30<騎士A視点>
「ただ今、戻りまし……」
「どうだった!? 怪我の具合は!? どうだった! 必要なら医者の手配を直ぐに……」
扉を開けたら挙動不審の王子が、肩を勢いよくつかんでくる。
――もう一層の事、別人だっていってくれ……
あの子の事になると、人が変わる。諦めて早々に慣れた方がいい。そう思いはすれど、普段との差が酷すぎて素直に受け入れられない。
冷静沈着な俺の主はいったいどこに消えたんだ……
「きちんと、ご報告しますんで、とりあえず落ち着いてもらえます?」
「早くしてくれ」
あんたが俺に掴みかからずに、喚きもしなかったら早くできただろう。そう言ってやりたくなったが、止めた。普段なら冷静に、臣下の言葉を聞き入れるが今は無駄だろう。
思わずため息をつきたくなったが、我慢した。もう本当に勘弁してくれないかね。
「……悪かったな。任せちゃって」
「いえ、職務ですので。特に異常は、ありませんでした」
無表情になっている俺の部下――ロヴァルタが、虚ろな目で報告をしてくる。いつもは表情豊かで、感情的になる傾向があるやつだ。だが今は表情が、抜け落ちたような顔で王子の後ろの立っていた。
―― そう思うのなら、もう少し早く帰ってこい。
口に出さずとも、そう考えているのが理解できた。
「いやほら、おまえこのまえレイザードに、してやれてたからちょっとした罰のつもりだったし。早く帰ってきたら罰にならないだろう?」
「してやられてなどおりません」
露骨に片眉を上げて反応をみせる。どうやらよほど、あの夜の事を気にしているらしい。まあ盛大にこけてたからな。ばっちり俺に見られてるし、気にもするだろう。
「どこからどうみても、やられてただろう」
「あとにしろ」
「申し訳ありません。下がっていいぞ」
椅子に座り、待ちきれないと言わんばかりの顔をした王子に制止を掛けられる。
これ以上待たせたら、また騒ぎかねない。ロヴァルタに退室を、命じて扉が閉まるのを確認してから王子に向き直る。
「怪我の具合ですが、もうだいぶ良くなっていますね。動きにぎこちなさもない。
皮膚の状態は、服に隠れているので手首や首筋のみの確認でしたが火傷の痕は確認できました。皮膚の変色はあり、再生途中ではありますがどうみても報告通りの怪我を負ったようには見えません。回復が早すぎます」
「私に嘘の報告を、あげたということか?」
王子の問いに、緩く首を振り否定の意を示す。
「少し探れば、ばれる嘘をつくほど愚かではないと思いますが。それに実際より、重症に報告する必要はないでしょう。わざわざ闇の術師の、関わりを偽るのも意味がない。ただ……」
「なんだ?」
「どこの医者にもかかってないんですよ。学園では、できる限りの治療はしたもののその後に紹介された医者には診せに行っていない。どこか別のところにいったのかと、探っても城下での医者には診せにいった形跡がない。もし報告通りの状況なら、遠くの医者に診せにいける状態ではないですし……」
主任講師のあの男から、もたらされた情報通りならあの子は何時もと変わらぬ様子で街を出歩けるはずがない。回復に個人差は、さすがにおかしいだろう。
「可能性としては、光の術師が治したということも考えられますがあいつらはあまり外部と関わりたがらないですしね。それにもし治療してもらおうとすれば、法外な値段を取られることが多いと聞きます。あの子には払えないでしょう」
報告に、嘘偽りがないのならあの子の怪我の治り具合は異常の一言に尽きる。早期にあそこまでの回復を、させるには治癒を施せる光の術者の力を借りるしかないだろう。けれどその治療費を、あの子が払える訳がない。小国なら破産するくらいの額を、治療費として請求される。そんな話もあるくらいだ。
そもそも奴らは、外部との接触を極端に拒むところがある。
闇と国家権力よって、数を減らした光の連中は猜疑心が異常なほど強いと聞く。
―― まあそう聞かされているだけだけどな
外部との接触の拒否と、人口の少なさからだろう。俺は光の適性を持つ奴に、会ったことは一度もない。まあ会っていたとしても、分からせることはしないだろうが。
「そうか……報告ご苦労。あの子が無事ならそれでいい。それ以上探る必要はない」
――随分と、あっさり引くな
あの子の状態を、知りたがっていたとは思えないほど素早く話しを打ち切る。
もっと食いついてくるかと、予想していたんだが肩すかしを食らった。
「王子」
「なんだ」
「いえ、かしこまりました」
――なんか、知ってるな
あの子の怪我が異常なほど、早く治った原因を王子は知っている。不自然に、一瞬だけ固まった表情、なにかを誤魔化すように俺の言葉を遮った。
知られたくないのなら、深入りするのは止めておこう。そうできないのが、俺の立場だ。あの子には、何かがある。王子が今後、一切あの子に関わる気がないのならばそれでいい。だがなにかしら関わろうとするのならば、その知らない何かのせいで王子の身に危険が及ぶ可能性がある。
とくにあの子に関しての、王子の行動は一切信用がおけない。いつ突拍子もない行動を、しでかすか予測がつかないしな。
