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冬ノ一

箒を掃く手を止めて、幸助は鼻をぴぃとばかり鳴らして啜った。

師走の寒さは凍てつくようで、ひゅうひゅう吹き荒れる北風に、身を切るような寒さとはよく言ったものだと幸助は独り感心していた。

寒さから身をしのぐようなものは、薄くてぼろきれ同然の半纏くらいしか配られなかったので、雪なんかがざあざあ降る夜にもなると、哀れ下働きの小童供は、囲炉裏の前で布団をかぶり、身を寄せ合って何とか凍死を免れているような惨状である。ことに、今年は例年よりも寒い。寮監や年が上の使用人たちも異口同音に、こりゃあえらいこっちゃあ、えらいこっちゃあ、師走の初めに雪が降るようなことはここ十年程はなかったという。御説ごもっとも、十三歳の幸助が物心ついてからは、こんな寒い冬は経験したことがない。

寒いだけではない。境内を吹き荒れる北風は、年中生い茂っている神木であるモチノキの葉を舞い散らすわ、苦労して掃いた塵を御親切にも参道の石畳の上まで吹き戻すわ。掃除がまったくはかどらない、これでは意地の悪い北風相手に延々といたちごっこをするしかないではないか。よりによってこんな日に当番にあたるとは、幸助は自分の不運を恨んだ。今頃身分の高い僧尼や巫女はぬくぬく厚着をし、七輪に手をかざして、焼いた餅でも食べながら楽しく談話しているのだろう。羨ましい話だ。

ここの掃除の何がつらいって、馬鹿のように広いことである。韋駄天宮は、読んで字の如く、韋駄天という増長天八神のうちの一人の神様を祭った寺である。護法神としての扱いが多い韋駄天だが、子供の病魔を除く神としても有名だ。その所為か、寺が多いこの病弱なお武家の娘や、質屋の幼い跡継ぎなど、身分の高い子供がたくさん預けられる。失笑物だが、韋駄天宮の敷地で一番広いのは、預けられた子供や、雑務をして働く子供が暮らす寮だという。

幸助は勿論、後者の、いわば奉公の体で雇われた子供である。紙透の家の四人兄弟の長男で、経営がうまくいかなかったために口減らし、または出稼ぎとして、面倒を見てくれるここに来た。それ故、文句を言える立場ではないのだが、それにしても、まだ鶏もあくびをするうちから、広大な敷地を掃除するのにはつらいものがある。

それにしても寒い。かわら版でも、雪女がどうの、北風小僧の寒太郎がどうのと騒がれているが、それさえ納得できるほどの寒さだ。

幸助は襟をかき合わせて、かじかんだ手に息をかけて掃除を再開した。


幸助がやっとこさ掃除を終わらせたとき。

ほっと一息つき、塵取りを取りに行こうと納屋へ向かうと、寺の外からどたどたと騒がしい音が聞こえてきた。

まだ開いていない門を人外な軽やかな身のこなしで飛び越して、その子は参道を走ってきた。幸助が掃除を終えたばかりの参道を。

開いた口が塞がらない幸助は、どん、と突き飛ばされてよろめいた。

「御願い、匿って」

「えっ」

黒い浴衣の少女がよろめいている幸助の腕をつかんで、高飛車に言った。幸助にぶつかった彼女は、笠から覗く漆色の髪と、紅を塗った口許のせいで妙に大人びて見えるが、声や体格からして、歳は幸助ほどだろうか。市女笠の垂れ衣のせいで顔が隠れているので、はっきりとは分からない。身なりがそれなりにいいところを見ると、質屋の娘か何かに見える。しかし、そんな娘が開門前の寺に駆け込んで匿ってほしいとは、言ったい何事か。

「はやく!さもないとあんたも巻き込んで懲罰だよ!江戸払いかな!敲きかな!いやでしょ?」

嫌に決まっている。それ以前に、出会いがしらに言う言葉じゃあない。正確には出会いがしらですらない。これは朝から妙なものに絡まれた。幸助は怪訝に聞き返した。

「え、あの、どちら様で……?」

「そんなのどうでもいいでしょう。あ、あそことかいいじゃない」

理解が追い付かない幸助をよそに、彼女は神木を見て、花が咲いたようにぱあっと顔を輝かせた。いや、顔は見えていないけれど、明らかに雰囲気がぱあっと輝いた。

「いい?誰が来ても私みたいな娘は来ませんでしたって答えてよね。絶対だよ」

少女は幸助にしっかり釘をさすと、なんと、ご神木を呆れるほど身軽に、するすると登って行ってしまった。なんという罰当たりな行為であろうか!常人の理解を超えている。幸助は唖然とした。

