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十九話 魔女の悪魔祓い 後編

 私の名前はベルベット。

 スターリの森に暮らす、妖怪と酒をこよなく愛する一般魔女である。

 かつて日本に生を受けた私は、紆余曲折あって今は別世界に転生してしまった。

 転生先はファンタジーな世界である。


 前世と違って魔法も不思議生物もいるこの世界ならば、妖怪だっているかもしれないと胸を躍らせていた私。

 しかし、特にそんな怪奇な出会いもなく、妖怪とはまだ出会えていない。


 この前ぬらりひょんらしき存在がいると聞きつけて向かうと、後頭部の長い認知症の老人だった。

 どこから来たのかもわからなくて、今も発見された家で家主と一緒に暮らしているらしい。


 世に不思議無し。

 ただし魔法はある世界。

 せっかく魔法の才能があるのだから、私はそれを駆使して何でも屋のような事をしている所存である。


 と、そんな私の元に、どうやら依頼人らしき二人組の女性が訪れた。

 目印となる木の実を辿って、まっすぐに我が家へ向かう二人。


「ゲオルグ。お客様のもてなしを」

「かしこまりました」


 返事をしたのはこの家の同居人。

 私の執事として、身の回りの世話をしてくれているゲオルグという子だ。


 彼は恭しく一礼すると、家の外へと向かった。

 少しして、件の女性二人を連れて家に入ってくる。


 前に立って入ってきたのは長いブロンドの女性である。

 顔つきは中性的で身長も高い。

 ははぁ、これは同姓にモテるな? とつい思ってしまう風貌の女性だった。


 続いて入ってきたのは小柄な女性で、栗色の髪を短めに切り揃えた髪形をしている。

 目も大きくほっぺはふっくらとしていた。

 作る表情を険しくしているが、それでも可愛らしさを隠せない。

 そんな印象の女の子だった。


 二人とも腰には剣を佩いていて、振舞いにはそれによるぎこちなさがない。

 もしかしたら、軍人か何かだろうか?


 馬鹿め、依頼人と偽って殺しに来たのだ!


 みたいな展開にならないといいな。

 最近、私の話が広がり過ぎてそういう人もたまにいるんだよなぁ……。


「私はベルベット。森の魔女。ふっふっふ」


 ちょっと二人を警戒しつつ、いっちょかましておく。

 そんな私に、二人は警戒する様子を見せた。


「騎士ヴィクトリアだ」


 先に名乗ったのは、長身の女性である。


「騎士シャロン」


 それに倣って、可愛らしい方の子も名乗った。


「じゃあ、座って」

「では、遠慮なく」


 ヴィクトリアが椅子に足を組んで座る。

 不思議な足の組み方だ。

 太腿の下に足を敷くような……ちょっとおっさんくさい。


「さて、願いがあるようだけれど、対価は用意しているんだろうねぇ? ひっひっひ」


 そう、魔女ムーブをかましつつ問いかける。


 すると、シャロンが荷物から一本のボトルを取り出した。


「これでどうだ?」

「あびゃー!」


 そのボトルに刻まれたバーボンの文字に私は思わず声を上げた。


 あーダメダメ!

 そのボトルのボディラインはエッチ過ぎます。


 この世界でここまでのガラス成型技術が高いボトルなんて絶対有名なお高い酒に決まっている。

 もうこれは勝てない。


「私の負けです。あなた方の言う事を聞きます」


 思わず敗北宣言してしまった。


「それで、願いは何でしょう?」


 もはや私の心は晩酌時に作るおつまみの献立に移っている。

 相手の気に障ってやっぱりなしなんて言われると耐えられない。

 そう思うと知らず下手に出てしまう。


「私に取り付いた悪魔を祓ってもらいに来た」


 ヴィクトリアが答えた。

 悪魔?

 はて、私も悪魔にはかなり強い縁があるけれど、その気配は感じない……。


「だが、これは代々私の家系に取り付いた悪魔だ。恐らく、あなたでも祓えぬだろう」


 いや、もしや彼女が悪魔だと思っているだけで実際は似て非なるものなのでは?

