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「花瓶を置く場所は、どこかな」
「そうだな。寝室とリビングに、分けて飾るか」
少し考えてその二カ所しか、飾る場所がない事に気づく。
―― 少し花が、可哀想だな
ジルベールの家ならまだしも、狭い俺の家では飾られがいもないだろう。
いや家の中より地に、根ざして咲いている方がいい。
花の咲き乱れる風景が、脳内に浮かぶ。どこか懐かしい。けれど覚えのない場所だ。
「そうか、なら寝室には……」
横を歩きながら、ジルベールが口を開く。
すぐにデザインが、思い浮かんだらしい。寝室とリビングに、それぞれ違うデザインを提案してくる。
説明が分かりやすくて、的確だ。前にも思ったけれど、ジルベールは相手に伝えるのが上手い。前に俺に術に関しての説明をしたときも、すごく分りやすかった。意外に人に教える職業が、向いているかも知れない。
ジルベールの意見を聞きながら、脳内で完成絵図を描いていく。できあがったイメージに、花を生けてみる。花の良さを活かすいい花瓶だ。俺と違って、センスの良いジルベールに考えてもらってよかった。
―― あれは、誰だろうか
ふとさっきのバグのことが、気になりだす。
ただのバグで、考えてもしょうがない。そう結論づけたのに、なぜかまた意識が向いてしまう。
一人は、幼い子供だ。もう一人は大人で、性別は声から判断して男の人だろう。今にも泣きそうな声で、謝る子供にかけた声はとても優しかった。子供の親かも知れない。
温かい。穏やかで、優しい時間が流れている。
―― なのに
なぜこんなに、気分が沈む。
頭に鈍い痛みが走り抜けた。
「レイザード、ちょっとごめんね」
「なんだ……おい、なんのつもりだ」
かけられた声に、思考が中断される。背中に手が添えられたと思ったら、不安定な姿勢になる。慌てて花束を落とさぬように、抱え込むと体が浮いた。
気づけばジルベールに、横抱きにされていた。世間一般というか、俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
何の嫌がらせだろうか。これがロイなら、楽しんで見る。あくまで俺の置かれている状況にいるが、ロイであるならばだ。
「おい、ジルベール離せ」
「ごめん。けど顔色がとても悪いから、このまま君の家まで送るよ」
どうやら近くで直視するには、俺の顔面レベルは低すぎてきついらしい。顔をそらしている。そこまできついなら、さっさと降ろしてくれ。
モブに通行人の視線が、集中する。やめろ俺は、影に徹するモブだぞ。影どころか壁になって、萌えを堪能したいと常日頃から願っている。そんな俺に、視線を向けるのは止めてくれ。
だいたい奇行をしているのは、俺ではなくジルベールだ。何故俺を見る。
「具合いが悪いわけじゃない」
「レイザード、君が思っているより顔色が悪いんだ。だからごめん。今の君の言うことは、きけないよ」
近くで見るのがきついらしい顔面を、直視しながらいわれてしまう。
どうやら短時間で、何度も発生したバグがそうとう体に効いていたらしい。体にも影響を及ぼすなんて迷惑すぎるバグだ。
―― いやそれだけじゃないか
借金返済のために、氷の置物を前より作っている。制作時間に、睡眠するはずだった時間も使っているからその影響もあるんだろう。半分はおれの自業自得というやつだ。
「少し寝不足が、続いたせいだ。お前のせいじゃない」
体調が悪いんじゃないかと気にしていた。考えすぎかも知れないが、具合が悪いのに誘ってしまったと思うかもしれないからその前に違うのだと伝える。
―― ジルベールは、悪くない
悪くないが、この格好で往来を通過するのは御免被りたい。だがどうやら離す気がないらしい。
「ありがとう。気をつかってくれて」
「礼を言うくらいなら、離せ」
「ごめんね。無理」
穏やかにだが、きっぱりと否定を返される。
どうやら顔が良いからと言って、笑顔を浮かべればいいと思っているのは健在らしい。
「この人混みだ。通行人の邪魔になる」
「じゃあ違う道から、帰ろう。そっちの方が、人通りも少ないし早く帰れる」
―― ちょっと、まて
お前、ここに来る前に、大通りが一番近いと言ってなかったか。他に近い道があるなら、なぜ最初からそこを通ってこなかった。
そこまで友達と、手を握りたかったのか。もしやお前の国じゃ、友達手を握って人の多いところ歩くのは何かのステータスにでもなるのか。
理解できない行動に、二の句が継げないでいると足早に細い路地に入っていく。しばらく進めば、人はいるがまばらな通りにやってきた。
―― いっそのこと、氷づけにするか