「ちょっと、それご神木だよ……?やめて」

しかし少女は聞く耳持たず。木の上から、静かにして!と叱責が飛んだ。

うわあ、たたり殺されるぞあれは。

事実、少女を覆い隠すモチの葉ががさがさ音を立てて揺れていた。怒っているように聞こえた。


とてもそんな気分ではなかったが、やらないと朝飯にありつけない。仕方がなく、黙って彼女が蹴散らした石畳の掃除をする。

「あら、幸助」

どうやら寝起きらしい。まだ微妙に寝癖の跡の残る少女が幸助に声をかけた。几帳面な彼女にしては珍しい。

「あ、雅……おはよう」

雅は白衣と呼ばれる肌着は来ておらず、緋袴と襦袢の上にそのまま上着を着ていて生足が拝める。すらっとした体型に巫女装束が似合っていた。起きたばかりというのに、目はいつも通りきりっと吊っていて、それらしい隙がない。彼女らしいなと幸助は思った。

「おはよう。今日掃除当番?」

尋ねられて再び肩を落とした。まったくもって忌々しい。幸助はゆっくり一つ頷くと、雅はお気の毒様、と憐れむような目で幸助を見た。

「なんかいつもより汚いわね、ここ」

「そ、そうだね……」

勘の良さも健在らしい。まさか、御神木に女の子を隠しましたなんて言えない。幸助は何となく相槌を振ってごまかした。

「まあいいわ。町まで伝達頼まれているから、終わったら手伝ってあげる」

「うん。ありがとう」

雅は少し笑って、すたすたと去って行った。


幸助はもう一度箒を握りなおして、気を引き締めて掃除を再開した。

日も少し高くなって、街道の賑わいが徐々に大きくなってきたようだ。掃除もそろそろ終わりそうだ。雅の手伝いは要らないかもしれない。幸助はひもじい腹を抱えて、塵取りを取りに納屋へ向かった。

疲れていたからなのか、あるいは心のどこかに、少しでも雅に手伝ってもらいたいという思いがあったのかもしれない。幸助はゆっくりと塵を塵取りへ掃きいれた。

それをすぐに後悔することになる。今度は馬が門を飛び越えて走ってきた。石畳の上を。幸助が四苦八苦して二度も掃除した石畳の上を。威勢よくいななく馬が。

開いた口が塞がらないどころか、そこに鳥が巣をかけそうな勢いである。

危ういところで馬をよけ、幸助ははっとした。

「おい小僧!娘を見なかったか!黒い浴衣の!」

怒りで顔を真っ赤にした若者が馬の上から怒鳴った。なるほど、さっきの女の子はこいつに追われていたのか。立派な髷を結い、豪勢な身なりをしているのを見ると、身分の高い―代官のせがれか何かだろうか。あるいは、下級武士のようにも見えるが、岡っ引きのようには見えない。とりあえず、少女に念を押された通り、幸助は嘘を吐いた。

「い、いいえ……」

「本当か?先ほどこのあたりで声が聞こえたぞ。ここの周りは全部探した。あれはここにいるはずだ!」

言葉に詰まった。どう言い訳しようかと考えながら幸助はごにょごにょ茶を濁した。

「いや僕は誰も匿ってなんて……」

「お前しかいないだろう!俺はあの小娘に侮辱されたんだ!わかるか!」

分からない。何もわからなくて混乱しているのに、それを問うてもらいたくはなかった。若者は唾を飛ばしながら汚い罵り言葉をわめいている。

「もしお前が匿ってるのなら同罪だぞ!今なら許してやる、出せ!」

同罪と言われても、彼女が何を犯したのかは知らないのでどうにもならないが、情けないほど肝っ玉の小さい幸助はそれでもすくみ上った。もうあの少女を突きだしてしまおうか、と考えてしまう。