 たとえば、妖怪だとか……。

 私は(いぶか)しんだ。


「悪魔、ですか……。詳しくお聞きしても?」

「それは……」


 ヴィクトリアは言いにくそうにする。


「このような事があったのです」


 ヴィクトリアではなく、シャロンが話し始めた。


 彼女が言うには、ヴィクトリアは長く苦しんでいて、それは悪魔の仕業だという。

 そして先日、流血沙汰の惨事になったのだとか。

 バスルームで血溜まりの中座り込むヴィクトリアをシャロンは発見したそうだ。


「血溜まり、というのは悪魔の血ですか? それともヴィクトリア様の体から出たものですか?」


 シャロンの主観で語られる話ではわからなかった部分をヴィクトリアに訊ねる。


「私の血だ」

「どこから出血したんです?」

「……口からだ」


 喀血(かっけつ)か……。

 何かそういう逸話を持つ妖怪はなかったか?

 と考え、ある一つの逸話を思い出す。


「なるほど。恐らくそれは悪魔ではありません。妖怪の仕業です」


 恐らく、間違いないだろう。


「これは鴛鴦(おしどり)に違いありません」

「鴛鴦?」

「ある猟師が鴛鴦を撃ち殺した所、夢に出て猟師を鳴き責めたそうです。起きた猟師は口から血を吐き、死んでしまったという逸話が残っています。あなたの症状はそれに酷似しています!」

「鴛鴦など殺した事はないが?」

「それにヴィクトリア様は死んでいません」


 ん、それもそうだ。

 いや、でもこの考えを捨てるにはまだ早い。


 厳密には妖怪というより怪奇譚だが、私はそういった怪異の類にも触れてみたいのだ。


「お父上は亡くなられているのでしょう? それに代々の事だという。つまり、先代の誰かに鴛鴦を殺してしまった方がいる!」

「そのオシドリのせいだとして、どうすれば良いのですか?」

「逸話によると、その後猟師の妻が僧侶となって鴛鴦を供養したそうです。その供養を怠ったために代々祟るようになったのかもしれません。なので、鴛鴦を供養すれば霊障を退ける事もできるはずです! 間違いありません!」


 むふー、どうだ!


 私の説明に、二人共納得した様子を見せる。


「……ベルベット様。差し出がましい事でございますが、他の可能性も模索した方がよろしいのではないか、とわたくしは愚考致します。はい」

「え、そうですか? 鴛鴦で間違いないと思うんですけどね」


 これ以外にないと思うんだけどな……。

 他に血を吐く理由はある?


 もしこれが病気だとして、血を吐くという事はどこが原因だと考えられる?

 単純に考えれば消化器や気管なのだろうけど……。


「食欲が落ちているとかありませんか?」

「ない。騎士は体が資本だからな」

「そうですか」


 胃潰瘍とかはないか……。


「体を魔法で調べたいので、触ってもいいですか?」

「……いや、断る。私はあなたを信用しているわけではない」


 うーん、警戒させすぎたのが裏目に出たかな。

 触れば一発でわかるんだけど……。


 今回はお手上げかなぁ?


 はぁ、度数が高そうなお酒だし、辛いおつまみを作って極限まで喉を焼いてみようかとか考えていたんだけどな。

 でもそれをすると後で……。


 ん?


 ふと、ヴィクトリアを観察する。

 そして、何となく思いついた事を質問した。


「騎士団というからには、毎日馬にも乗るのですよね?」

「それはもちろん。ああ、でもヴィクトリア様はここ半年、任務でも教練でも馬に乗っていないはずだ。教練時もお辛そうにしていて、殆ど訓練の監督に努めている」


 うーん……。

 どうしよう。


「なるほど。そうですか……。どうやら、私の判断は間違いだったようです」

「何かわかったのですか?」


 多分、わかった。

 ここで口にするべきではないかもしれないし、まだ不確かだから言わないけど。


「ええ、恐らくこれは悪魔の仕業でしょう」

「ん?」


 ゲオルグが不思議そうな顔をする。

 私、何かおかしな事言った?


 まぁともかく、今はヴィクトリアと二人きりで話ができるように何とか話を持っていこう。


「今から、悪魔祓いをします。場合によっては長い時間がかかるかもしれません。なので、ゲオルグとシャロン様は外で待っていてください」

「ヴィクトリア様を置いて外にいろというのですか?」

「はい」


 シャロンは不満そうだ。

 もしかしたら、出て行ってもらえないかもしれない。


 ヴィクトリアに私の意図をどうにか伝えて、出て行くように促してもらえないだろうか?


