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第12話 マドウ高校バラック部

 部活に行こう――ユリカがそう声をかけてきた。 

 いや正確には「来なさい」だったかもしれない。半ば強引だったと記憶している。

 放課後、槙矢はユリカの誘いを受けて、彼女のいう部活を見に行くことにした。

「部活なんてやってたんだ」

「……ほとんど行ってなかった」

 神妙な顔つきのユリカ。珍しく緊張しているように見えた。

「じゃあどうして、行く気になったんだ?」

「その、自分の魔力がどれだけ高くなったか、試したいから」

「魔力ね……」

 槙矢は意地の悪い笑みを貼り付ける。魔法使いになる、そのために槙矢を呼び出したのだ。家で寝込んだ後も、杖を使って練習(?)していたから、その結果を見たいのも頷ける。

「で、何で俺まで行かなくちゃいけないんだ?」

「いざというときのための保険」

 ユリカの表情は硬かった。

「わたしの魔力がどれほど上がったのか見る。……その、他の子たちに注目されるとやりにくいから、盾代わりに」

「……」

 要するに、お子様レベルだった自分の魔力を考え、周りからちゃかされないための囮になれ、ということだ。面白くない役である。

「で、何ていう部活なんだ?」

「バラック部。……バラックを専門とする部活」

「……バラック?」

魔魂杖まこんつえを使ったスポーツ」

そう言うと、ユリカは肩から下げる専用バッグから例の杖を取り出した。

「これが魔魂杖よ。魔力を喰らい、その魔力を増幅する力を持っている、対魔戦闘士にとってはなくてはならない武器」

「武器? そんなもん持ち歩いていていいのかよ?」

 平和な世の中出身の槙矢にとって、武器を携帯するという感覚は、恐ろしく違和感を覚える。

(ここはどこの外国ですか? ……異世界だった)

 一人でツッコミも寂しいので口には出さなかった。ユリカは杖の先端を向けてきた。

「もちろんリミッターはかけてあるわよ。魔魂杖は魔力を喰らう……ほんとはとても危ない代物なんだからね。魔物とか悪魔とか、根こそぎ食べちゃうんだから。……あなたも試してみる?」

「そんなぶっそうなモノとわかっていて人に向けるな」

 銃を突きつけられるものなのだろうか。槙矢はそう判断したが、ユリカは少し不満顔になった。

「もっとびっくりしてほしかったな。……ほんとに魔魂杖で倒しちゃうわよ」

「リミッターかけてあるんだろう? それに杖に喰われるってイメージがわかなくて」

 掃除機みたいに吸われるのかな――ゴースト・バ〇ターズとかいう古い映画を思い出した。

「で、そのヤバイ杖を使った……バラックだっけ、どんなスポーツなんだ?」

「バラックは、バトレーザ・ラッケルス・クラーカ……古代魔法語で戦球術って意味よ。元は戦闘術だったんだけど、いまではスポーツ競技になってるわ」

 ユリカはどこか得意げだった。

「ま、口で説明するより見たほうが早いわ」

 バラック部部室へ到着する。部室の扉に手をかけるユリカだが、そこで一度動きを止め、気持ちを落ち着けるように深呼吸した。左手を胸に当て、さらに一呼吸。

(なに緊張してるんだ、こいつ)

 槙矢は呆れてしまう。

「……失礼します」

 ほとんど消え入りそうな声で、ユリカは部室へ入る。ふだんの強気な口調や態度はどこへやらである。槙矢もユリカの後に続いて、部室へ足を踏み入れる。

「ユリカ……来たのか」

 声をかけられた。 

 凛とした顔つきの長身の女子だった。ボーイッシュなショートカット、キリリとした目つき。厳しさが表情に出ていて、どこか近寄りがたい雰囲気を放っている。かわいいとは対極、カッコイイ系の女の子である。ユニフォームなのか、魔術文字っぽい柄の入った体操着を身に付けている。下はハーフパンツ(ブルマじゃなかった)。それでも健康的なおみ足を拝見。

