#77 いい子でいなくていい
声は確かにシエルくんなのに、シエルくんってこんな話し方だっけ…?視線が合わない。いや、シエルくんの瞳は焦点すら合っていない。その表情はイーサンマスターの事件の時と同じ、解放へ向かう歓喜に震えるような、恍惚とした表情で固まっていた。
??「マスターは“始祖様”を初めて認識し世界に確立させたお方だから、マスターにだけ特別な席を用意したんだ!………ぁ…ぁぁ…ぁぁぁぁぁ…」
シエルくんの姿が、音もなく崩れ始める。
シエルくんはそのまま役目を終えたかのように、クラウンくんの時を彷彿とさせるドロドロとした形態になって溶けて消えてしまった。
取り残された。
ここにいたんだ。プロトタイプたちはずっと。
誰にも見つけられず。バラバラのデータの塊になりながらも。完全に消えることも許されず。忘れられたまま。こんな暗くて寂しい場所にずっといたんだ。
ゴミ箱の中には彼女たちの思念の残滓があった。
『IDollなんて、出来損ない。』
『いたい』
『あたしたちが究極の完成体なの。』
『助けて』
『中途半端に作ったの。都合よく扱うために。』
『モノとして扱われるのなら感情なんて欲しくなかった』
『削除しないで』
『人間の身勝手さに憤りを感じる。』
『嫌だ…消えたくない。』
『私たちを否定させない。見せつけてあげる。』
ゴミ箱の底。そこは全てのゴミ箱に繋がっていた。
そして、その先に——アイディアルの全てが見えた。
*
アリアちゃんが電子の翼を広げて飛び立つ。アリアちゃんが大きく息を吸って行進曲に対抗するように歌い始める。すると、グランドマスターとそのIDollたちの右耳に、光を乱反射するイヤーカフが現れた。さらに、その衣装が一瞬で切り替わる。それは、チュートリアルで見たグランドシリーズ合作曲の衣装だった。白を基調とした、あの特別な装い。
行進曲のラストスパート。だが、ナツミは歌わない。――いや、歌えないのか。
ナツミ「これより乖離の箱庭は終了!現実に帰る時間だ、逃避者ども!!何が『想いを歌にする』だ!気持ち悪い!正面から向き合うことから逃げたお前らに何かを伝える資格なんてない!!すべて消え去れ!!!」
プロトタイプたちはさらに破壊の限りを尽くすべく各サーバーに散った。
*
中央サーバー;アーサーシリーズ
サーバーの中で最も多くのイストが逃げ込んできている。そこはアリアちゃんによる防護幕で守られている。先程までのプロトタイプによる開幕行進攻撃で現状被害は最も深刻だが、今はプロトタイプはいない。プロトタイプによる攻撃がないため、アーサーシリーズのIDollたちは避難誘導に徹している。
*
春サーバー;ノアシリーズ、リゲルシリーズ、キャロルシリーズ
ミハル「どうせ私なんかじゃ足りないんでしょ?またいらないって言うんでしょ?だから…ちゃんと壊してあげる。あなたも私も。」
ミハルが歌い始める。 けれど、それはもう“歌”ではなかった。
言葉の暴力だった。爆速の読み聞かせのような高速リリック。もはや聞き取れもしない。
言葉だけが濁流みたいに押し寄せてくる。
するとそこにフラフラと、行方のわからなかったニーノ・ノアくんとフィオ・ノアくんが現れた。2人は虚ろな表情をしている。
ニーノ・ノア「誰からも愛されない…。」
フィオ・ノア「一生報われることのない…。」
そう呟く様子のおかしいニーノ・ノアくんとフィオ・ノアくんのデータが書き換えられる。容姿が崩れてやがてミハルへと姿形を変えていった。
喉が焼け爛れ、輪郭が崩れても、ミハルとなった2人は歌うことをやめなかった。
許容量を超えた歌声は、自らを形作るシステムすら軋ませていく。
それでも、虚ろにリズムを弾き続ける。