「お前も一緒に引っ掴まりてぇか?あぁ?」

「お静かに願えますか」

どやす若者を誰かが凛と筋の通った声で制した。

救いの女神だ。

大男にもひるむことなくすっと立つ雅はとても凛々しくて、神々しい後光がさしている―幸助にはそう見えた。

「ここは境内です。あまり騒がしくしないでいただけますかねえ?」

「だがっ、あの小娘はここに隠れた!俺の財布をくすねてな!」

「境内のどこに隠れる場所がありましょう」

雅の落ち着きようは、とても幸助と同い年の女童とは思えない。大男よりか細いはずなのに、なぜか、静かな迫力がある。

「いくらでもあるだろう」

「そういうことを言いたいのではないです。私たち仏教徒や御仏が盗人の手助けをして、隠れることを許すとお思いですかと言ったのです」

きっと雅が男を睨み付ける。おお怖い。

「そうではなくてだな……」

だんだん男の自信がそがれていくようだった。女とは恐ろしいなと幸助は思った。

「でしょう?御仏がそんなことを許すはずはないです」

「いやでも、このあたりで声が……」

男の声はもはや尻すぼみで虚しく聞こえた。

「仏神を疑う気ですか?まさかあなた、キリシタンではないでしょうね?」

「まさかまさか!」

男はとても慌てた様子で頭を振った。キリスト教は邪宗とされている。教徒は捕まり次第火あぶりの刑だ。それを恐れたのか男は腰が引けている。

「とにかく!ここにはあなたのお探しの者はありません!お帰り下さい!」

「お、おう……」

雅は箒を片手に仁王立ちし、男はすごすごと帰って行った


ぱからぱからという馬の足音が消えた頃なると、モチノキから少女が降りてきて、幸助ににやっと笑った。猫のような狡くて怪しい笑顔だ。

「ありがとう。おかげで死ななくて済んだよ!」

「あ……うん」

歯切れ悪くうなずいた幸助に、雅が唖然とした。

「幸助、あなた本当に小娘を匿ってたの!?」

「あ……うん」

雅は大きく、呆れたようにため息をついた。

「まったく、あんたそんなどこの馬の骨か分からないようなやつ、いちいち匿ってたらいつか斬られるわよ。で、あなたは誰?」

馬の骨、と呼ばれた少女はむすっとしてつっけんどんに言った。

「伊織」

「どこの娘?」

雅もきつい口調で問い返した。伊織と名乗った少女は何も答えない。どこの娘でもないのだろうか。この浜辺の町は人口が多いだけではない、内陸にはそう言った孤児も数多くいる。しかし、それにしたら彼女の着ている浴衣は、この季節にはさむげとはいえど、かなりいい布地のものだ。しばらくしてから、伊織は口を開いた。

「今は、親類の元で暮らしてる。伊三郎とこの豆腐屋」

といえば、幸助にも聞き覚えがあった。絹豆腐や木綿豆腐、さらには胡麻豆腐から卵豆腐まで、品ぞろえがいい。主人と女将が経営していて、たまにそこのせがれや娘が店番をしていたりする、一家経営の店だ。

「じゃあなんで、あんな人に追われてたのよ?盗みをしたって聞いたわよ」

伊織は肩をすくめた。

「いやぁ……裏路地を歩いてたら襲われかけてね。朝っぱらから鼻息荒くして気色悪かったから急所を蹴り上げて、その拍子にポロリと落ちてきた財布もありがたくいただいたの!」

えへへ、と小首を可愛らしく傾げて、伊織は笑った。幸助は背筋にぞわっと冷たいものを感じたような気がした。こいつ、常習犯だ!

だが確かに、笠から除く彼女の顔はかわいくて、幸助も見惚れそうになる。いかにもか弱そうなこんな娘が一人で出歩いていたら、治安の悪いこの町では襲われないことの方が稀だろう。雅も微妙な表情でため息をついた。

「はぁ……。でも、この韋駄天宮に盗人を入れるわけにはいかないわ。はやく帰りなさい!」

「えー。私この寺で巫女になりたい!」

「寺に巫女はいないの!尼以外は女性禁制よ!」

正式には韋駄天宮は寺ではないので、巫女もいる、女性もいるのだが、わざわざそれを言うほど幸助は馬鹿ではなかった。

「大体、御神木にのぼる山猿が巫女になれるわけないでしょ!諦めてはやく帰りなさい!」

「別に私だって登りたくて上ったわけじゃないさ」

「関係ないわよ!」

雅はまたも箒を片手に仁王立ちして、伊織を追い出した。伊織は楽しそうに笑って「また今度ね」と手を振って去って行った。

雅は何か言い返そうと口を開いたが、そのころには伊織の影は小さくなっていた。忌々しい程のすばしこさだ。

「まったくもう、なんでわざわざあんな子を匿うのよ!」

雅の苛立ちの矛先が自分に向きそうなのを感じて、幸助は箒を取りに行くと言って逃げ出した。


文才のかけらもなく、至らない点も多くありますが、宜しくお願いします。

和風が好きなので江戸時代をイメージにおいていますが、知識が乏しいため、おかしな点はご指摘いただけたらありがたいです。

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