「体調を崩していたそうだが、もういいのか?」

「ご迷惑をおかけしました、氷見ひみ部長」

 ユリカがペコリとお辞儀をした。氷見と呼ばれた部長さんは、わずかに眉をひそめる。

「お前にとって次の大会は最後になるかもしれないんだぞ。体調管理にはもっと気をつかうべきだと思うが?」

「すいません……」

 しゅんとなるユリカ。部長は、言葉も態度も手厳しかった。

「……まあ、いい。すべては自分自身に返ってくることだからな」

 氷見は、興味をなくしたように自分の魔魂杖を手に取る。

「正直、いまのお前のレベルでは到底大会には通用しないと思うが……最後まで足掻こうというお前の気持ちは嫌いではない」

「……どうも」

 ユリカは頭を下げる。何だか言われたい放題だったが、彼女は逆らわなかったし言い訳はしなかった。

 だが槙矢は内心でムカムカしていた。何となく言い方が、ユリカを小馬鹿にしているように思えてならなかったのだ。正直、生意気なところもある召喚者だが、身近にいるせいか彼女が馬鹿にされるのは面白くなかった。

「……で」

 氷見が顔を上げ、ナイフのように鋭い目つきを槙矢に投げかけた。

「お前は、何だ?」

(うわぁ、初対面の人間にとる態度じゃないな、これ)

 槙矢は、さらにカチンと来た。

「転入生です」

 ユリカが代わりに答えた。

「あの、わたしが連れてきたんです……」

「大会が近いから、我々は忙しい。部外者は、早々に出て行ってくれ」

「あー、見学も駄目ですか?」

 槙矢は無害さを装う。だが内心では、言葉にできない悪態をつきまくっていた。対する氷見は――。

「……」

 返事すらしなかった。

(なんて失礼なやつだ!)

 槙矢が気分を害しているのを察したのか、ユリカが申し訳なさそうに苦笑していた。

「ごめん。でも部長はああいう人だから……」

「ああいう人なのか」

「……とにかく氷見部長は、悪い人じゃないから。変なちょっかいとか出さないでね」

 ユリカはそうささやくと、バッグを手に更衣室へと移動した。


 ・ ・ ・


 部室の入り口の反対側に、もうひとつ扉があり、その先にはバラックと呼ばれる魔法競技の練習場があった。いったいどんなスポーツなのか。それを目の当たりにした時の第一印象といえば。

「ゴルフみたいだ」

 魔法球という安直なネーミングのボール――テニスボールくらいの大きさ――を、魔魂杖でぶっ飛ばすのである。飛ばしたボールに魔力の糸をつなげ、それを操って彼方にあるボード――アーチェリーやダーツのマトみたいな板にぶち当てる。物凄く強引にまとめれば、的当てをするゴルフに見えた。昔は戦闘術だったらしいが、これのどこにそんな要素があるのか謎だった。

 ゴルフ練習場のようなゲージから、部員たちがそれぞれの魔魂杖を手に、魔法球を打ち出している。目指すボードは二百メートルほど先であり、当然学校の敷地内だから、練習場そのものの広さもかなりある。部員の数は、ユリカを入れてもわずか五人。しかも全員女子。

「ゴルフって何?」

 ユリカは練習場の端っこにいた。自らの魔魂杖、ペリーナと名づけているそれを手に槙矢を見やる。

「俺の世界でのスポーツだ。……やったことはないが」

「ふうん……」

 興味がないという反応を返された。ユリカは魔魂杖の先端にある水晶球で、魔法球に触れる。軽くトントンと叩くと、魔力の微弱な光が杖と魔法球をつないだ。

「これが“糸”を結ぶ状態。杖と魔法球を結んで、操作するの」

「へえ」

「こうやって、魔法球を浮かせて……」

 ユリカが杖を軽く持ち上げると、魔法球もふわりと浮かび上がった。

 おおっ――槙矢は思わず感嘆の声を上げた。

「こんなの魔法使いなら誰でもできるわよ」

 驚くのは早いとばかりにユリカは首を振った。その双眸に鋭さが増し、腰の高さまで浮遊させた魔法球に狙いを定めると……次の瞬間、ユリカは魔魂杖を振り抜いた。

 ガンっ、と鈍い音がした。魔力の糸を引きながら、虚空へと飛んでいく魔法球。

「……魔法の杖で、モノを殴るのをはじめて見た」

 ような気がする。水晶球っぽいのがついた杖で殴ったりしたらヒビが入ったり、最悪割れるのではないかと心配になる。

「なんか、魔法なんて関係なく飛んでいったって感じだなー」

 槙矢は率直な感想を呟く。ボードまで飛んでいく魔法球。的を外れそうな打球だったので、ユリカが杖を小刻みに動かす。すると魔法球は微妙にコースを変え、的の数十センチ上をかすめたところに落ちた。