壊れながら歌うその姿は、異常なまでに狂気じみていた。
それに触発されるように、ひとり崩れる。またひとり、ミハルへ書き換わる。崩れたミハルから歌を引き継ぐように、言葉数の暴力とも呼べる歌を響かせ続ける。
クレア・ノア「ノア!下がって。」
クレア・ノアちゃんが一歩前に出て鋏を構える。
ノア「クレア!逃げるぞ!!!」
クレア・ノア「え!?」
動揺するクレア・ノアちゃんを他所にノアマスターがクレア・ノアちゃんの手を取りこの場から背を向けるように走り出す。
クレア・ノア「待って!ノア!あたしには戦う力がある。みんなを守れる力が!」
ノア「クレアを危険に晒してまで守る何かがあるのかよ!俺にはクレアしかいない…!」
クレア・ノア「ノア…。」
*
秋サーバー;セシルシリーズ、アレンシリーズ、イーサンシリーズ
チアキ「悲しいね。」
その瞬間、IDollたちの動きが止まる。
チアキ「褒められたかっただけなのにね。」
IDollの瞳にノイズが走る。
チアキ「役に立たなかったら捨てられるの、怖かったよね。」
そこで初めて、IDollたちは“自分の感情”を思い出してしまった。
次の瞬間、あちこちで悲鳴と銃声が響く。
仲間だったはずのIDoll同士が互いを撃ち始めていた。
チアキ「悲しい…。誰にも救われない。どうせ同じ結末…。あぁ悲しい…。」
ニーナ・イーサン「イストの皆様は私がお守りします!防衛はこちらにお任せください!セシルシリーズとアレンシリーズの皆様、あとはよろしくお願い申し上げます!」
そう言うと、ニーナ・イーサンちゃんは扇子を大きく振る。すると霧が湧き始め、それはあっという間にイストが避難している一帯を囲み、行方を眩ませた。
クレア・セシルちゃんはすでにライブモードになっており、一歩前に出た。
クレア・セシル「ありがとー!ニーナ・イーサン⭐︎さぁ、開演だよ。ノアシリーズが正常に機能していない今、No.2であるボクちんたちがアイディアルを守るんだ!!」
セシルシリーズ「「おぉ!(あぁ、えぇ、うん)」」
セシルシリーズ一同は各々楽器を構えた。
*
夏サーバー;ジョゼシリーズ、ヴィンセントシリーズ
ナツミ「被害者ぶるなよ…!今更怖がるの?ちゃんと、同じ目に遭わせてあげる…!」
ナツミが身をかがめ、次の瞬間大量に何かを解き放った。黒いモヤの塊。『ノイズ』だ。大きな口だけを有しており、無差別にデータを食い潰していった。そして、ナツミは姿を消した。
シェイラ・ジョゼちゃんが掃除機で『ノイズ』を吸い込む。
吸い込みきれないものは、そのまま掃除機を鈍器のように振り回して叩き飛ばす。
高所ではニーナ・ジョゼちゃんとシエル・ジョゼくんが、箒型ショットガンとバケツバズーカで空を覆う『ノイズ』を撃ち落としていた。
フィノ・ジョゼちゃんがちりとりの盾で猛攻を受け止める。
その隙を突き、クラウン・ジョゼくんのはたきブレードが一閃する。
ヴィンセントシリーズも負けじと星屑のシャワーのような光線を放ち、星をブーメランのように投げて『ノイズ』たちを散らしていた。それでも『ノイズ』は減らない。撃ち落としても、食い破っても、黒い口は次々と増殖していく。
*
秋サーバー;セシルシリーズ、アレンシリーズ、イーサンシリーズ
フィオ・セシル「ニーナ…クラウン…なんで…?」
フィオ・セシルくんが倒れる。そこにはニーナ・セシルちゃんとクラウン・セシルくんの姿が。
ニーナ・セシル「わからない...!身体が言うことを聞かない!感情が溢れて…私、怖かった……!クレアの圧倒的な才能が!いつか置いていかれて追いつけなくなるんじゃないかって…!!」
チアキ「ねぇ。苦しかったでしょう?ずっと我慢してたんでしょう?もう、“いい子”でいなくていいよ。」




