35.ブリーズお兄様ですわ
さて、わたくしが試行錯誤している間にも、世界は動いています。
といいますか、園芸部が大きな成果を上げる見込みの時期が近づいています。
畑での収穫時期が近付いているのです。
花属性での品種改良は進んでおり、本日もその成果が食卓に並んでおります。
「これはずいぶん種類があるな」
「最近はハナが育てたものが毎日並んでいるのです、兄上」
本日は上のお兄様、ブリーズ兄様が王都にやってきました。
領地での引継ぎを終え、ガイル父様と入れ替わりで王都の屋敷に滞在する。これは予定通りのことです。
「そうなのか。母上?」
「手当を出していますよ」
「それはよかった」
ブリーズ兄様はすでに次期当主として教育を受けており、結婚もしています。
今は領地にいますが、ブリーズ兄様とエリーゼ母様の間の引継ぎが終われば交代です。
「しかし、食べ物が多いのは素晴らしいことだが、痛むからな」
「農作物は痛みにくいものだと聞きますが」
ゲイル兄様がブリーズ兄様に質問をするシーンはよくある光景です。
よく似た兄弟で、体格がよく完成されつつある知勇兼備の青年と、まだ稚気を秘めた発展途上の少年。ごはんが進みますね。米ではないですが。
「農作物は痛みにくいものを選んで育てているものだ。だから保管しやすい。しかし日々、肉を狩っている。農作物を食べれば肉の消費が減るわけだ」
「狩る量を減らせばよいのでは。狩人が休むことができますよ」
「程度の問題だな。狩人や冒険者は肉や魔物素材を入手することで生計を立てているんだ。あまり休んでいては能力を維持できない。それに、間引きの手を抜けばどうなるかはわかるだろう?」
「肉が金にならなければ困るわけですね。しかし、肉が余る状態では誰も買い取らない」
「農作物が傷みにくいと言っても、あくまで肉と比べてということだからな。そのうち足りない時期が来る。その時肉を狩るものがいなくなっていては困る」
領地経営の実践をしているブリーズ兄様は視野が広いですね。
当家の未来は安泰でしょう。
ですがこの流れはあまりよくないかもしれません。
「おお兄様。たくさん子供が生まれれば、たくさん食べ物が必要になりますわ」
ブリーズ兄様の保守的な考え方は頼りになりますが、現状維持ではいけません。
わたくしが望んでいるのは現状よりもう少し都合のいい未来なので。
わたくしはブリーズ兄様を味方に付けなければいけません。
「ミルカ。子が大きくなるには時間がかかるんだ。ミルカやゲイルくらいの年になってようやく働けるようになる。十年以上かかる。その間、それだけ多くの働けないものを支えなければならないし、そのあとは多くなった働き手の仕事が必要になるんだよ」
「おお兄様、現在のこの国の仕事と労働力が釣り合っていると思っていらっしゃいますか?」
「帳尻を合わせるのが我々の仕事なんだ」
生活するには、仕事をして糧を得る必要があります。
一方で仕事は無尽蔵にあるわけではありません。
限られたパイを分け合うのがこの国の状況です。
という考えを前提とすれば、現状のバランスを変えることを是とする方向にはいかないでしょう。
と、思っていましたがブリーズ兄様の言は少しニュアンスが違いますね。
「急激な変化はどこかに歪みを生む。それに対応するのが領主の仕事なんだ。戦や大規模な魔物の活動、政変なんかがあるとそんな歪みが大きくなる。仕事がものすごく大変になるわけだ。そうすると、領主の誰かが失敗してさらに歪みが大きくなる。前例がないことが起きるというのは、まず誰かが失敗するということだ。対処法が正しいかどうかもわからないからね。大勢がかかれば成功する者も失敗する者も出る」
んん?
「そうしてみんなが不幸になる。不幸なままでいないためにはものすごく働かないといけないんだ。学園で班に別れて作業する授業はやったかい? 誰かが失敗して、みんなで遅れを取り戻すために何倍も働く、そんなことは当たり前にあるんだよ」
「確かに、覚えがあります兄上」
「だからできるだけ仕事が少なくて済む。そんな状況がいいんだよ」
おお兄様の思想を耳にしたのはこれが初めてでした。
こんなことを考えていたのですね。
おお兄様を分類するなら、有能な怠け者ですね。
「ですがおお兄様。問題は内からでなくとも、外から、それも思わぬ時にやってくるものですわ。そんなとき必要になるのが余力ではないでしょうか」
「どういうことだい?」
ここがきっと正念場です。
考えを聞いてもらう場が思わぬタイミングでやってきました。
本当はお父様に先に話を通すつもりだったのですが。
「今、風車ではお父様とおお兄様が中心になっていますが、大きな問題が起きてどちらかが動けない状況になれば、きっとちい兄様も動員されるでしょう?」
「大きな問題ってなんだ?」
「戦で人質になるとか、急な召集で魔物征伐遠征に出るとか。なんでもいいのですよちい兄様」
「おお、すまん」
「ですが、ちい兄様がいなければ、残ったおお兄様かお父様が一人で全部の仕事をすることになります。もちろんお母様やわたくしもおりますが、殿方の仕事にはあまり手を出せませんから」
「そうだね。それが余力か」
「わたくし、この国はもっと余力を抱えていいと思うのです。今後もずっと、魔物が都合よくいるとは思えないのです。建国の際に遭った人類の危機や、歴史にある大きな戦いのようなことが今後もまた起きると」
「それは否定できないことだね」
栄光の王国は幾度も滅亡の危機に立っています。
そのたびに壊滅的なダメージを負いながら乗り越え、立ち上がって復興してきた歴史があります。
しかし次が乗り越えられるかという保証はありません。
魔物というのは人類がコントロールしている存在ではない。
天災と変わらないので。
「しかし、問題はある。その余力は、非常時ではない時、何をして過ごすのかな」
人口を増やしそれを余力とするべきとして。
話はパイの大きさの問題になります。
仕事は限られており、国や領主の収入が増えるわけでもなく、新たに雇う余裕はありません。
買う者がいなければ農産物の価格は暴落するのです。多くとれても収入はさほど変わらないか何なら悪化するまである。
「現在、国を維持するのに必要なだけの最適化した構成であるとすると、余力は無駄ということになりますわ」
「そうだな」
「その人口を吸収する仕事を作る必要があります」
「しかし、国を維持するのに必要な仕事は残っていない」
「ですから、国を維持するのに必要ない仕事を生み出せばよいのです」
「必要ない仕事だって?」
「ミルカ、あなたそんなことを考えていたの?」
黙って聞いていたエリーゼお母さまがついつい口を出すほど驚かせてしまったようです。
「父上の新しい魔法を考えたミルカに話を聞くつもりではいたが……こっちの話もしっかり聞かなければいけないようだね?」
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