「惜しい!」

 槙矢が声を上げれば、ユリカは呆然としている。

「届いた……」

「ん?」

「凄い、魔法球が的まで届いたのよ!」

 ユリカが声を弾ませた。

「いや、そういう競技なんじゃないの?」

「いままで届かなかったのよ!」

「あー」

 槙矢は思い出す。ユリカの魔力はこれまで制限されていた。おそらくこの二百メートルコースの的まで魔法球が飛ばせなかったのだろう。それが届くようになったというのは、ユリカの身体に刻まれた封印が解かれた影響ということになる。つまり彼女が持っているだろう、力を十分に発揮できるようになったのだ。

「どうしちゃったんスか、ユリカっち先輩」

灰色の髪の少女がやってきた。

「メイナ」

 ユリカが興奮も露わにする。

「見てた? 届いたよ! わたしの打球!」

「見てましたっスよ。ええ、見てたっス。だから聞くんっスよ、どうしちゃったの先輩」

 メイナと呼ばれた子は、槙矢に一礼した。

「どうも、柿宮メイナ、一年っス」

阿武隈あぶくま槙矢。二年、ユリカのクラスメイト」

「よろしくっス」

 メイナはそう言うと、槙矢をしげしげと見つめた。

「先輩は、ひょっとして魔法使いさんッスか? ユリカっち先輩の付き添いということは?」

「いや、単なる野次馬。実はユリカに付き添いを頼まれて。一人で部室にもいけない臆病さんだから……」

「こら、嘘で塗り固めた妄言を吐かない!」

 ユリカが杖を向けて怒ってくる。そうそう、そのほうがいつものユリカっぽいと思う。

 メイナは両手を頭の後ろに回して、淡々と言った。

「そうなんスか。……いやまあ、現実に考えれば、ようやくユリカっち先輩も高校生レベルになったってことなんっスけどね。まあ、今までが今までっスから喜ぶのもわかるっスけど」

 ユリカが再び魔法球をセットして、魔魂杖を振る。初回がまぐれではなかったことを証明するように、二打目は的に当たった。端っこだったが。

「……調整が甘いかな」

 呟きつつ、ユリカは練習に打ち込む。その表情は、どこか溌剌はつらつとしていた。

 手もちぶさの槙矢は視線を他の部員たちに向ける。

 彼女たちは、黙々と魔魂杖でショットを放っていた。その中で部長の氷見の一打は、部員の中でもひときわ目立っていた。

 ギューン、と擬音が聞こえそうな鋭く、光のようなショット。糸を引く魔力の線も青く煌いて見えた。飛ばされた魔法球は、ボードの至近までほとんど方向変更をすることがなかった。つまり、狙いも確かだということだ。