「ずいぶんと長く痛みに苦しんでいた事でしょうね。押し込めたとして何度も頭を出す痛みには、それはそれはシリアスな気持ちにもなったはずです。ですが幸いにして、私はその対処法を知っております。血を流さずに対処できますよ」


 その言葉に、ヴィクトリアは目を見開いた。

 酷く焦っているように見える。


「……シャロン。外へ出ていてくれ。私は、魔女様にこの身を託そうと思う」


 よし。


「ヴィクトリア様……。わかりました」


 二人が出て行かせて、私は家中のカーテンを閉めて中がうかがえないようにした。


 再び椅子に座り、ヴィクトリアと向かい合う。


「とりあえず。ここでの話は今後一切、誰にも漏らさない事を誓います」

「……わかった」

「単刀直入にお訊ねしますが、ヴィクトリア様、あなたは……」


 一息吐いてから、私の考えを述べる。


「痔ですよね」


 今までの出来事を聞いて、私の至った答えがそれである。


 ヴィクトリアは沈黙する。

 そして、頬を染めて照れた様子で答えた。


「その通りだ」


 やっぱり。

 確証があるわけではなかったが、私の思った通りだ。


 ヴィクトリアが足を組んで座ったのは、痔に体重が乗るのを防ぐためだ。

 前世の頃、親戚のおじさんがそういう座り方していたのを思い出した。

 おじさんに何故かと問うと、そういう話をしてくれた。


 日常的に長い時間座る人間がなりやすく、デスクワークはもちろん乗馬などでもリスクは高まる。

 騎士ともなれば、長時間馬に乗る事も多いだろう。


 それに食生活。

 肉中心の食事生活は便秘になりやすい。

 痔ができる最大の原因は力みすぎる事であり、便秘で堅い便が続くと特になりやすい。


 そしてバスルームでの一件だが、憶測の域を出ないので直接訊く事にする。


「バスルームでの出血なのですが……。もしかして、患部を切除しようとしてしまったのではないですか?」

「……恥ずかしながら。覚悟を決めて刃を入れたのはいいが思った以上に痛い上、大量に出血してしまった。血は止まらないし、すぐにシャロンが部屋へ飛び込んでくるし、本当に大変だった」


 痔の正体は簡単に言えばうっ血だ。

 血の詰まった水風船みたいなものなので、下手に傷つければ血が大量に出るのも仕方がない。

 失血死のリスクもある危険な行為である。


 バスルームでの出血もよく気を失わなかったものだ。


「お父上も同じ呪いを受けていたと聞きましたが、同じ経緯で亡くなったのでは?」

「いや、それなら私も切ろうなどとは思わなかった。父は排便時の痛みで亡くなったのだ」


 痔の痛みでショック死。

 そんな事実際にある?


「対処法を知っているという話だったが、本当か?」

「まぁ一応」


 処置は単純。

 切除するだけなのだから。

 ただし、出血しない方法を採用する必要がある。


 軽度ならば薬でどうにかなるのだが、私には痔に効く薬の作り方がわからない。

 その場合は魔法でうっ血を強引に解消してしまえばどうにかならないだろうか?


 どちらの対処をするにしても、診ない事には始まらない。


「手を取ってもよろしいですか?」

「ああ、構わない」


 先ほどは断られたが、病名看破した事で彼女はあっさりと手を差し出した。

 それを握り、彼女の体をスキャンする。


 彼女の体は実に健康的。

 少し血圧が高いかな、という程度だ。

 そういった人間でも発症してしまうのが痔の恐ろしい所である。


 そして問題の箇所……


「ヒッ……!」


 怯えてしまい、思わず声が出る。


 内外痔核(要手術)が三つある……。

 内二つが四度、一つは三度。

 それとは別に二度の内痔核が二つ。

 ご丁寧に生まれたばかりと思しき一度の内痔核まである。

 ついでに切れ痔もあった。

 これで痔ろうまであったらパーフェクトである。

 まぁ、そこまででないにしろたいした大痔主(おおじぬし)だ。

 そりゃ痛いよ。


「うーん」


 どう処置しようか……。

 ちょっと魔法で血流を弄ってみたが、それだけで治せそうにない。

 なら外科手術しかない。


 奥の部屋からテーブルを持ってくる。

 運搬は魔法で行った。


「今から処置しますので、ここにうつ伏せで寝そべってください」

「わかった」

「お尻出してください」

「……わかった。お願いする」


 すぐにズボンをずらしてお尻を出したヴィクトリアの思い切りの良さには一等賞をあげよう。

 そして、テーブルに寝そべる。


 魔法を使えば服を着たままの処置も不可能ではないが、切除した部位を取り除くためにも脱いでおいた方がいいだろう。

 体の奥なら放置しておくのだが、場所が場所だけに切除した部位は外に落ちる。


 下着を汚させるより、脱いでもらった方がいい。


 さて、念のために消毒をした方がいいだろうか?

