第3章 その21 ナ・ロッサは言う「銀竜を有効利用しなさい」
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コマラパとカントゥータは、初めて接する、ナ・ロッサ・オロ・ムラトという精霊族の女性に、戸惑いを覚えていた。
ざっくばらんで親しみやすいラト・ナ・ルアや、優しく神々しいレフィス・トールとは、全く違った緊張感を醸し出す、大人の女性である。
近寄り難い高貴さを漂わせる、美そのものの化身。
「ほほ。そう固くならないで下さいましね。レフィスとラトが親しくしていただいておりますようで、年長者のわたくしも、まずはお礼を申し上げたいのです」
ナ・ロッサ・オロ・ムラトは、優雅に、会釈をする。
貴族的な物腰が身についている女性だ。
「以前……そうですね、百年ほど前までは、わたくしが「ヒト族」のみなさんとの窓口になっていたのですよ。その頃は、わたくしたちも、人の子らも、どちらもずいぶん畏まっていました。しだいに、接する機会も減っていきましたが、今でも、わたくしたち精霊族は、人の子の味方ですことよ」
(絶対、嘘だ。これは怖い)
食えない表情で、表向きは満面の笑みを浮かべ謝辞と友好を訴える、成人女性の姿をした、『何か』だ。
カントゥータは、冷や汗を流しながら向き合っていた。
コマラパもまた、同様に激しい緊張を強いられていた。
(これは、族長や、国王、上位貴族との謁見に匹敵するな)
ナ・ロッサ・オロ・ムラトの横では無く数歩下がって、レフィス・トールが神妙な面持ちで控えていることにも納得する。
レフィス・トールとラト・ナ・ルアは、より新しく、より人間に近い感情を備えている精霊族なのだろう。
ナ・ロッサは、違う。
セレナンの女神、スゥエとも、また、違う。
コマラパは、彼が前世を思い出した時、世界の本体である巨大な女神と相対したことを思い起こした。
あの、圧倒的な「存在の圧力」の差。
ヒトとは、すぐに吹き飛ぶような儚いものなのだ。
「あなた方が精霊族の存在を忘れ、伝説の中の生き物だと思われていたのも無理はありません。わたくしたち自身、表に出ることをやめていましたから。その間に、ヒトは地上に満ちて増え、繁栄を謳歌する。これもまた世界の大いなる意思の望むところでありましたゆえに」
では、なぜ、今になって現れたのか?
「コマラパ殿。なぜ今になって、と、お思いですね」
「えっ!? いや、そのようなことは」
図星を指されたコマラパは焦ったが、認める筈は無い。
「いいえ。その通りです。セレナンは、ヒトの子等の好きなように生きるがいいと、長い間、放任してきたのですから。ただ、今、無視できない破滅的な要素を持ったヒトが出てきました。人の世のことなどはヒトに任せればいいと、我々は思ってきたのですが。こんなところで滅びてもらっては、つまらないのですよ」
「えっ」
(つまらないと、今、言いました?)
カントゥータは、驚愕に打ち震えていた。
「ええ。そう言う意味で言いましたよ、欠けた月の戦士よ。あなた方は、以前は、もっと文明を発達させていた。それこそ星の海に乗り出すまでに。文明の初期の、こんな段階で滅びないでください。我々に、もっと、ヒトの生命の輝きを見せてください。そのために、我らは手を貸しましょう」
「あの、ナ・ロッサ? もう少し包み隠すとか」
傍らに控えていたレフィス・トールは困惑を隠せなかった。
「お黙りなさいレフィス・トール。幼き者よ。あなた方は優しすぎます。そんなだから、大切に守り育ててきたカルナックを、危険にさらすことになるのですよ」
ナ・ロッサは、一喝した。
「控えめな干渉では追いつきません。欠けた月の一族に迫る危機を、もっと具体的に示唆するべきでした。村の備えが足りない。あの、銀竜……」
頭上に、眼差しを向ける。
「あれをもっと利用するのです。むしろ喜んで、彼はカルナックの有力な守護者になることでしょう。じきに、降りてくるわ。ここへ!」
彼らの頭上を飛び回る銀色の閃光。
それは、しだいに、速度をゆるめ、近づいてきていた。
「あそこに、我らの妹、ラト・ナ・ルアも、同乗しているのでしょう?」
「まず間違いないでしょうな」
コマラパは答えた。
銀竜の放つ光は、刻一刻と大きくなり、山麓に、いましも、降り立とうとしていた。
近づくにつれ、竜の背中に乗る、クイブロとカルナック、そしてラト・ナ・ルアの姿が、はっきりと見えてきていた。
「さあ。出迎えましょう。あの人の子は、無事に銀竜に会い、加護を得たようですね」
ナ・ロッサ・オロ・ムラトの、はりのある声が、ルミナレス山麓に、高らかに響いた。