「ユリカとは雲泥の差だな」

 思わず声に出る。素人目にも、氷見のショットは他とは別格だとわかった。メイナも頷く。

「氷見先輩は、代々魔法使いを輩出している家系の出なんス。伝統的な魔法家の一族であり、厳しい家で育ったとかうんぬん――」

「うんぬんって、そこはボカすところか?」

「いやー、家の事情は複雑なんスよー」

 知ってか知らずなのか、メイナは目を横棒のように細める。槙矢はフンと鼻を鳴らした。

「それであんなにツンツンしているのか」

「でも魔力は高いっスよ。バラックの実力では全国上位レベルっスよ」

「あれが全国レベルか」

 あまり知らない競技のことゆえ、淡白な口調になってしまう。

 囮役だか何だかでユリカについてきた槙矢だが、結局何もしていないことに気づいた。やることもないので、退屈そのものである。

 練習ゲージ内を見回す。何か手に持って、いじれるものはないものか。ボールでも棒でもいいから、手を動かしたい。

 ふと、視線が止まる。壁に立てかけてある誰も使っていない魔魂杖。

「どこ行くんスか? 先輩?」

「飽きたんだ」

 槙矢は魔魂杖をつかむ。ユリカの魔魂杖、氷見や部員たちのものに比べ、飾り気もなにもないシンプルな杖だった。赤色の水晶球、柄は金属製らしいが鉄などより遥かに軽い。

「……新入部員テスト用の魔魂杖っスね。持ち主がいない代わりに、魔力さえあれば誰でも使えるやつッス」

 メイナが後からのぞき込んでくる。

「阿武隈先輩、魔力あるんスか? チャレンジャーっスね」

「チャレンジャー?」

「いや深い意味はないっス。何故か人間の魔力って、男より女のほうが強いんで……だから魔法使いって女が多いんスよ」

「それで部員は女子ばかりなんだ」

 そういえば、クラトも『魔法は女の子のするもの』と言っていた。槙矢は納得しかけ、ふとメイナの顔を見る。

「でもユリカの親父さんは、魔法使いだったような」

「麻桐ユウヤ! 魔法使いなら知らぬ人はいない超有名人っス! あそこまで魔力の強い男の人ってのも珍しいんスよ」

「そうなのか」

 ユリカが魔法使いにこだわるのもその辺りからきているのかもしれない。親が偉大だとその子は苦労する、というやつか。

 槙矢は魔魂杖を掲げて見つめる。魔力を杖に伝えるとはどうやればいいかわからないが、悪魔の魔法は想像力。

(集中……力を杖に込める……)

 魔力を杖に注ぎ込むように。槙矢が念じると、杖の水晶球が輝き始めた。

「ちょ、先輩……?」

 メイナが目を瞠る。槙矢はそれを気にも止めず、ゲージへ進む。ユリカや部員たちがしているように、水晶球で魔法球を軽く叩く。赤い魔力のオーラが双方をつなぐ。

「おい、何をしている!」

 氷見の声が響いた。槙矢が部の備品に触れているのを目ざとく見つけたのだ。

「何って……」

 槙矢は魔法球を浮かせて、見よう見真似のショットを打ち出す。

「見れば……わかるだろっ!」

 それは、まさしく一直線の軌道を描いた一打だった。的に当てるべく魔法球を操作しようとして、できなかった。正確には、その必要がなかった。魔法球は、一撃で的の中心を射抜いたのだった。

「うん、ナイスショット!」

 自画自賛の言葉がついて出た。まぐれ当たりにもほどがあるが、狙っても当たるなんてことはまずない。ビギナーズラック。いまのが自分の実力だなどとうぬぼれる気はない。

「ちょ……あなた」

「ん?」

 ユリカがポカンとしていた。そのマヌケな顔に、笑い出したい衝動に駆られるが、グッと我慢した。冷静に振る舞うほうがカッコイイだろうなどと考えたのだ。

「お前……」

 後ろから氷見の声がした。ゆっくりと振り向けば、メイナも、氷見も、他の部員たちも皆、信じられないものを見たような顔をしていた。

「お前、名前は?」

「阿武隈、槙矢」

「その魔魂杖を返せ」

 氷見が槙矢の手から魔魂杖を奪う。

「乱暴だな……」

 だが氷見には聞こえていないようだった。新人テスト用の魔魂杖を、鑑定するように両手で持つ。  

「お前、これであのショットを放ったのか!」

 氷見は静かだが、興奮しているようだった。

(お前、じゃないだろ。名乗ったんだから、名前で呼べよ)

「魔力が補充されていない魔魂杖でのショット、それはその打ち手の魔力が高いということ。しかもこれを短期間でチャージしたのか……」

「あの……氷見先輩」

 メイナが何ともやる気のない顔でなだめにかかるが、氷見の瞳に強い光が走った。

「お前、いや阿武隈! 部に入れ。お前の実力なら、全国へ行ける!」

「あのー、もしもし……?」

 態度の急変についていけない槙矢。最初の冷たい印象は、どこへやらだ。

「部長、それムリっス」

 メイナは何とか氷見を冷静にさせようと、声をかける。

「転校生、あ、転入生だっけ……どっちでもいいっスけど、途中入部はその年は大会出られない決まりっス」

「そうだった……」

 氷見は落胆する。急に夢から覚めたように、傍目から見ても肩を落としたのがわかった。

「ちょっと……」

 ユリカが後ろから槙矢の制服を引っ張った。

「なに?」

「わたしを人並みの魔法使いにしてくれたことは感謝してあげてもいいわ」

 うらみがましい視線を浴びる。

「でもあなたが魔法使いとしての才能をアピールしてどうするのよ!」

 怒られてしまった。


部活でその実力を見せ付けた槙矢。いよいよリア充の道を歩みだした彼にいよいよ――次話「彼女ができました」

明日20時頃更新予定

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