 度数の高いアルコールで……。

 いや、直腸にアルコールはダメでしょ。


 直腸からの吸収率は経口摂取よりも高い。

 アルコールなど摂取してしまえば、急性アルコール中毒になる可能性がある。

 最悪死ぬ。


 でも外気に触れる場所でもあるので、衛生面を考えるとちょっと怖い。


 よし、じゃあ焼こう。

 熱で患部の消毒もできるだろうし、できた火傷は魔法で治せば良い。


 あと問題は……。

 麻酔が無い事だ。

 これも作り方がわからない。


 切除なら一瞬でできるので痛みは最小限だが、今回は消毒も兼ねるのでじっくりと焼いた方がいいだろう。


 絶対に痛いが。


「では、始めます。とても痛いと思います」

「構わない。どんな痛みであろうと、一時の事。絶え間なく続く痛みに比べればなんという事もない」


 すごい覚悟だ。

 では、遠慮なく。


 私は自分の人差し指を突き出すと、その先に小さな火球を灯した。

 痔の幹部にゆっくりと押し付ける。


「ア゛ッーーーーー! オ゛ッオ゛ッオ゛オ゛ーーーーーーウ!」


 ヴィクトリアの口から耳を塞ぎたくなるような叫びが上がった。

 まるでネズミと仲良くケンカする雄猫みたいな叫び声だ。


「オ゛ッオ゛ッオ゛ッホホォーホォーホッォーウゥゥ」


 騎士というからには痛みに強いと思っていたのだが、そんな騎士でもここまで声を出す程痛いのか……。

 私も痔には気をつけよう。


 一つ目の痔を焼き終わる。

 すぐに処置した患部を回復魔法で癒した。


「終わったのか!」


 怒鳴るように訊いてくる。


「いえ、三箇所あるのであと二回やります」

「に、二回も?」


 絶望的な表情で私を見るヴィクトリア。


「辛いようでしたら、休みますか? 日を改めてもいいですが……」


 そう問いかけると、ヴィクトリアはすぐに顔を前に向け直した。


「やってくれ! 今すぐに全部!」


 流石に覚悟が決まっている。


 やけくそ気味にも思えたが。

 まぁある意味、比喩でもなくそんな状況か。


 今にも死んでしまいそうな叫び声を上げるヴィクトリアの痔を丁寧に焼いていった。

 それこそショック死しかねないのではないかと思えてしまう。

 本当にそうなったら魔法で無理やり心臓を動かして蘇生するが。


 治療が終わった頃には目がうつろになっており、焦点が合っていなかった。

 顔中の穴からいろいろな水分が出まくっている有様だ。


「とりあえず、終わりました」

「あえ……?」


 気を失ってたのかもしれない。

 ヴィクトリアは返事とも取れない気のない声を出した。


「あ、ああ、終わったか」

「あと三つ処置しますのでもう少しそのままで」

「まだあるのか!?」

「大丈夫です。あとの三つは手術しなくてもいい程度ですので」


 答えると、ヴィクトリアは溜息を吐きながら全身の力を抜いた。


 ヴィクトリアの背に触れて痔をスキャンする。

 痔に意識を集中させ、魔法で中に溜まったうっ血を正しい血流に流していく。

 そうしながら、回復魔法をかけると少しずつうっ血で膨らんだ患部が小さくなっていった。


 三度以上の内痔核は魔法で治せなかったが、二度以下の内痔核はどうにかなりそうだ。

 でも、完全に正常な形には戻りそうにない。

 一度の方の内痔核は完全になくなるかもしれないが、やはりある程度育ってしまった物は完全に治せそうもなかった。


 一度生まれたものは簡単には死なないのだ。


 このままでは、またここを訪れる事になるかもしれないな。


「ヴィクトリアさん」


 治療をしながら声をかける。


「何だ?」

「今から大事な事を言います。痔が出来にくいようにするための知識です」

「何? そんな魔法のような教えが?」


 これまでよほど困っていたのだろう。

 ヴィクトリアはすぐに食いついた。


 そんな彼女に注意点を話していく。

 痔ができる仕組み。

 食生活を肉中心から、野菜を中心に変える。

 力みすぎない。

 辛いものと酒を控える。


 などの事を教えた。


「わかった。ありがとう、魔女様」

「それでも心配でしたら、一年に一度でも足を運んでいただければ診させていただきます」

「それは……」


 歯切れが悪いのは、痔を焼かれる痛みを思い出したからかもしれない。


「軽度の内に治療すれば、今のように痛みもなく治せますよ」

「わかった」