どうやっても、離しそうにない。どうするか頭を悩ませて、浮かんだ答えに溜息をつく。いくらなんでも心配してくれている相手に、対してその対応は酷すぎる。
「俺にこうされてるのを、見られるのはいやだ?」
「当たり前だ」
葛藤していると、しごく当然のことを聞いてくる。
ジルベールにお姫さま抱っこを、されているロイは大歓迎だ。邪魔しないように、眺めていたい。だが何度でもいうが俺自身がされるのは、ごめんこうむる。
「そうだよね。でもごめんね。降ろしてあげられないから、腕にかけてある上着を取ってくれるかな」
「これか」
いつのまにか、上着を脱いでいたらしい。二の腕にかけられている状態の上着を、言われたとおりに手に取る。
派手ではないが、知識のない俺でも高いと分かる生地に経済格差を感じて地味にダメージを負った。
「ありがとう。それを頭にかけていて。そうすれば誰にも、見えないから。これで安心だろう?」
「……」
確かにこの状況なら、誰からも俺の顔は見えない。そこはいい。
けどその問題が解決したからといって、じゃあ後は任せたとはならない。一番の問題は、そこじゃないんだ。この体勢で、ジルベールに運ばれている現状をどうにかしたいんだ。
「大丈夫。絶対に落としたりしないから、安心して」
そこを心配しているわけじゃない。
言い返そうとして止めた。今の現状は、甚だ不本意だ。けど元をたどれば、俺の顔色が悪いことが事の発端である。
ジルベールは俺を心配して、善意で好きでもない相手を運でいる。それを考えると、ここでああだこうだと文句を付けている俺がただ大人げないだけのように思えてきた。
「言ったからには、絶対に落とすなよ」
「うん。もちろん」
俺も不本意、ジルベールも不本意となれば、俺が文句を言わずに運ばれてその時間を短くしたほうが建設的というものだろう。
ただ素直にお願いしますというのは、なんだかしゃくに感じて出てきたのは偉そうな言葉で―― それでも返された声は、穏やかなものだった。
違う、この声は―― これは違う。
『自分で、歩けるよ』
『なんだ。落とされる心配をしてるのか? 大丈夫だ――さんは、絶対に落としたりしないからな』
まただ、さっきのバグの声と、同じ声が聞こえてくる。
規則的に揺れが伝わってくるが、危険は感じない。しっかりと回されている手に、安堵すら覚えた。
『違うもん』
『じゃあなんだ? ―― さんに、怒れるって心配してるのか? 大丈夫だ。―― は、なにも悪いことしてないだろう?』
子供のいじけた声が、耳に届いた。
どうやら誰かに、抱きかかえられて運ばれている最中らしい。子供の視点になっているのか、見上げるとまぶしい光が差しこんでくる。
『そうじゃないよ。僕もう大きいから、これくらい平気だもん』
穏やかな温かな声に、すねたような子供の声が重なる。
『わっはは! そうかそうだな。もう大きいものな。でも――、大きくなっても、大人になっても無理は禁物だぞ。人に頼るのは、悪いことじゃない』
『……うん』
おおきい朗らかな声に、子供の声に素直さが戻った。
『気になるなら、相手に返せば良い。自分がしてもらった分、相手に大好きだっていう気持ちを返していけば良い』
『僕は――さんのこと大好きだよ?』
『そうか、そうか俺も――のことを、愛してるぞ』
一言一言が、幼い声の持ち主を大事に思っているのが伝わってくる。
―― 穏やかなのに、なんでだ
バグなのにいやだという気持ちは、湧いてこない。ただひたすら胸が締め付けられるような、訳の分からない感情が渦巻いて上手く処理できなくなっていく。
「レイザード、もう少しで着くからね」
「ジルベール……」
妙なバグのせいで、引っ張られていた意識が戻る。ジルベールの声を聞いていれば、自分を保っていられるような気がした。
「なんだい?」
「家に着くまで、話をしていろ。なんでもいい。お前の声が聞こえていればなんでもいい」
適度な揺れが、眠気を誘う。だが今のバグのせいで、瞼を閉じることに抵抗感を覚える。もし夢でも見たらと思うと、眠気に身を任せる気になれない。
「うん、君が望んでくれるならいくらでも話すよ。何がいいかな。そうだ」
いきなりの注文に、訳を聞くこともなく肯定を返してくる。普通はいきなりなんだと、返しそうだがそれもない。
ただ今はそれが、ありがたく感じる。妙なバグのせいで、不安になっているなんて口が裂けても言えやしない。
―― 考えるのは、やめたほうがいいな
これ以上は、ジルベールに迷惑をかけられない。
考えてもしょうがないが、もし考えるのなら一人の時にすべきだろう。
言ったとおりに話し続けてくれるジルベールに、一言二言返しながら浮かんだ不安とバグのことを頭の外に追いやった。




