11 おっさん視点
「よし、覚えた」
「なら用は、済んだろ。さっさと帰れ。あっそうだ。これやる。ときどき子供が買ってく奴だ。渡してやれ」
結局、三品も実際に作って、教えてやるはめになった。心の中で悪態をつきながら、手に取った包みを渡してやる。別に喜ばせようなんぞ考えていない。一刻も早く帰らせる為にだ。
そう全く善意なんぞない。だがこっちの意図に反して、礼を言ってきたヴァルゼーエンの目が穏やかに細まる。子供のことでも考えてやがるんだろう。
「お前よ、少しは自分の人生というか、幸せを考えたほうがいいんじゃないか?」
「俺の幸せはあの子が健やかに成長して、あの子の望む幸せを得ることだ」
こんな顔は自分事じゃあ、ぜってえにしねえ。けど子供の事なら、笑顔になるし別人のような穏やかな表情をしやがる。そう基準が、自分じゃなくて子供の事だ。それも赤の他人の―― 溜息の一つくらいつきたくなる。
「わかった、わかった。もう言わねえよ。好きにしろ」
「いわれなくても、そうしてる」
渡す前に欠けないようにか、包みをご丁寧に両手で持っている。愛想なく返した顔は、ついさっきと別人だ。
「ゴーディ」
「なんだ、まだ帰らないのか」
「昨日、レイザードが、泣いたんだ」
「あ?」
包みに視線を落としたあと、顔を上げて名前を呼んで来る。さっさと帰れと視線を向けたが、足を動かさねえ。一体なんだと思えば、聞こえてきた言葉に耳を疑うはめになった。
子供は笑わなかった。そして泣きもしなかった。人里離れた街道で、魔物に遭遇しても何にも反応を見せない。それが初めて顔を合わせた時の、子供だった。
「苦い香草を食べたときだから、生理的なものかもしれない。けどもしかして感情が……」
「戻ってきたのかも知れないし、お前の術が解けてきたのかもしれないか?」
言いよどんで止めた言葉の先が、なんだか分かる。だから続けて、返した。
「どうするんだ。また術を施すのか? 負担は、あるんだろ」
「感情が出てきたのなら良いことだと思う。けどもし記憶が戻るなら……」
最後まで聞かねえでも、何を言うつもりなのか分かる。何をしようとしているのか、何を迷っているのかもだ。
放っておけと言いたくなる。戻ろうと戻るまいと、どうするかは本人が決めることだ。そう言ったところで、すんなり離れられる奴なら余計なもんを背負うことも無かっただろうに。
「記憶ってのは、そいつの生きてきた証だ。それを奪うのは、そいつの人生を奪うことにならねえか」
「お前は、あの子がどんな状態だったから、知らないからそんなことが言えるんだ!」
子供がどんな人生を、歩んできたかなんて知りやしねえ。偶然に、こいつと再会した。そん時に言葉少なめに返された言葉だけで、大まかな状況を推測しただけだ。
けどまだガキとはいえど、あんな状態になっていたとしても、それでも記憶は本人のもんだろう。
「確かに俺が、あの状態の子供にあったのは、一度だけだしな。どうこう言う権利も、踏み込む肝ねえ。だからお前の好きにしたら良い」
「俺は、あの子が幸せに……」
激高したこいつを、見たのは初めてだ。
初めて顔を合わせた、あんな状況で、こいつは妙に落ち着いていた。妙に貫禄があって後で、こいつが年下だと知った時には耳を疑った。
そんなこいつが、らしくない顔を見せるのは子供が絡むときだけだ。そこは変わらないらしい。
「何を幸せとするかは、人によりけりだ。ほれさっさと出てけ。考えるのは、自分の家でしろ」
「お前は……もしお前が、あの子の立場だったら、俺を怨むか」
―― 知るか、ボケ
口から出そうになった言葉を、寸でで止めた。なんか今いったら、止めになる気がした。さすがに寝覚めが悪い。
「背負う必要のねえもんを背負って、勝手に苦しんで悩んで、ただ幸せになってほしいと願う馬鹿を……怨む気には、なれねえな」
「そうか……ありがとう」
ふてぶてしく入って来た時とは、打って変わって力なく肩を落として帰っていく。
こっちは何も悪くねえはずだ。休日を邪魔されて、あげくに怒鳴られる。全く、あいつは、いつも人の迷惑を考えねえな。
―― 少しは、成長してくれねえかな
商人っていう皮を被って、外面だけはよくしている。けど中身は、全く変わってねえ。
『随分、似てねえ子供だな』
『俺の子供じゃない。……この子以外は、助からなかったんだ』
二度目にあったとき、無愛想な表情は変わらずそこにあった。ただ横になんとも似合わない存在がいる。手を握られている子供は、俺の存在などいないかのように見向きもしない。
『まだ何の利にもならねえ慈善を、続けてるのか』
『別に……止め時が、分からないだけだ』
後悔やら悲しみやら色んなもんが、一瞬だけ目に浮び消える。それだけで、余計なモノまで背負っているのが分かった。
『そうかよ。おいガキなんて名前だ?』
『――だ。――、このおじさんはな……』
『おじさんじゃねえ! 俺はただ老け顔なだけだ!』
あいつが話しかけても名を呼んでも、俺がでかい声を出しても子供はぴくりとも反応を示さない。何の感情も浮んでねえ目は、相変わらず視線さえ向けてこない。喋る意思もないのか、口元も僅かにも動かない。
ただヴァルゼーエンの野郎が握っていた子供の手は、脱力しているわけではなく指を曲げて握り返しているようにも見えた。そこにだけは他には全く感じられない子供の意思が、あったように感じた。
あのまま成り行きに任せれば、別の未来があったんじゃないかとも思う。そのまま廃人になっていたかもしれない。だがほんの僅かでも意思が残っていたのなら、全てを失ったらしい子供が乗り越えていく未来もあったんじゃねえか。そう思いもする。
―― まっ、外野だから、言えることか
俺があの状態の子供に会ったのは、あの一度きりだ。その前もそのあとも、ずっと傍にいれば別のことを思ったかも知れねえ。
どっちにしろ、俺は深く関わる気はない。
―― 俺は、徒人だ
普通に自分の店を営んで、普通に生きて普通に死ぬ。そのためには、深入りはしない。あいつが来れば、話もするし適当なモノくらい出してやる。あの子供が客として来ても、そうする。ただそれだけ、それ以上は関わらねえ。
それが俺の平穏には、大事なことだ。
「さってと、片付けの続きをするか」
一つ息をついて、空になったコップを掴む。立ち上がると、また自然に溜息が出た。
―― たっく、休業日に来やがって
立てた予定が台無しだ。あいつが俺の予定を気にしないのは、何時もの事だ。毎回、溜息が出る。
だがそれくらいの方が、平和でいいのかもしれねえ。
―― 何もねえって、ことだしな
その平穏が長く続くことを、願いながら店の掃除を再開した。




