ファウンダー
ベルゲン防衛の総司令部は地下20mの統合指揮壕におかれている。
博士との会見を終えた後、わたしは壕内にある簡易宿舎に押しこめられた。
窓のない室内は狭く、扉の外には歩哨がいる。
半ば軟禁状態だが、暗殺されかかった身では抗議しても無駄だった。
隣室にアルもいるはずだが、物音一つ聞こえない。
薄ら寒い寝台に横たわり、わたしは瞼を閉じた。
三日後の払暁、特別攻撃隊は出撃する。
はるかガメリア大陸まで飛翔し、マガツの本営――ファウンダーの潜む巣に呪槍を叩きこむ。
ファウンダーを殲滅し、人類は勝利する。
もちろん、上手くいけばの話だ。もし失敗すれば……いずれにしても戦争は終わる。
だがこの期に及んで、わたしは自分の役割をまだ理解していない。
新兵器とやらの正体も謎のままだった。
その機体は隣のガメリア大陸まで飛べる。
その機体はマガツを滅ぼせる――恐らくは、新型呪槍を使って。
わたしが知っているのはそれだけだ。完熟訓練どころか、現物を見てすらいない。
確かに機密保持は重要だろう。
マガツの協力者がどこにいるかわからない状況ではなおさらだ。
だからといって、これでうまくいくのだろうか?
正直、不安しかない。
ただでさえマユハのことで煩悶していたのだ。
せめてベルファスト博士かフレイから、もう少し具体的な情報を聞ければよかったのだが。
――怖い? なら、ヤめて。
思わず飛び起き、周囲を見回した。
もちろん、部屋にはわたしだけしかいない。
緊張で胸がどきどきしている。
異質な、それでいてなじみのある思考の断片。
博士の話を聞いていなければ、自分自身からまろびでた感情のノイズと思っただろう。
だけど違う。
これはわたしが自問自答しているのではない。
実際に、誰かがわたしにメッセージを投げかけている。
恐らくこちらから送信することも可能なはず。
わたしはふたたび瞼を閉じ、強く集中して呼びかけた。
お前は、ファウンダーなのか?
――わたシは、■■■■■■。でも、ソれでもいい。女王でもいい。わたシはわたシ。
呼びかけは通じたらしい。
わたしはいま、奴らの女王とつながっているのだ。
すべてのマガツの母であり、人類世界を滅ぼす種族の統率者――ファウンダーと。
じわじわと不思議な感慨が満ちてくる。
ああ、そうか、お前か。
お前が、そうか――
「――ふっ、ふふふ……っ。あは、あはははっ! あはははははっ!」
わたしは笑っていた。
ヒステリックで嫌な笑い声が、他人事のように耳朶を打つ。
我ながらぞっとするような笑顔だったに違いない。
感情を処理しきれない。
苦しくて、つらくて、狂ったように笑い続けた。
わき上がった激烈な想いはあまりに膨大で、わたしという出口は狭すぎたのだ。
なにもかもが、こいつのせいなのだ。
あれもこれも、こいつがやったのだ。
誰彼の別なく、こいつが殺したのだ。
落ち着け、間違えてはダメだ。
怒りに我を忘れてはならない。
せっかくの機会じゃないか。無駄にはできない。
絶対に正確に伝えてやらなくては。
わたしは一心に呼びかけた。
強く、強く、全力を振り絞って呼びかけた。
お前達を、滅ぼしてやる――と。
ファウンダーをただ殺すだけでは飽き足らない。
女王に連なる眷属を、あらゆるマガツ達を鏖殺してやる。
そうだ。結局、わたしがしたいことは一度も変わらなかった。
だから、覚悟をしなさい。
わたしがお前達の死だ。
――わからナい。なぜ?
本物の戸惑いが伝わってきて、わたしは虚を突かれた。
わからない、だって?
ファウンダーは困惑しているようで、抗議の気配すらあった。
まるで恨まれるのは心外だ、とでもいいたげに。
ふざけるな!!
頬がかっと熱くなった。
お前達がなにをしてきたか、何人殺してきたか、忘れたのか?
まさか、知らなかったとでも?
――知ってイる。でも必要なこと、過去のこと。うらみ? わからナい。
どうしてわからないんだっ!!
生きるのに必要だから、許せとでも言いたいのか。
――許し? わたシがなぜ?
突然、ぼんやりした幻影が浮かぶ。
瞼を閉じても消えない。どうやら、言葉ではなくイメージを送りつけているようだ。
一体、なんのつもりなのか。
わたしは霞のようなイメージをとらえることに集中した。
散漫だった印象がまとまり、次第にクリアな像ができあがっていく。
現実の視覚は送られてきたイメージに塗り潰されてしまった。
「う……っ!? なに、これ――」




