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#1アウトサイダー

視界いっぱいにネオン煌めく幻想的な空間とそこから手を振る8人の美少年少女の笑顔が映る。仮想の綺麗すぎる笑顔にはどうしても温度を感じられなかった。風通しのいいオフィスを抜ける夏風を、胸いっぱいに吸い込む。

シキ「なんですかこれ?」

画面から顔をあげて振り返ると猫目の男性と目が合う。デスクトップに割り込むようにタブレットを見せつけている張本人。

リズ「何って、広告。」

シキ「それは見ればわかりますけど…。」

相変わらず何を考えているのかわからない。この人は編集部の敏腕編集長であるリズさん。この場にいる中の人で一番偉い人でもあるけど、かなりフランクな人だから堅苦しさとか気まずさはない。いつもフラッと思いついたように仕事を押し付けてきてそれで成功しちゃうから本当に腕はいいんだなって尊敬はしている。たまにそれで何も考えていないおふざけのときもあるから余計読めないけど。

??「お、なんだなんだ?新しい仕事か?」

向かいのデスクからひょっこりと顔を出す、子供っぽさを残した野生児のような男性。先輩のリアムさん。

リズ「あぁ、そうだよ。」

リアム「何それ。」

堂々と返され、むしろリズさんが少したじろいでいる。

リズ「知らないのかい?今をトキメくアイディアルドールを。」

リアム「知らね。」

ほんとこの人なんでも素直にスパッと言うな。リズさんは頼るようにこちらを向いた。まぁ、端からリアムさんにこういうことは期待してないんだろうけど。でも残念ながら、

シキ「…名前くらいしか。」

苦笑いを浮かべるしかなかった。最近何かとIDollという名前を聞く。

新進気鋭のサービス――バーチャル空間に存在する限りなく人間に近い人工知能を持ったホログラムのキャラクター。

今となっては電子端末を開けば必ず見かけるし、彼らはバーチャルの世界のみならず、現実社会にまで干渉してきている。もうすぐ社会現象にまでなるだろう。だけど、実際は何の用途で生み出されたのかまでは知らない、知っていることはそのくらいだ。

リズ「君たちね…編集部に入ったんだからアンテナ張らなきゃだめだよ。」

呆れたようにこめかみを抑えてリズさんが言う。

リアム「いやぁ!悪い悪い!そっちの方面には明るくねぇんだ!」

シキ「同じく…。」

仮想世界に依存しきった産物をどうにも好きになれない。特にIDollのような仮想世界を独自にもつサービスは依存症が問題視されるだろう。現実世界を捨ててIDollのいる世界に引きこもってしまうのだ。挙句には何をするにもIDollを通してくれとリアルとのつながりを完全に断ってしまう人も増えるに違いない。

リズ「君、全く悪いと思っていないだろう?」

リアム「まぁな!」

リアムさんは悪びれもせず明るく言う。

リアム「そういうのは得意不得意ってもんがあるから、その代わり俺たちにはリアルの方を期待してもらっていいぜ。」

リズ「当然だ。それすらなかったら君みたいな阿呆をここまで重宝することはないよ。」

ここまで毒舌を吐かれてもリアムさんはケラケラと笑っている。それは2人の間柄だからこそできることとわかってはいるものの、こちらがその立場だったら退職を考えてしまう。なんでも二人は昔馴染みらしい。

シキ「結局アイディアルドールって何なんですか?」

リズ「“あなたの心を代弁し音楽にする”をコンセプトとした、独立した仮想世界を持つ音楽サービスだよ。ほら、この曲とか知らないかい?」

リズさんはそういうと綺麗な旋律の曲を鼻歌で奏でた。リズさん、歌もうまいんだな。

リアム「あ、それ聞いたことある!」

シキ「どこに行ってもよく耳にする曲ですね。」

耳について離れない、計算され尽くした心地のいい曲だ。頭に自然と流れてくる。

リズ「こういうのを制作して発信するサービスだったんだ。元はね。」

リズさんの引っかかる言い回しに思わず聞き返す。

リズ「別に損なわれちゃいないけど、何やら勢いに乗って色々事業を展開させているみたいでね。僕たちの生活の身近なものになるのもそう遠くない話かもしれないね。」

リアム「何だそれ?いつかあのホログラムがアンドロイドになってお友達ってか?」

リズ「実際アンドロイド化の企画は出ているんじゃないかな。それで友達ならいいだろうね。少し調べた感じ、シンパサイザーと呼ばれるいわゆる仮想世界での相棒が利用者の心に深く入り込んでくるらしい。それで人心掌握、なんてね…。」

