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少年戦争  作者: Mittsu
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第37章 克復

 愛の言葉に対して、MOTHERは紅蓮の光をゆっくりと明滅させる。それは、怒りを押し殺しながら、何かを必死に考えているようにも見えた。


「……私たちは、この世界を変えたくてここまで来た。その気持ちは、あなただって同じじゃないの?」


 愛は、なおも明滅する光を見据えて言った。一行は戦争を終結させ、この世界を本来の姿に戻そうとしている。そしてそれは、長い間MOTHERが願い、実現することができなかったことそのものだった。長年叶わなかった願いが、今まさに実現しようとしているかもしれない。それなのに、差し伸べられた手を拒むMOTHERの姿が、愛にはどうしても理解できなかった。


「田原さんには、あなたのシステムを復旧させられる能力も気持ちもある……。それなのに、どうしてこんなことするの?」


 愛は、拳銃を構える手にさらに力を込めた。


 MOTHERの光が明滅する間隔は、次第に落ち着いていった。


「私はここにいる間、ずっと考えてきました」


 MOTHERの声は、その光の色に反して、妙に落ち着いていた。


「ただ一つ、身に染みて理解したことがあります。それは、『人間の心理の不確実さ』です」


 落ち着きのあった彼女の口調は、次第に強まっていく。


「幸せを望むあまり不幸にする。争いを嫌うのに自ら武器を取る。命の価値を知っているのに手放そうとする。私にとってその答えは、今も分からぬままです」


 それは、MOTHERがこの世界に生まれてから、今までに見てきた光景そのものだった。


 『幸せを望むあまり不幸にする』。その言葉に、田原はうつむいた。かつて田原と、今は亡き六人の科学者たちが、この世界の子どもたちにしてきたことにほかならなかった。MOTHERは彼らを信じ、ただ黙ってその光景を見ていた。しかし、彼らは最後まで自らの愚行に気付くことはなかった。


 そして、『争いを嫌うのに自ら武器を取る』。それは、今のこの世界の惨状そのものだった。しかし、その言葉に一つの疑問が浮かんだ。


「『宝物庫』を実装したのは、MOTHER自身のはずじゃ……」


 ナイトの攻撃を防ぐことに力を使い果たしていた泰志は、呼吸を乱しながらつぶやいた。


 泰志は、旧施設で目にしたMOTHERの実装記録を思い返していた。そこに記されていた内容によれば、この世界に『武器』を導入したのは、ほかでもないMOTHER自身だった。


「確かに私は『宝物庫』を実装しました。残された少年たちの間で始まった争いを、私は一方に力を与えることで収められると考えました。しかし、そのとき、私に埋め込まれた妨害プログラムが最初の誤作動を起こしました」


 MOTHERの放つ光が、心なしか拘束されている田原へと向けられたように感じられた。


「片側にのみ与えたはずの『宝物庫』が、その後、もう片方の側にも実装されたのです」


 解放軍と革命軍の争いの始まり。その真実が、そこにはあった。もともとあった小さな火種は、互いに平等に与えられた力によって、瞬く間に燃え広がっていったのだ。


「片方が強大な力を持てば、その者がわざわざ力を持たぬ者の命を奪うことなど考えにくい。そうした人間の心理を、私は理解していたつもりでした。しかし、それは叶わなかった」


 淡々と語るMOTHERの声には、深い落胆がにじんでいた。


「私は考えました。命の尊さよりも自らの正義を優先する彼らを、どうすれば止められるのかと」


 一度広がってしまった争いを収めることは、かつてのMOTHERにとっても困難なものだった。


「命の尊さを、『命を失うことで理解する』ことができるのではないかと考えました」


 泰志の脳裏に、再び旧施設で目にしたログが浮かび上がる。


「『複数の命』……」


 拘束された竜二は、自らの首元に刻まれた印を意識するように、静かに視線を落とした。


「苦痛と悲しみを味わえば、その恐怖から争いをやめるのではないか。しかし、その仮説にもまた、意図せぬ力が働きました」


 田原の施した妨害プログラムは、そのとき再び誤作動を起こしたのだ。


「命を失い再生した者が、『この世界に初めて訪れた者』として処理されるという問題が多発しました」


「初めて訪れた……?」


 泰志は眉をひそめて疑問を口にした。


「記憶の消去」


 拘束された真由美は、うつむいたまま小さくつぶやいた。


「……命の数を二つから三つに増やしても、陣営が無作為に変更されるという不具合は解消されませんでした。もはや、私のシステムだけでは争いを止められなくなっていたのです」


 MOTHERは深い悲しみの底に沈んでいるかのように、紅蓮の光を次第に弱めながら言った。


 命を失う恐怖そのものを忘れてしまえば、複数ある命は、もはや『戦い続けるための材料』にしかならない。MOTHERの希望は、彼女にとって最も残酷な形で打ち砕かれた。


 そして、泰志の脳裏にある光景が浮かび上がった。


 それは、恐怖に支配され、解放軍基地の奥深くに身を寄せていた少年たちの姿だった。今になって思えば、彼らは当初MOTHERが望んでいた理想の状態そのものだった。しかし、皮肉にも、彼らは『臆病者』としてこの世界から排除されていたのだった。


