第3章 その20 生命の司、ナ・ロッサ・オロ・ムラト
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夜、焚き火を囲み、カントゥータとコマラパは、互いの事情を話し合いはじめた。
コマラパは、カルナックが自分の本当の子であることを。
それにはカントゥータも驚いた。
「なんという不思議な巡り合わせだろうか!」
「世界の大いなる意思の、導きだ」
コマラパは、かつて出会った巨大な大地母神の姿を思い起こす。
「しかしめでたいこと。では嫁御は、一人ではないのだな」
「わたしがいなくとも、クイブロがいるではないか」
「親は、別だ」
彼女にしては、食い下がる。
「子どもにとっては特別な存在だ」
やがてカントゥータは、プーマ家の長兄アトクにまつわることを口にした。
「アトクは生まれつき変わった子だった。母ローサは、銀竜様から加護を得たが、同時に試練も授かった。生まれるであろう子の中に、害を為すものが混じるであるだろうと。それは母が乗り越えるべき障壁だったのだ」
長男アトクは「野生のキツネ」を意味するその名前の通りに、力が強く、皆を率いていくカリスマ性があった。
生来、口はうまく、交渉ごとが得意だった。
ただ、弱者に向ける目は冷淡だった。彼が小動物を殺すのを、末の妹として生まれたカントゥータは、何度か目撃した。
次男リサスは、銀竜の加護の恩恵を受けた。利発で聡明、心優しく、アトクが皆に乱暴な言動をするのを諫めていた。
「アトク兄はいつの間にか自分こそが村長を継ぐのだと思い込んでいた。できのいい次兄のリサスは、嫉妬の対象だったのだろう。リサスがアトクのせいで怪我をさせられたことも少なくない」
そしてアトクが更におかしくなったのは、三男のクイブロが生まれてからだった。
「クイブロは良い子で、リサスに似た優しい子だ。上の三人に比べて年が離れていることから、母も父もクイブロをかわいがった。……それがアトクの逆鱗に触れた。そして、村長を継ぐのが女子であると決まっているために、自分が長になれないと知ったことだ。このわたしが死ぬなど、しないかぎり」
きっかけは三年前の投石戦争だった。
四年に一度、村が二手に分かれて争い合う行事。
戦士としての戦い方を忘れないように続けられてきたものである。
アトクは勝利にこだわった。
まるで、リサスとカントゥータの入っている西軍に勝てば、自分が村長と認められるかのように。
「結果は?」
「リサスとわたしが勝った。リサスは最初から、村長は女が継ぐものと理解していて、戦闘経験の少ないわたしを立ててくれたのだ。それが、アトクには気に入らなかった」
「女性が村長になる慣習なら、アトクという青年には、見込みはなかったのでは」
「そうだ。しかしアトクは、覆せると思っていた。そして、叶わないと知った途端に、荒れた」
特に、同じ家に暮らすクイブロは、気にくわなかったのだろう。
集中して、嫌がらせを受けた。
食事のときにはアトクがまず食べ、残りを兄弟に渡した。
ローサが激しく怒ったのだが耳を貸さなかった。
他にも、クイブロが可愛がっていたプルンコゥイ(ネズミに似たペット)が、殺されていたこと。父母にもらったパコが、崖から落ちたこと。
いずれもアトクが関わらなくても起きた事故だったかもしれない。だが、アトクは、村の少年たちに、自分がやったと誇らしげに言ったのだ。
クイブロの大切なものを殺したのと同様に、カントゥータの連れ歩いていたフクロウも、殺された。
リサスの気に入っていた虎の子も、崖から落ちて死んだ。
大切に飼っていたので、考えられないできごとだった。
やがて、リサスは、アトクのそばにはいられないとカントゥータに告げ、村に出入りの「早便」という通り名の情報屋に頼み、出稼ぎ先をさがして村を出て行った。
