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冬ノ四


米と漬物だけという質素な朝飯を食ったのち、少ない女子たちは住職に呼ばれて出て行った。何をするのかと問えば、正月の巫女舞の稽古だという。

幸助と吉次が、いつもは武道の訓練に使われる道場を通りかかると、やっぱり雅や知世を含む女子たちが巫女装束で舞っていた。緋袴の上から千早を羽織、きちんと真っ白な足袋を履いて、髪も和紙で結んである。正式な巫女装束だ。

そんな中、伊織は隅の方でただぼ舞を眺めているだけだった。両手に鈴を持って、ぼんやりとしている。今までの練習に参加していなかったからだろうが、まず躍らせても武者のような勇ましいものしかできないだろう。しかし、知世や雅など女子寮に暮らす十三かそこらの幼い少女たちは年上の巫女に交じって、両手に扇を持ち、ゆっくりとした舞の練習をしている。藪入りとはいえ巫女はかなり大勢いる。舞を踊るのはほんの数人だけだから、この練習で才能を見るわけだ。

ちらと見ただけだが、雅の舞は目を引いた。年上の巫女にも引けを取らずに……いや、むしろ年上の巫女よりも神々しい雰囲気を纏っていて、幸助は思わず息をついた。

「こりゃあ今年の巫女舞役はみやびちゃんで決まりだね」

吉次からしたら幸助の言葉なぞ耳に入らないようで、ぼんやり雅を見ていた。心を奪われたようだ。いや、こいつは心どころか魂まで奪われてはいないか。幸助が不安に思って揺さぶってみると、吉次はようやく我に返った様子で、首をすぼめて見せた。

「大丈夫かい。とっても間抜けな面だったよ」

「へっ。そうかいそうかい」

吉次はにまにまと鼻の下を伸ばして頷いた。

「もういいよ、はやく洗い物をかたずけないと、今日はお客が来るらしいからね」

幸助は吉次を置いて井戸へ向かった。



そのお客というのは、近隣の算法家-を自称する男、伏見だという。実際には大店や武家の弱みを握って、金を大儲けしているという噂があったりなかったり。きっと、算法家という収入の少ない仕事につきながら、大金持ちだからそんな疑惑も持ち上がっているのだろう。だが、金持ちに変わりはない。仲をよくして悪いことはないだろうということで、手厚くもてなせと、僧から何べんも言われた。

しかし、幸助は一見して分かった。こりゃあ汚い職に足を浸してるな、と。鼠のような出っ歯ににたにたとした目。多少の偏見を差し引いても、悪人面、それも典型的な金に汚い野郎の顔だと思った。

「いやはや、ここなら頼りになると人に聞いたが、本当かねえ。こんな古びたところがねえ」

きょろきょろと見回しながら歩いていると、伏見は敷居につまづいた。カツラが前方にすっ飛んで行き、幸助が拾うべきか無視するべきか迷っていると、伏見は立ち上がってカツラを無視してずんずん進んでいった。

「大丈夫ですか」

「いや……それにしても、生意気な高さだな、この敷居」

伏見が言った。幸助は何も答えないでいると、伏見は機嫌を悪くして、腕を組んでずかずかと、参道の真ん中を歩いた。普通なら、神の通り道として通らないところである。

幸助は愛想のいいわけではないので、いつも荷物を運んだりする係である。伏見の使い古されたような伴天連の革製のカバンからはぷうんと煙草や酒、そして女の使う香水のにおいがする。きっと毎晩遊女と戯れているのだろう。まったくもってろくでもないやつ、嫌なお客だ、さっさと帰っちまえと内心で毒づいた。

奥の座敷に通したが、中には神主本人が姿勢を正して座っていた。少しばかり驚いたが、自分の特になる話には飛びつく神主である。伏見の相談というのも、きっと金に関係した話なのだろう。

「これはこれは、伏見様、ようこそいらっしゃいました。さ、どうぞおかけになって」

「うむ」

にへらにへらと神主が薄気味悪い愛想笑いをする横で、緋袴を着た小柄な少女が茶を入れている。伊織は華があるので、給仕役を任せられたのだろうと思うが、本人は全く不本意な様子で、眉根がよっていた。伏見はじろじろと伊織を見て、唇をなめた。巫女を夜鷹か何かと勘違いしている。伊織はつんと澄まして茶を出すと、そそくさと部屋を出ていくので、幸助も追いかけた。

「まて」

伏見が言った。

「そこのおなごはここで控えてなさい。冷めた茶はうまくないからな」

ちっ、と伊織が舌打ちする音が、幸助にははっきり聞こえた。



夕刻も近づいて、幸助がまた伏見の荷物運びに呼び出されると、伊織が伏見を案内しているところだった。しかし、伏見は伊織に何やらしつこく話しかけているようだった。何をささやいていたのか、幸助が来ると、伏見は気まずそうに伊織の耳元から口を離し、幸助を怪訝そうに見た。

「あ、あの、お荷物を…」

「ああ、荷物ね、これ」

伏見はそれから見えなくなるまでずっと不機嫌そうな様子だった。


「もう、私は遊女じゃないってえの!」

仕事から解放された伊織は大きく伸びをすると、愚痴口調で言った。

「確かにありゃあ気持ち悪いや。そういえばあの人、何ていってた?」

「ああ、なんかとても戯けたことを言ってた。この町に妖怪がいて、そいつのせいでこんなに寒いんだって。自分の知り合いにそれらしいやつがいるので、そいつを成敗するなりなんなりしてほしいって。大真面目に」

そんな話だが、きっとその女というのは伏見にとって都合の悪い女なのだろう。それを影で処分してほしいと。それならわざわざここに頼まなくてもいいように思えるが。

「さあね。なんか借りでもあるんじゃない?神主がやけに」

伊織はどうでもよさげにそう答えた。

「ところで幸助、あんた武術の訓練積んでる?」

いきなり聞かれ、幸助はうっと詰まった。別に並はずれて筋力があるわけでもないし、すばしこくもない。幸助はもやしの中のもやしである。情けない。

「いや…そんなに…」

おずおずとした幸助の答えに別段落胆した様子もなく、伊織は目をきらきらさせて言った。

「さっきね!道場で竹刀を見かけたの。それで私、剣道やりたいなあって思ったから、教えてもらえない?」

だってほら、襲われたときとか、帯の中から小太刀を抜いて、バッサリ、とかさ。

恐ろしいことを言う巫女である。そう、仮にも伊織は巫女である。

「いやいやいや…おなごが刀って…」

「うるさいなあ、護身用だよ!憧れてるの!」

幸助は剣道ができるというわけではない。まだ柔道などよりはましであるが、上手いというほどでもない。しかし、断れないではないか!情けないではないか!ここで逃げるのは。特に「お願い」と言われてしまってはぐうの音も出ない。

しぶしぶ了承するしかなかったのである。


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