 愛はなおもMOTHERを見据えていた。しかし、拳銃を構えていた手は、次第に下がっていった。この世界で彼女がこれまでに経験したことは、全てMOTHERの失敗の上に起きたものだった。しかし、その事実を知っても、愛の胸に新たな怒りが湧き上がることはなかった。いつしか愛の目には、MOTHERの紅蓮の光が深い悲しみを抱いたものに見えていた。


「……だったら、なおさらだよ」


 愛はうつむき、体を震わせながらつぶやいた。


「その『不確実さ』ゆえに、私はあなたたちを信用できないのです」


 MOTHERの声は、再び淡々としたものへと変わっていった。その口調からは、先ほどまでの感情の揺らぎが感じられなかった。


「あなたは分かってない……。私たちについても、田原さんについても!」


 愛はうつむいていた顔を上げ、MOTHERに向かって叫んだ。彼女の言葉に、MOTHERの紅蓮の光はその濃さを増していく。そして、愛は最後に言い放った。


「いい加減、間違いを認めてやり直して!」


 声を枯らして放ったその叫びは、MOTHERの内にまで届くかのように、広間にこだました。


 しばらくすると、MOTHERの光の色が突如として純白に変わった。先ほどまでの感情をむき出しにしたような紅蓮の光とは対照的に、その純白の輝きからは、不思議な静けさが感じられた。


 その時だった。


 突然沈黙したMOTHERに困惑する泰志の前に、白く淡い光が浮かび上がった。唐突な出来事に、泰志は思わず後ずさった。


 光は徐々にその輪郭をはっきりとさせていき、やがて白いワンピースを着た女性の姿へと変わった。その顔はぼやけており、表情を読み取ることはできない。


 それは、泰志がこの世界へ来たときと、旧施設で目にした女性と同じ姿だった。思い返せば、彼女はいつも、この世界の謎に触れる場面で姿を現していた。そして今度は、MOTHERを目の前にしたこの瞬間だった。MOTHERの純白の光と、その女性とが、何の関わりもないとは思えなかった。


「MOTHER……なのか?」


 泰志は目の前にたたずむ女性を見上げた。しかし彼女は、これまでと同じように何も答えない。その姿は確かに目の前にあるというのに、彼女が何を思い、何を伝えようとしているのか、泰志には分からなかった。


「あの人……前に会ったことがある」


 女性の姿を見た真由美は、目を見開きながらつぶやいた。その言葉に、田原と竜二は真由美へと振り向いた。泰志もまた、思いがけない共通点に驚きながら、拘束された真由美を見上げた。


「私の部屋にいた……」


 それは、この世界での出来事ではなかった。真由美の部屋。つまり、かつて失われていた彼女の記憶の中にも、白いワンピースの女性は存在していたのだ。女性をじっと見つめながら、真由美は続ける。


「私はあの人に渡されてここに来た」


 真由美の脳裏に、遠い昔のように感じられる記憶が蘇る。


 母親の死に絶望し、生きる希望を失った彼女の前に、白いワンピースの女性は現れた。深い悲しみに襲われていた真由美は、その女性の顔を見上げることができなかった。そんな彼女に、女性は手のひらに載せていたある物を手渡した。


「銀色の……」


 真由美のその言葉に、泰志と竜二もこの世界に来る前の記憶を思い出した。真由美の机の上にあった銀色の立方体。二人をこの世界へ導いたその立方体は、ほかでもない白いワンピースの女性から真由美へ手渡されたものだった。


 愛は遠目に女性を見つめていた。泰志の傍らに立つ女性は、ゆっくりと向きを変えた。そして、倒れたナイトの傍らへと歩み寄り、床を見下ろした。その視線の先には、ナイトの手にしていた槍があった。


 女性の動きを疑問に思った泰志と愛は、眉をひそめた。


 淡い光を放ちながらその場にしゃがみ込んだ女性は、落ちていた槍へと手を伸ばした。


 次の瞬間、女性は槍の柄を勢いよくつかみ取った。そして愛の方を振り向くと、彼女に向かって一気に駆け出した。その姿に、一行は驚愕する。


「宮本さん! 逃げて!」


 拘束された田原は、彼女の危険を察知して叫んだ。その言葉に、愛の拳銃を握る手に力が入る。しかし、その瞬間、愛はふと顔を上げ、迫り来る女性をまっすぐに見据えた。


 そして、手にした銃を地面へと放った。


「宮本!」


 彼女の異様な行動に、泰志は思わず叫んだ。愛は逃げようとも、避けようともしない。ただまっすぐに、鋭い穂先を向けて迫ってくる女性を強く見据えていた。


 愛の眼前に迫った穂先が、MOTHERの白い光を反射して煌めく。


 そして、愛の体は槍に貫かれた。


 槍に体を貫かれた愛の体は、大きく後ろへと倒れ、背中を突き抜けた穂先が地面へと突き刺さった。意識の遠のいていく愛の目の前に、槍の柄を握り締める女性が顔を寄せる。


「あなたに何が分かるの」


 女性はそうつぶやくとさらに槍を愛の体へと突き立てた。


 泰志たちは、目の前で起きた出来事に、声を発することすらできなかった。


 薄れゆく視界の中で、愛は目の前の女性を見つめた。彼女の表情ははっきりとは見えない。しかし、その体は震え、目元は赤くなっているように見える。


 淡い光に包み込まれるように、愛の体から力が抜けていく。それでも彼女は残る力を振り絞り、目の前にある女性の顔へと右手を伸ばした。女性は差し伸べられた手に怯えるように体を震わせながらも、その場を動こうとはしなかった。


