教祖誕生
アカさんを抱え海斗の後について行く。
いくつかの二階建ての建物を通り過ぎると、屋根が反り、前に曲線形に長く伸びている流造の大きな建物が姿を表す。
隣には巨木があり、背後に樹々が広がっている。
一言で言えば鳥居のない神社だ。
植物が多いので魔塵粒子も街に比べれば多い。
「中に入りましょう」
大きな木製の引き戸を左右に開き中に入ると、質素ながらも大きな間が広がっていた。
「ここは……拝殿か?」
「はい、奥に見えるのが本殿です」
ここまでくれば聞かずとも分かる。
私の魔道で奇跡を見せろというのだろう。
「私に教祖、いや現人神にでもなれと?」
「リクさん……その話は夜に」
海斗は押し黙ってしまう。
『どうりであちきらが読んだ書物に宗教関係が多かったのにゃ』
世界の歴史を知るうえで宗教は大事な事だと捉えていたが、違う意味だったようだ。
だが、今更頼みを反故にしたりはしない。
私は言われるままに本殿の手前であぐらを組んで背筋を伸ばす。
しばらくしたのちに現れたのは若い男女の2人組だった。
女性の方は車椅子に乗り、男性が押している。自力で歩くことが出来ないのだろう。
私と同じ白い作務衣を着た海斗が出迎え、男性に代わって女性を連れてくる。
私の手前にある高座に女性を横にすると、「大丈夫ですから」と声をかける海斗。私のそばにくると「あの女性は交通事故により足が不自由になりました」と耳打ちしてくる。
私の回復魔道では無理な案件だと思うが、仕方ない。
高座に進み両手に魔塵粒子を集める。女性の腰から爪先までを触れずに往来すると、女性は驚いたような顔をする。
確かに腰から下にかけて血液に含まれる魔塵粒子の流れが悪いが、体に馴染んでいるわけではない。
流れが滞っている部分を魔塵粒子でほぐし馴染ませていく。
しばらく女性に苦悶の表情が見られたが、詰まっていたモノが取れたように魔塵粒子が流れ出すと強張った顔も緩んでいく。
私は一息ついて「終わりましたよ」と声をかける。
付き添いの男性が高座に歩みより女性の手を取る。
その時だった。
女性の足がピクリと動き、涙をあふれさせる。
ゆっくりと、震えながら、でも確かに自力で足を動かしていた。
立つことが出来たわけではない。
だが2人は顔をくしゃくしゃにしながら泣いて抱き合い、こちらを向いて「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も頭を下げた。
その後、老夫婦や親子といった3組を診ると夜になっていた。
最初に入った建物で説明を求める為に海斗を待っているのだが、最後の親子を見送りに行ってから戻ってこない。
『アカさん、もういいのか?』
『あー、だいぶマシになったわ。ワイはもう2度と車には乗らへんからな』
アカさんは復活したものの、いつも通りの元気さはない。
『で、リクはどうするにゃ?』
唐突に言葉を投げかけるソラ。
私はソラを一瞥して自身の手を眺める。
海斗から話を聞くのは別として、魔道で誰かに感謝されるのは戸惑いを感じる。
私が魔道を探究するのは誰かに認められたいわけでも、人に尽くしたいからでもない。自分自身が未知なるものを欲するからだ。
それはどこまでいっても我でしかない。
今でも魔道発展の……自分の欲を満たす為の犠牲に抵抗はない。
しかし、むず痒いような、それでいて心地よいような味わったことのない感情を私が持っているのも事実だ。
『……海斗の話を聞いてからだな』
『リクやんがこんな迷いをみせるのも珍しいわ』
アカさんは少しからかうように尻尾をゆっくり揺らしている。
しばらくして海斗が戻って来たのだが、親分さんも一緒だった。
親分さんは「少しお話ししたい」と言って外へ出て行く。