「早く村から逃げたほうがいい」と、かわいがっていた妹カントゥータと、末の弟クイブロに忠告して。
アトクは、自分が村に戻るときは村長と次期村長を殺して後釜に座ると宣言して、荒々しい戦場に向かった。
リサスが選んだ、高潔で知られる精霊枝族ガルガンドとは、まるで対象的に、グーリア帝国の荒くれた傭兵軍に加わったのだ。
これまで「欠けた月」の一族がグーリア帝国やサウダージの軍に荷担したことはない。それ故に父母が引き留めるのも聞き入れ無かった。出世のしやすい軍だといって。
「だからクイブロは恐れている。アトクが嫁を奪うのではないかと」
「アトクという青年が帰ってくると、情報屋が言ってきたそうだな」
カントゥータの話を聞きながらコマラパが思ったことは。
アトクは、サイコパスではないかということだ。
反社会的精神病質の一種。
善意を持たず、良心や罪悪感を持たない。
平然と嘘をつく。他者に冷淡で共感しない。
弁舌爽やかで人の心を操るにたけている。
自己中心的。
それらの性質をカントゥータに告げたところ、「かなり思い当たる」と言った。
「ならば、彼が改心するなどとは思わないがいい。村に寄せ付けず、追い払うべきだ」
「コマラパ殿も手伝ってくれるか?」
「わしの可愛い子どものためには、アトク兄というものは、いないがいいと思われるからな。僭越ながら、手伝おう」
「それは願っても無いこと」
「しかし、精霊たちが告げた「悪霊」とは、アトクのことだったのだろうか?」
「さてねぇ……」
いろいろと話し合っているうちに、夜半も過ぎた。
夜明けの近い空は、しんと澄み渡っている。
「おお寒い! 精霊の衣を貸してもらわなかったら、凍えているかもしれない」
カントゥータが、手元の焚き火をかきたてた、そのときだった。
空高く、銀色の閃光が長く尾を引いて輝いた。
不思議な光景だった。
流星でも隕石でもない。
銀色の輝きが軌跡をのばして、縦横に飛び回っている。
実は、これは銀竜の飛行だったのだが。
多くの土地で、不可思議な神の奇跡と呼ばれた現象になったのだった。
「ううむ。なんとなくだが、カルナックが関わっている気がしてしかたない……」
コマラパはひとりごちた。
「ええ、そして間違いなく、わたしの妹、ラト・ナ・ルアもね」
そのとき、コマラパとカントゥータの背後で、声が響いた。
「精霊様!?」
すばやくカントゥータが反応する。
レフィス・トールが立っていた。
しかしそこにいたのは、レフィス・トールだけではなかった。
レフィスとラトよりも年上に見える、二十代半ばと見える、ひとりの、やはり精霊族の女性が佇んでいた。
髪の色も目の色も、精霊族そのもの。
神の手になる至高の美を体現したかのような姿も。
「これはこれは。貴き精霊様。お目にかかれて光栄です。わたしは大森林の出、コマラパと申します。失礼ですが、あなた様は?」
コマラパは礼をとる。
「年若き者たちが世話をかけました。わたくしは、ナ・ロッサ・オロ・ムラトと申します」
彼女もまた、人間達に頭を垂れて、礼をあらわした。
「彼女は《生命の司》。原初の存在。我々兄妹の指導をしてくれています」
レフィス・トールは、これまでになく畏まっていた。
「若き者? と、おっしゃられた?」
コマラパが尋ねる。
「ラト・ナ・ルアと、レフィス・トール。彼らの年齢は、あなた方の数え方で半世紀にも満たない。もともと、現在カルナックと名乗っている人の子を守護するために『世界の大いなる意思』が造り出した子らです。これまでは、精霊族は、若き者たちにだけ、人間と接触することを任せていましたが、我々、年長者も、あなた方と触れ合うべきというのが、『世界の大いなる意思』の意向なのです」
ナ・ロッサは、どこか憂いに満ちた微笑を浮かべていた。




