フィールドワーク
ベルファスト博士が南方大陸を訪れたのは、いまから200年程前。
博士が80歳頃のことだった。
南方大陸中央部の密林に新種生命群のコロニーがあるらしい。
いわく、恐ろしく魔力が強い。
いわく、動植物を喰い尽くす。
いわく、異種が同じ巣に住む。
聞こえてくるのは怪しげな噂ばかりで、直接見た者はいない。
それが博士の好奇心を刺激した。
ベルファスト博士は天才だった。
時が止まったかのような精霊種の自治区は肌があわず、汎人の社会に交わり、名を成した。
多数のジャンルを網羅する学者として確たる地位を得、発明家としての成功で莫大な財産をも築いた。
だが、それは「ちょっとした課題」を手際よく片付けてきた帰結に過ぎない。
自分の生涯を賭けるにたる、研究テーマはないものか。
ロアン大陸から噂を頼りに南方大陸へのフィールドワークに出たのは、それを探す為だった。
未開の森を進むのは大変な苦労があった。
奥に進むにつれ、現地ガイドはおびえ、荷運び人達は逃げ出そうとする。
なだめすかしながら旅程を続け、ついに最深部に到達。
果たしてコロニーはあった。しかしそれは、博士の想像を超えたものだった。
「森がぽっかり途切れ、荒れ野が広がっていた。中心地には巨大な巣がそびえていたよ」
巣の高さは1000mもあり、外周は数十㎞に及んでいた。
周辺には信じがたいほど多様な新種の生命体がいた。
だけど、それらには奇妙に共通性があった。
サイズや形態がまったく違うのに、デザインの方向性が統一されていたのだ。
さらに信じがたいことに、彼らは異なる種でありながら、一つの社会を形成していた。
一般の動物でも共生関係になることはある。
だが、そんなレベルではなかった。
複数の種が整然と連携して、目的を果たしていたのだ。
「調査をはじめてすぐ、間違いに気づいた。連中は役割に応じて分化しているだけで、根は同じ種だ。みんな、たった一匹の個体――ファウンダーが産んだのだと」
ファウンダーは必要と感じた役割……いや、職業に応じた種を思いのまま産み出せる。
人間が機械を設計し、生産するように。
機械と似ている部分はそれだけではない。
仕事に必要とされる以外の機能を持ち合わせていない種が多かった。
例えばたいていの大型種には捕食や消化の機能がない。
中型種が生産し、小型種が配給する栄養嚢を受け取って生きているのだ。
だから出番がない時は休眠さえする。
倉庫に機械をしまっておくのと同じだった。
博士はこの種を“マガツ”と名付けた。
調べるうちに、ベルファスト博士はマガツに魅了されていく。
こんなに変わった生命体は他にいない。マガツは多様でありながら、完全に統制されていた。
ファウンダーの意思がマガツ一体一体に宿っていた。
しかし、どうやって?
産まれたマガツ達は異なる場所へ散らばり、異なる仕事をしている。
一方のファウンダーは巣の最深部に鎮座したままだ。
彼らからどう情報を得ているのか。
彼らにどう指示を伝えているのか。
どうやって統合管制システムを構築しているのか。
「本来、魔力は物理空間向きの力だ。原初領域へ投射するとすぐに減衰してしまう。だが、ファウンダーほど魔力が高ければ、話は別だ」
まさに力技だ。
ファウンダーは原初領域を使うことで、意思疎通における距離の問題を解消しているのだ。
「――それじゃ、フレイヤやPLSは」
「ファウンダーの能力を魔術装置で再現したものだ」
「逆に同じ仕組みだから、フレイヤはマガツに侵食されてしまった……?」
「恐らくはな。鍵はかけておいたが、直接接触されては意味がない」
「待ってください。では、ファウンダーは原初領域経由でわたし達に接触することもできるんですか!?」
であるなら、こちらの意思は書き換えられてしまう。
フレイヤと異なり、汎人種は原初領域からの侵入に対して無防備なのだ。
自分で判断しているつもりで、マガツの操り人形と化してしまう。
「可能だが、メッセージを送りつけるのが精々だ。呪力ではないから、変化の強要はできん」
わたしはほっとした。
だからファウンダーはフレイヤを物理的な接触で侵し、彼女を経由して飛翔兵に接続したのか。
彼女の呪力と飛翔兵の触媒を利用する為に。
わたしは、ふと思い出した。
戦闘中――特に極度のストレス下にある時、思考にノイズを感じる時がある。
自分ではない、誰かの意思の断片。つぶやきのようなもの。
あれはもしかして、ファウンダーからのメッセージなのだろうか。
「……しるべがない以上、相手の特定は極めて困難だ。もし届いたとすれば、それは貴様が強く求めていたからだろう」