私が立ち上がるとアカさんとソラも動きを見せたが、手でそれを制止した。
無言で親分さんの後に続くと、街が見える場所で足が止まった。
遠くから見る街の明かりは幻想的にも感じる。
「リクさん、あなたのことだ。今日した事の意味は分かってるでしょ?」
「意味は分かりますが思惑は測りかねますね」
「ふむ」
親分さんは街明かりに目をやると大きな石に腰掛ける。
「私の親も極道でね、跡目を継いで今に至るが様々なものを見て来たよ。人の欲、騙し騙され、裏切られ。信頼なんてものは力でしか得ることが出来ないと思った時期もあったよ」
少し肌寒い風が通り過ぎると、樹々が静かに音を立てる。
「人の心は弱い。何かにすがり、助けて欲しいと願う。リクさんは神を信じるかね? こんな私でも信じてしまう不思議な存在だ」
「一応は……信じてますよ」
私の場合はアカさんのような存在が身近にいる。
親分さんのいう神とは捉え方が違うが、人間の上位種と思える存在は確かにいるのだ。
「この世には様々な宗教がある。人間の心の拠り所になるものだが、一部にそれを超えて人の弱さにつけ込む紛い物も多くある。性や金、欲望の糧にされると分かっていても一縷の望みに盲信してしまう」
「親分さんの仕事も似ているのでは?」
私の言葉に親分さんは笑い出した。
「はっはっは。これは手厳しいな。だが私たちの世界には通すべき筋がある。他人から見れば違いなどないかもしれないが、任侠道が私たちの誇りでもある」
「失礼しました」
「構わんよ。リクさん、あなたは本物だ。紛い物とは違う。あなたが何者かは知らないし聞かないが、本物なのは間違いない。以前私にも施術を頼んだことがあっただろ? あれは衝撃だったよ」
そう言って親分さんはぐるりと右肩を回した。
「私の右腕は昔の抗争で悪くしてあまり動かなかったんだよ。あなたに診てもらった時、暖かいものが体内に浸透してきたかと思えば吐き気を催した。だが、体が活性化するみたいに細胞が動き出すのが分かるんだよ。施術が終われば右腕が動くとなれば、それはもう奇跡だよ」
「なぜ医療では無く宗教なんですか?」
私を使って大金を得たいのであれば、闇医療の方がよほど儲かりそうだ。
体の不自由な金持ちからふんだくればいいのだから。
「それでは金のある者しか救われないだろう? 別に私も慈善事業をしたいわけじゃない。だがね、私も少し違う世界を見てみたいのだよ。あなたを縛りつけるつもりはない。勤勉なあなたの事だ、求める何かがあるのも分かっているし、その為に必要な援助は惜しまない。どうだろう?」
親分さんの言葉が全て本音かは分からない。
だが、こちらをまっすぐ見るその眼には確かな力強さがあった。
「リクさん、この世界を少し変えてみないか?」
右手を差し出す親分さん。
世界を変える。その言葉は甘美な魅力を持っていた。
私は差し出された手を握った。
「とりあえず……という事で」
親分さんは口角を上げると、強く握り返してきた。
建物の前では2匹の猫が私を待っていた。
私は足を止め、ゆっくりと2匹を交互に見た。
『しばらくここでやっかいになるよ』
ソラが私の体を駆け上り、肩に乗っかる。
『リクは引き受けると思ったにゃ。でもこれからどうなるにゃ?』
『さぁ、どうなるんだろうな? 基本的には海斗を頭に親分さんの会社が全てをしてくれるそうだ。私は呼ばれた時に力を貸すだけだな』
『魔道の力を持った教祖誕生やな。まっ、元いた世界に戻る研究も進められるちゅうわけやし、ワイはかまへんで』
これからどうなるかは分からない。
何が正しくて間違いかは未来でしか分からないのだから。
私は顔を上げ、夜空で光る星々を眺めるのだった。
こうして私は教祖を始めることになり、この世界を大きく揺るがす事になるのだが……それはまた別の機会で話すとしよう。