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「あれ……ヴァル?」
「すまない。起こしちゃったな」
ひんやりとした感覚に、目を開けるとあたりが暗くなっていた。
どうやら俺はベッドで、寝ていたらしい。冷たかったのはヴァルが、額に触れたからだったようだ。
「具合が悪くなったんだって? ジルベール君が、送ってきてくれた」
「ジルベール……そうだ、礼も言ってない」
これでも家に着いたら、礼の一つくらいは言おうと思っていた。それすらしないで、どうやら運ばれている最中に寝てしまったらしい。
「体調が良くなったら、伝えれば良い。ああそれと、明日の闘技場のことは、気にしないように伝えて欲しいって言われたぞ」
「学園の闘技場で、試したいことがあって約束をしてたんだ」
俺とジルベールの会話を知らないヴァルに、何のことなのか説明をする。
そういえばもらった花はどうなったかと、視線をあたりに向けると花瓶に活けられているのが見える。俺の家には花瓶はないから、ヴァルが家から持ってきてくれたんだろう。
「良い子だな。とても心配していた」
「うん、良い奴だよ」
散々迷惑をかけても、いやな顔の一つもしない。よくよく考えなくても、かなり良い奴なのかもしれない。
うなずき返すと、目を細めたのが見える。やっぱり俺に友達が、出来たことを喜んでいる。
ふとヴァルが、ジルベールを夕食に誘っていたのを思い出して申し訳なくなった。長旅で、疲れている状態で買い物に行ったのに俺のせいで台無しにしてしまった。
「ごめん。せっかく買い出しに、行ってくれたのに」
「大丈夫だ。気にしなくて良い。体調がよくなったら、ジルベール君も呼んで食事をしような」
責める言葉は、帰ってこないのは分かってはいた。予想通りに、声も表情も穏やかなままだ。上半身を起こしてから、謝った俺にまだ寝ているように促してくる。
それにうなずき返して、頭を上げようとしたときまた妙なものが見えた。
『もう治ったよ。平気だよ』
『なりません。もう少しお休みください』
まただ。今日見たバグの、子供の声がする。
きっぱりとけれど、優しい声で誰かが子供の要求をはねのける。
『……治ったのに』
『もうちょっとですよ。治ったら一緒に、遊びましょう』
また不服そうな子供の声が聞こえる。返ってきた声は子供の要求を叶えてはくれなかったけれど、なだめるように新しい提案を口にした。
『約束?』
『ええ、約束です』
すねていた子供は、頭からかぶっていた布団を目元まで下げる。視線を声の主に向けて、期待のこもった声を出した。
『なら治ったら、一緒に花束作ってくれる?』
『花束ですね? ええもちろんですよ』
『やった! あのね―― さんの誕生日にあげるんだ』
はしゃぐ声を上げて、ベッドから飛び出しそうになった声をいさめる声が聞こえる。
穏やかで、優しい。なのに心臓が大きく拍動した。
叫ぶ声が、聞こえる。赤が広がっていく。優しい声が聞こえなくなり、温かな手が熱を失う。
また訪れる痛みに、心臓を鷲づかみにされたような感覚に陥り胸元を押さえる。
「レイザード、どうした。気持ち悪いのか?」
「ヴァル……」
「無理はしないで、横になっているといい」
顔を上げると、心配そうに俺をみるヴァルがいる。さっきまでの妙な―― バグは、消えてなくなっていた。
「ヴァル……変なのが見えるんだ。知らないのに、胸が痛くなる。どうしていいか、分からなくなるんだ」
「疲れているんだろう。ほら手を握っているから、ここにいるから安心して眠るといい」
話す気はなかったのに、気づけば言葉にしていた。要領を得ない言葉に、返ってきたのは穏やかな笑みだ。
「一人は、いやだよ」
「大丈夫だ。私がいるから」
目覚めているつもりで、実は寝ぼけているのかも知れない。口から出た言葉が、やけに子供ぽっく音になる。
違うとそんなことを、言う気はまったくなかった。けれどいきなり襲ってきた理由も分からない不安からか、気付けば声に出していた。
いきなり幼児帰りしたような口調に、ヴァルも驚いているだろと思って訂正しようとした。ただ予想に反して、その表情は優しいままだ。
―― 温かい
そっと重ねられた手の温かさに、安堵を覚える。
触れた手が温かい。ただそれだけで、激しくなった鼓動が収まっていく。
安心したせいか、今度は眠気が襲ってくる。
―― 大丈夫だ
なぜか根拠のない安心感が、胸に広がりそのまま逆らわずに瞼を閉じた。
ゆらゆらとまどろみの中にいる。何も見えないことに、安堵する。今日はやたらと、バグが発生したからもうたくさんだ。
起きているのか寝ているのか、それすらもはっきりしない。辺りは暗いから、まだ夜かも知れないなとぼんやりと考えた。
「すまない」
ヴァルの声が、聞こえてくる。
何を謝っているのだろうか。謝罪されることなんて、された覚えはない。
「ごめんな」
だからそんな悲しそうな声を、しないでほしい。この世界にきてから、たくさん助けられてきた。感謝こそすれ、そんな声でわびたりしないでくれ。
―― 大丈夫だ。だから泣かないでくれ
涙を流してはいない気がする。けれど今にも泣きそうな声に、安心して欲しいと声を出そうとするけれど瞼も開かないし声も出ない。
ただ広がっていく闇が、濃くなり全てを覆い尽くした。




