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元王太子妃候補ですが、現在ワンコになって殿下にモフられています  作者: モンドール
【後日談 小話】元王宮の番犬、現王太子の婚約者
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元番犬と王太子と愛犬

 ──すぅ……はぁ、ああ、たまらない……


 ローリング伯爵邸の応接室。そこは、客人を迎えるために質の良いもので誂えられている。静かな空間にそぐわない荒い息遣いが響いている。

男は艶やかなこげ茶の毛の流れに沿うようにゆっくりと何度か手を這わせた後、そこに顔を埋めて息を大きく吸い込む。数秒後、満足そうに顔を上げた男はそのまま頬をその毛に埋め、ふかりとした感触を楽しんでいる。


「ああ、可愛い……可愛いね……至福だ……」


 恍惚とした表情で呟く男の声が部屋の中に落ちる。

 ルイーザは、冷ややかな目でその様子を眺めながら手に持っていたティーカップをそっとテーブルに置いた。気に入りの茶葉で淹れた紅茶のはずが、目の前の光景のせいでその香りを心から楽しめない。

 応接室……ルイーザの目の前では、この国の王太子でもある、婚約者のヴィクトールがソファの上で伯爵家の愛犬〝ルイ〟の背中に顔を埋めていた。

大型犬にもかかわらず箱入りの室内犬として育てられているルイは中々に図太い性格のためか、後ろにしがみつく男に頓着せずに一心不乱に手土産──牛皮を乾燥させた犬用おやつをかじっている。

 ヴィクトールが度を超えた犬好きであることは承知の上で婚約を結んだし、そこを差し引いても良いところは知っているので、ルイーザはきちんと彼のことを想っている。ただ、この様子は控えめに言ってもちょっと引く。


「ヴィー様って、犬舎に来た時はいつもあんな感じでした?」

「まあ、概ね……」


 王太子による伯爵家訪問の護衛としてついてきていた、過去の事情を知る数少ない人物――レーヴェに問いかけると言葉を濁しながらも肯定された。

 自分自身が犬であった時は、今とは微妙に感覚も違うし、他人に触れられる羞恥心や嫌悪感もなかったため意識していなかったが、改めてヴィクトールの犬愛を客観的に見てしまうと想像以上に強烈だった。

 幸せそうな表情で犬の背に頬擦りする男もさることながら、全く気にせずおやつをかじる愛犬の大物っぷりもこの状況を混沌とさせている要因だろう。


「私も、当時は今のルイみたいな感じだったのかしら……」

「……」


 ルイーザのつぶやきを拾った騎士は、そっと目をそらして聞こえないふりをした。


「いっそ笑って肯定してくれたほうが傷が浅いわ」

「ルイーザ、そんなことはないぞ」


 騎士に文句を言ったところで、犬を愛でていたヴィクトールが顔を上げて否定した。勿論、顔は上げつつも犬を撫でる手は止まらない。


「ショコラとルイは確かに見た目は似ているが、やはり反応は微妙に違う。ショコラはこういう長持ち系のおやつを渡すと、一旦どこかへ隠してから戻ってきていただろう。あわよくば次をねだろうとチラチラこちらを見ながら撫でさせてくれるのがとても愛らしかった」

「……気のせいではないでしょうか?」

「いいや、ショコラのおねだりが可愛くて、ついついおやつを上げすぎてレーヴェに叱られたことまでよく覚えているよ」


 ルイーザはにこりと微笑んで形だけ誤魔化すが、心当たりは大いにある。犬だった頃、小首をかしげて前足で膝をつつくと、ヴィクトールは高確率で追加のおやつをくれたのだ。

 そんなルイーザの様子に気が付かないヴィクトールは、まるで愛しい思い出を辿るように話しているが、本物の犬以上に食い意地を張っていたと言われているようにしか聞こえない。

 言い訳をすると、一頭飼いで競争もなく家族や使用人から甘やかされているルイと、餌の取り合いはないものの多頭飼いだったルイーザでは飼育環境が違う。

 美味しいものを隠して後で楽しもうとするのは、犬の本能として仕方がないことのはずだ。別に他の犬以上にルイーザの食い意地が張っていたわけではない。……はずだ。

 抗議の意味を込めてルイーザがすっと目を眇めて憮然とした表情を作ると、その時点でヴィクトールは何かを察した様子で慌ててルイを撫でまわしていた手を離す。


「その、私は犬が好きだしルイは犬の中でも特に可愛らしいが、それはショコラに似ているからで……。いや、その、確かによく似ているが……私が一番可愛いと思うのは君だ」


 ルイから手を離したヴィクトールは、まるで浮気の言い訳でもするかのように早口で弁明をする。浮気相手(仮)は犬だけど。

 最後の一言だけ聞くと熱烈な告白のように聞こえるが、その前の言葉のせいでルイーザは喜ぶに喜べない。なんとも言えない微妙な表情になるルイーザをよそに、ヴィクトールは少し照れたように頬を掻く。


「まあ、ショコラの時から少しやきもち焼きなところがあったからな……」

「え?」

「うん……私としてはルイーザが望むならやぶさかではないが……今君は人間なのだし、婚約者とはいえ未婚の令嬢をやたらと撫でまわすわけにはいかないだろう。どのみちあと半年もしないうちに結婚するのだからもう少しだけ我慢しよう」


 ヴィクトールの中で、何故かルイーザがものすごく撫でられたい人のようになっている。しかも諭されている風なのがまた解せない。ルイーザとしてはたとえ結婚した後であっても、先ほどのルイのように背中にしがみつかれるのはご遠慮申し上げたいのだけれど。

 どうしたものかとルイーザが視線を彷徨わせた時に目が合った騎士は、同情を乗せた表情でゆっくりと首を横に振った。

(……あ、これはもう話し通じないやつだわ)

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