リズさんは最後にとぼけるようにそう言ったが、全くもって非現実な話、というわけではないのかもしれない。もっとも、リズさんがその話を相手にしている時点で。

リアム「は~、すっげぇファンタジーな話だな。」

リズ「これが考えられるほど技術が進化してきたんだよ。まぁ、軽く調べただけだから僕も詳しいことは知らない。後は己の目で確かめてくれ。」

シキ「ということは次はアイディアルドールで特集を組むんですか?」

リズ「あぁ、なんでも近々、アイディアルドールの中でIDoll誕生とサービス利用者1000万人を祝う大きなイベントが行われるらしい。それに合わせたものだよ。」

利用者が1000万人、思った以上に凄い普及率だ。きっとバーチャライズされた独自の世界観がその要因の一端を背負っているのだろう。

シキ「アイディアルドールの話ならここじゃなくて他の班に回した方がいいんじゃないですか?探せば既に利用している人なんてこの会社にもいっぱいいるでしょう?」

リアム「俺たち電子系苦手だしなぁ。」

リズ「もちろん、他の班に協力を仰いでもらっても構わないよ。でも、今更ありきたりな特集を組んでも他社との差別化が図れない。僕たち独自のアプローチが必要なんだよ、だから君たちに仕事が回って来た。わが社のアウトサイダーたち。」

それを取りまとめているリズさんもそのうちの一人に入れられていると気付いているのだろうか。

リアムさんとリズさんは別件の仕事の話を始めている。

アウトサイダー。意味は外部、部外者。そして、もう一つ。社会常識の枠にはまらない独自の思想を持つ者たち。今回は後者だ。科学が発展し普及した現在、人々は傷つくことを恐れ、煩わしいコミュケーションをやめて電脳世界の己の殻に閉じこもるようになった。科学技術は、その流れをさらに加速させ、本当に一部限られた仕事以外はすべて対面で行わなくて済むようになった。運輸もドローンが無人で行い、交通機関もフルオート、必要があればテレビ電話でことを済ます。そんな社会では当然のように対面を要する仕事の志望率が地に落ち、ほとんどのそれが毎年定員割れ。対面職につく人は就職に失敗してそれでも何とか職にありついたような人々だった。しかし、それだけでは留まらなかった。対面職の社会的地位の没落。その結果、蔑んだ目で見られ、かつ人との関わりを強いられた彼らは極度のストレスを抱え、死亡率や病気による退職率が凄まじく高かった。それも相まって人との関わりは悪とされ、一方で人々は自分の身の回りの世話を全てAIに任せ、ホログラムで自分の視覚を自分好みに騙すことで快楽だけを享受し続けた。

ぼんやりと癖のように首から下げているカメラを撫でた。首から下げたカメラのずしりとした重みは確かな存在を表していた。

ホログラムはカメラのファインダー越しでは粒子が散る。美しく撮るにはホログラムに対応するスマホで撮る必要があった。所詮は視覚騙しな無機物の美。それよりも陽だまりとか日蔭とか肌で感じられて温度のあるものが好きだった。しかし、そんな考えは変わりものとバカにされた。このままその他大勢にあわせて自分も何となく就職をし、将来を決めて電脳世界で人生を謳歌しなくてはならないのかと考えていた矢先、大手企業AFMエンタープライズでとある部署が対人の班を組むための求人が出回った。ふたを開けてみるとそれはリズさんが上層部を説得(打ち負かして)創られたものだったんだけど、当時、それはなにを考えているんだと大きなニュースになった。その時のリズさんの『僕たちは仮想世界に生きているんじゃない、この世界、ここに生きているのが僕たちの今の“生”なんだ。仮想世界になんて老後か現世が終わってから行ったって遅くはない。』という言葉に強く共感して、やはり定員割れしていたここに就職を決めた。そのため、同僚はおろかリズさんとリアムさんを除いた同じ会社の人に会ったことがない。そもそも、今時は会社をネットワーク上に構えていることが多く、会社が実在しているのは息の根が太く長いものくらいであった。そして、ここのオフィスはアウトサイダーと呼ばれるのにふさわしく、ホログラムに包まれた世界で、唯一ホログラムのない、温度のある生の物だけが使われていた。みんなでこだわって決めた壁紙やインテリア。いかに電気を使わず夏は涼しく、冬は暖かく過ごせるか考えた風通しのいい空間。リズ先輩の趣味で置かれた本物のテラリウムや観葉植物。せっかく生まれてきたんだから人に触れ、夏は暑さを感じて冬は寒さに凍えたい。心地の良い温度で良いものだけ食べ、嫌なものから逃げて飼われるように死ぬのはごめんだ。だからこの職場がとても気に入っている。


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