐くが、口に出すとより情け無くなる。
「まぁ、泣き言は勝手に言ってろ。こっちはてめぇの事を考えてやるほど手緩く教育はしねぇ。今は丁度昼だからな少し休んだら続きだ」
文字通り人間サンドバック。他から見たらそのように見える。ジークとの訓練は夕方まで続けられた。
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人生で最も傷だらけの日。
心の身体を余すことなく痛めつけ、尊厳を一方的にただ叩き潰されていく。
わざわざ反撃をさせカウンター。
反撃が来なくなったら鞭を打つように執拗に痛めつける。更に手慣れているのかどれも動けなくなるような致命的な傷を与えないようギリギリの線を的確に捉え苦痛を与え続けられた。
夕方になり流石に限界が来てしまう、膝から崩れ落ち力が入らない。
端から見たら、何故動けるのか分からない。そんな状態まで追い詰められた身体にようやく感覚が応答したようだ。
身体中に付けられた切り傷、打撲傷、さらには至る所で骨折。血と汗と砂が混ざり、ドロドロになった隊装。
更に、肋骨の一部が肺に刺さったのか、息がし辛く肺から空気が僅かに抜けている。その感覚にまるで魂まで抜けていきそうで。
端から見たら戦場で転がっている死体と同じような風貌でうつ伏せに倒れている。
違いがあるのは、僅かな破れた風船のような呼吸音が聞こえるくらいだろう。
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夕方、課業終了の時間になり、終礼の為ジークとあの人間が訓練をしている場所に着くが、現場は思っていたよりも凄惨だった。
「限界か……」
呟くようなジークの言葉は此方に向けられたものではなく独り言の類。
「やっぱ、理解出来ねぇな」
続く言葉には狂喜と困惑が混じっていた。
分からない事を楽しむ、どんな探求者には必須な資質だが、ジークのそれは手段を選ばない。
いつもの事だが、最近、いやあの人間絡みになるとその傾向が強く出るようだ。
「今日はここまでだ」
聞こえているか分からない人間に告げるジークの言葉には沸き上がる狂喜を冷徹な感情で蓋をしているような印象を受ける。
「ロドリゴ、この人間、頼んだぞ。そのままだと流石に危ねぇ」
指示され、私は人間の治療に移る。頭に手を当て方力を流し込み治療を開始。
人間は息こそあるが、積み重なった傷が多過ぎて虫の息であった。このまま放っておけばすぐに楽になるだろう。この人間にとってはだが。
「随分と痛めつけたな」
傷を見た率直な感想を告げる。これでは拷問と変わらない。ましては治療させるとは、恐らくこれからはこの行為を繰り返す気だろう。
「ああ、全く、疑問は増えるばっかで困るな」
全然、困った素振りは感じず寧ろ楽しそうなジークを見て、ほんの僅かにこの治療中の人間に同情する。
流し込まれた方力は全体に広がっていき、麻生の身体中を循環していき、まるで逆再生のビデオの様に傷が塞がっていく。
汚れ、無数の傷が入っていた隊装と身体が訓練前の状況に戻っていき死人顔負けの人間の顔に生気が宿り始める。
その様子にロドリゴは山を超えたか、と一安心。
「いつまで続けるんだ?」
治療のさながらジークは少し考える素振りをしてから。
「さあな。飽きるまでか?」
ウズウズしながら応えるジークに見ながら、ため息を一つ。
多分、飽きる前に人間が壊れるだろうな。まぁ、こっちとしては腕が錆びないように回復の修練が出来るから、なるだけ長持ちして欲しいに越したことはないが……
ロドリゴはこれ以上は何も言わずに治療に専念する。