それが分かっていて、ただ命令に頷く訳にもいかない。
――想い人のことくらい、好きにさせてやりたいけどな
そう個人的には思いはすれど、王子が王子である限り俺がその臣下である限りそれはできるわけもない。
王子も俺も、あの子と同じ学園の学生ならば――あの子の前だけでは、馬鹿になるこの人があの子に冷たくあしらわれている姿が日常として見れたかもしれない。俺は遠巻きにその姿を、呆れながらも笑って眺めていられただろう。
けれどいくら『もしそうならば』と、そんなことを考えても現実は変わりはしない。
―― かわいそうにな
口に出せば、不敬どころの話じゃない。臣下である俺が、主である王子を憐れんだななんて近衛辺りが知ったら大騒ぎだ。
ただこの人は、想い人が大けがを負った。そう聞いても駆けつけることも出来ない。その目で、無事を確かめる事すら許されない。王子でないならば、出来たはずの事が王子であるから出来ないんだ。普通なら出来る筈の事を、この人は一生できずに生きていく。
『王子』という立場を、羨む奴らも多いがそいつらは王子がどれだけ己という
『個』を殺す生き方を強いられているか知りもしないのだろう。
「どうかしたか?」
「いえなんでも。とりあえず彼は、元気でしたのでご安心ください」
「そうか、わかった」
随分と優しい顔で、微笑むな。
きっとこの人は、レイザードといられればそれで幸せなのだろう。けれどその道を選べば、後悔する事も想像がつく。王子としての役目を、すべて放棄してただの
『リシュワルド』となればあの子とは一緒にいられるかもしれない。けれどもしそうすれば、次の王は第二王子になる。どう取り繕っても、繕えきれないあの第二王子が継げば間違いないなくこの国は崩壊する。
大切なあの子のいる国を、自分の選択のせいでめちゃくちゃになったのならきっと王子は苦悩し、後悔して自分を責めるだろう。その選択のせいで、あの子が傷つく事態になればなおさらだ。
自分の想いを優先した結果が、あの子の傷つく未来なら決して共にいる事を選ばない。俺の主は、そう言う人だ。
けれどもし、共にある事を望むのなら――喜んで力を貸す。王子には恩がある。あのとき投げ捨てられそうになった俺達を、拾ってくれた恩がある。だからあんたは、一言命じさえすればいい。
そこまで考えて、内心で苦笑する。そう言えてしまう人ならば、とっくに王子としてここにはいない。主が幸せを得られる可能性のある未来は、主が苦悩する未来に繋がる。世の中、難儀なものだ。大切な人と、共にいたいという王子の想いも、主には幸せでいてほしいと願う臣下の想いも叶えちゃくれない。
――まあそれも、いまさらだ。
世の中が、俺に優しかったことなど一度もないのだから。
「世の中どころか、部下も優しくないしな」
「意味の解らない事、おっしゃてないで手を動かしてください。仕事がたまってるんですよ」
王子の執務室から、仕事場に戻ってきた俺を待ち構えていたのは積まれた書類の山だった。
さっきの仕返しのつもりなのか、ロヴァルタからは冷たい視線を向けられる。
「ちょっと、俺がほんの少し留守にしただけで仕事が溜まるってどうなってんの? 色々制度面で問題ありまくりだよな」
「問題があると認識しておられるなら、いますぐ見直してくださいませんか」
どう考えても、山積みにされた書類の量は多すぎる。
―― 表だってやり返せないから、こういう手段にでたのか
さっきからロヴァルタの、書類の処理速度が尋常じゃない。次々に片づけて、後は俺が確認する段階まで終わらせている。そして終わった書類を、また俺の机に追加で置きやがった。
「そうする。とりあえずお前らに任せる仕事増やすところからやるか」
「くそ上司め……」
さて誰に何を振ろうかな――そう言った俺に、ぼそりと呟き返したのが耳に届く。
仕返しに仕事の量を、増やしたのにまさか自分の仕事が増やされる目になるとは思わなかったんだろう。
「なにかいった?」
「いえ、幻聴ではありませんか? お疲れなら、その仕事をすべて片付けてからお休みください」
俺に口で叶おうなんて、百年早い。そう意味を込めて、笑みを向けてやる。
取り乱したら負けと、思っているのか冷めた目のままさっさと仕事をしろと視線を向けらてきた。
―― はあ、誰か俺に優しくしてくれないかね
部下の冷たさに、内心で溜め息をつき黄昏ていると、また書類が積まれる音がした。
さすがに早すぎる。そう思ってみれば、俺が入ってきてから無言で仕事をこなしていたもう一人の部下が何の感情も浮かんでない顔を俺に向けていた。
「こちらの確認も、お願いします」
一礼して、また机に戻っていく。
「うっそー……」
山の様に、いや山そのものになった書類に、机に突っ伏すが誰も俺に声をかけてこない。室内には、ペンを動かす音がするだけだ。
しばらくそのままいたが、あいつら俺を無視して仕事を続けている。視線を上げれば、目の前には山積みの書類が変わらずに積まれたままだ。
―― 片付けるか
書類を凝視しても、減ってはくれない。
あいつらに聞こえる様に、これ見よがしにため息をついてからペンをとるために手を伸ばした。