 そう伝えると、彼女は安心した様子で答えた。




 治療が終わって外の二人を呼びに行くと、どういうわけかシャロンがぶっ倒れていた。

 驚いて何があったのか訊くと、彼女が家の中に入ろうとしたので止めたとゲオルグは答えた。


 それは正解だ。

 プライバシーは守られるべきなのだから。


 痔は誰でも発症する可能性があり、早期治療した方がいい病だ。

 とはいえ、下の事というのもあって恥ずかしがる人も少なくないはずだ。

 ヴィクトリアが恥ずかしさを感じていたならば、同僚には特に知られたくなかった事だろう。


 ゲオルグの行動はそんな彼女の気持ちを救ったと言っても良い。


「魔女様、改めて礼をさせてもらう。対価とは別に。酒でいいだろうか?」

「そんな、もう対価はいただいていますし……。欲しくないわけではないですけど、いやどうしてもというのなら酒がいいです」


 そんなやり取りを交わし、ヴィクトリアは気を失ったシャロンを抱き上げて帰っていった。


 残された私達は家に入り、ゲオルグにお茶を入れてもらう。


「今回の事は、本当に悪魔の仕業だったのですか?」

「悪魔だよ。私の得意分野だ」


 そういう事にしておく。


「左様でございますか。差し出がましい事をお聞きしました」


 詫びを入れて、ゲオルグは一礼した。


 しかしまぁ……。

 物憂げな気持ちに溜息を吐く。


「世に不思議無し、かぁ……」

「悪魔は、ベルベット様にとって不思議ではないのですか? 聞く限りでは、同じく怪異に近い存在かと思われるのですが?」

「悪魔は秩序が強すぎて面白みが薄い」

「秩序、ですか?」


 ゲオルグは不思議そうに問いかける。


「確かに多彩な異能を持つ点は妖怪と一緒だ。でも、どんな悪魔も契約ありきでそれに縛られる」


 千年王国とか、十二使徒とか、好きではあるんだけどね。


「悪魔が人間界で行う事柄は、全て裏に人の意思が働いている。悪魔の自由意志で行われる事じゃない」


 実際に関わって見てわかったけれど、悪魔が人の召喚に応じる以外でこの世界に関わる事はない。

 悪魔が人に悪さする事例がないわけではないけれど、それらの原因は人間が悪魔と契約した結果として起こる事柄だ。

 そして悪魔は魔力至上主義なので、だいたいは魔力量の多い私が「帰れ」と言えば契約破棄して素直に帰っていく。


 つまらない。


「そういうのはちょっと違うんだよね」


 川で歌いながら小豆洗ってたり、尻を見せ付けてきたり、無意味に落ちてきたり、トイレ覗いてきたり、風呂桶舐めてたり。

 何がしたいんだこいつら、と言いたくなるわけがわからない行動。

 どこから出てくるかわからない突拍子のなさ。

 そしてどこかちゃらんぽらんだったり、背筋を凍らせるほどに残虐な事したりする。

 その多彩さ、無秩序さが私には魅力的に写るのだ。


「ベルベット様にも、こだわりがあるという事なのですね」

「まぁそういう事だよ」




 それから何日かして。


「ヴィクトリア様の紹介を受けまして。あの……こちらで悪魔祓いをしておられるとか?」


 訪れた女性騎士は、恥ずかしそうにそう訊ねてきた。

 悪魔祓い……つまりそういう事なんだろう。


 きっと騎士団ではヴィクトリアと同じ生活習慣の人間が多いのだろう。

 乗馬はもちろん、訓練などで力む事は多いだろうし。

 体を作るためには、肉も多く食べる。


 そりゃ、悪魔に取り憑かれる人間も多かろう。

 そんな仲間の騎士に、ヴィクトリアは私を紹介したのだ。


 これが最後の悪魔憑きだとは思えない。

 第二第三の悪魔憑きがこれからも現れるだろう。


 でも、頼むから男性の悪魔憑きは紹介してくれるなよ?

 そう思いながら、私は女性騎士の悪魔祓いにあたった。


 そういう事が何度かあり、定期的に女性騎士達の悪魔祓いによる悲鳴が森へ木霊するようになった。


 あと、騎士達が持ってきた高価なお酒が大量にストックされた。

ここでまた一旦閉じさせていただきます。

何か思いついたら、また更新させていただきます。

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― 新着の感想 ―
[一言]  まさかの展開にどう反応したらいいんだッ!? とりあえず、俺は大丈夫と言うことはわかったけども!
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