 やがて愛の右手は、女性の左頬にそっと添えられた。女性は頬から伝わる温かさに、目を見開いた。


 ぼやけていた表情が、次第にはっきりと映し出されていく。


 そして愛は、頬に添えていた手を女性の後頭部へと回し、その顔を自らの胸元へとゆっくり引き寄せた。そこには、相手を責めるような仕草は一つもなかった。


 愛は、意識が薄れていく最後の瞬間まで、女性を静かに受け入れていた。


 鮮明になった女性の目から、涙がこぼれ落ちる。やがて愛の手は力を失い、地面へと落ちていった。その顔には、かすかな微笑みが浮かんでいた。


 愛の表情を目にした女性は、地面に落ちた雫が弾けるかのように光を散らし、その姿を消した。わずかに残された淡い白光が、さまよう魂のようにMOTHERの内部へと漂っていった。


 体を貫く槍のみになり、支えを失った愛の体は、地面へと崩れ落ちた。それを見た泰志は、呼吸を乱しながら彼女のもとに駆け寄る。息絶えた彼女の柔らかな表情に対し、彼は焦りと悲しみを隠しきれなかった。


「なんで…」


 彼女の体を抱え上げた泰志は、震えた声でつぶやいた。そんな彼女の首元にあった最後の印は、ゆっくりと光を失い消えていった。


 再び淡い赤色の光を灯し、ゆっくりと明滅させ始めたMOTHERの光が、愛を抱え上げる泰志の背中を微かに照らす。


 泰志の目から涙が溢れ落ちる。その雫を頬に受けても、愛の穏やかな表情が変わることはなかった。


 愛は、自分がどうなるか分かっていながら、それでも目の前の女性を助けようとしたのではないか。泰志には、彼女が最後の瞬間まで、かつて語ったその願いに従って行動したように思えた。


「お前だって……可笑しいじゃねえか……」


 かつて愛が、真由美を追う泰志と竜二に向けて言った言葉。泰志は、その時彼女が見せた微笑みを返すように、冗談めかした震える声でつぶやいた。


 愛の表情が変わることはい。それでも、そのかすかな微笑みは、涙を流す泰志に優しく応えているように見えた。


 やがて、愛の体は光に包まれ始めた。体の端から少しずつ、その姿が薄れていく。最後に顔が消えるその瞬間まで、彼女は優しく微笑み続けていた。


 腕の中から重みが失われ、泰志の体はわずかに傾いた。しかし、その後ろ姿は、愛が消えてもなお、見えない誰かを抱えているかのようだった。


 うつむいたまましゃがみ込む泰志の姿を見ていた真由美は、光の縄に拘束された両手を、自分の体へと引き寄せようとした。歯を食いしばる彼女の様子に、隣にいた竜二が振り向いた。


「降ろして……」


 ゆっくりと光を明滅させるMOTHERに向かって、真由美は震える声でつぶやいた。


「私を降ろして」


 真由美の口調は次第に強さを増していった。その様子に、田原もまた彼女へと視線を向けた。真由美の目には、かつての冷たさのかけらも残ってはいなかった。彼女はMOTHERをまっすぐに見据え、自らの思いをぶつけるように訴えていた。


 やがてMOTHERは、彼女の言葉に呼応するかのように、光の明滅を止めた。そして、真由美を拘束していた光の縄がほどけ、彼女の体はゆっくりと床へ降ろされた。


 真由美は、泰志のもとへとゆっくりと歩み寄っていく。その横顔を見つめるように、MOTHERの光が彼女の体を照らす。


 うつむいていた泰志は、傍らで足を止めた真由美を見上げた。涙を浮かべる泰志を、真由美はしばらく無表情のまま見つめていた。やがて、その表情はゆっくりと小さな微笑みへと変わっていった。


「助けに来てくれてありがとう」


 泰志は、涙でかすむ視線の先に、遠い過去に失われていたかのように感じるその微笑みを見た。真由美は少しして、同じ微笑みを竜二にも向けた。それは、かつて二人がよく知っていた、幼馴染の笑顔そのものだった。


 そして、真由美はMOTHERの方へゆっくりと振り返った。MOTHERは何かを考え込むかのように、光の色を淡い赤と純白へ交互に変えている。


「MOTHER。私のお願いを一つだけ聞いてほしいの」


 真由美の目は優しく、しかし力強くMOTHERを見据えていた。

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