第11話 転入生の華麗なる高校生活
珍しいものに、人は注目する。
転入生とくれば、皆が興味を持つのは道理であり、槙矢も休み時間にクラスメイトに包囲された。新顔のことを知ろうと、生徒たちが寄ってくる。
「ねえねえ、阿武隈くん。前住んでいたところってどんな場所?」
「ねぇ、彼女とかっているの?」
「もうこっちには慣れた?」
口々に質問が浴びせられる。次々と名乗っていくクラスメイトに愛想のいい笑みで応対する槙矢。元の世界では、こんなに人が寄ってくることもなければ話し掛けてくれる相手もあまりいなかった。自分も人気者になったものだと、皮肉を言いたくなってしまう。
(ま、物珍しさなんだろうけど)
改めて周囲を見回す。クラスの女子たち――意外と美人率が高そうだ。槙矢の頬は緩みっぱなしでだった。ただ隣の席から、強烈な視線が注がれているような……。
ユリカは、大変不機嫌そうだった。あからさまな仏頂面。せっかくの可愛い顔も台無しである。
(嫉妬、かな?)
ちやほやされるのが面白くないとか。あるいは悪魔である槙矢が何をしでかすかわからず、見張っているつもりなのかもしれない。それもこれも自分でまいた種であるわけだが。
転入生パニックになりかける教室。そこへ。
「はい、みんな。阿武隈くんが困ってるから、あまり騒がないで」
女の子の声がした。やってきたのは黒髪の美少女だった。
清楚な顔立ち、優しそうな目元。鼻梁が高く、整った美人だ。艶やかに長い黒髪もまたいい。身体のほうも女性として発達しつつある豊かな胸元――それは巨乳と呼ぶにふさわしかった。……ユリカとは雲泥の差である。
「はじめまして阿武隈くん。私は中諏カコです。クラス委員長をしてます。もし何かあれば、何でも聞いてね」
「よろしく」
ああ、可愛いな――槙矢は笑顔の裏で邪な欲望をたぎるのを感じた。彼女いない男子である。ムラムラきてもしょうがないわけで。
・ ・ ・
ユリカの憂鬱を無視し、よその世界のよその学校で槙矢は学園生活を満喫していた。
勉強のレベルが低いことで、元の世界では成績が下のほうだった槙矢も、この世界では中の上といったところだった。上といかなかったのは、科学や歴史の科目がよくなかったからだ。科学レベルが低いせいで、槙矢の知っている常識と違っていたし、歴史はいうまでもなくまったく通用しなかったのだ。もっとも成績が悪くとも将来に響くわけではない。
だが運動系になると、うって変わって槙矢はその能力を露わにした。もとは体育は嫌いな授業のひとつだったが、魔法の力で身体が強化されたいまの槙矢は、飛びぬけて高い運動能力を獲得していたのだ。
走れば余裕で学年トップだったし、瞬発力、跳躍力、すべての面でトップを奪った。当然、女の子たちから受けがよかったから、なお気分はよかった。
汗をかくって、気持ちいいなぁ――もとの世界では絶対に思わなかったことである。
「阿武隈くん……これ」
クラス委員長のカコがタオルを差し出してくる。槙矢は笑みを浮かべる。
「ありがとう、中諏さん」
タオルを受け取り、顔を洗ったあとの水気をふき取る。
「阿武隈くんって凄いのね。運動神経抜群で」
「中諏さんこそ」
槙矢はカコを見る。
勉強のできる優等生――だがカコはそれでいて、なかなか運動もできる子だった。
ふくよかな胸に突き上げられる体操服。さらに元の世界では、希少価値といわれる紺のブルマから伸びる白いおみ足。同世代の女の子の瑞々しい肉体が欲情をかきたてる。その巨乳も、ふとももも、触りたい。カコを見ているとどうしてもエロいことを考えてしまう。
槙矢の視線に気づいたのか、カコは自身の巨乳の前に腕を回した。
「カコって、呼んでくれます? 阿武隈くん」
おねだりするように、上目づかいに見てくるカコ。元の世界では味わえなかった異性からの好意。槙矢の胸は高鳴る。
「じゃあ、俺のことも槙矢でいいよ、カコさん」
「シンヤくん」
そう呟いて、カコは頬を赤らめた。何だ、この恋人チックな展開は? 槙矢も逆に照れてきた。
「あー、委員長ずるいっ! シンヤくんと何ラブラブ世界に入っているの?」
「隅に置けないねぇ、カコさん」
女の子たちが冷やかしてきた。カコはムキになる。
「そんなんじゃないってば! なんでそうなるのよっ!」
「あれー、顔が真っ赤だよ、委員チョ」
「あはは、こりゃ図星かぁ」
「あっち行って!」
カコが恥ずかしげに声を張り上げた。クラスメイトたちは、ご馳走様とばかりにその場を離れる。槙矢のほうも照れくさくなる。
「もう……」
嘆息したカコが、槙矢の視線に気づく。
「ごめんね、シンヤくん。嫌な気分になった……よね? ごめん、あとで、ちゃんと皆には言っておくから」
「僕は構わないけどね。カコさんと恋人だって言われたって」
「へっ?」
耳まで真っ赤になるカコ。そのわかりやすい反応に、槙矢は内心、小躍りしたい気分だった。カコが恋愛感情のようなものを持ち、それを向けているのがバレバレである。
校舎へ戻るとき、チラリと彼女を見れば、槙矢が水気をとったタオルの臭いを嗅ぐような仕草をしているのが見えた。
(あれ……?)
ちょっと引いた。
・ ・ ・
人が集まるということは、いろいろな人間がいるということだ。
いい奴もいれば悪い奴もいる。明るい子がいれば、暗い子もいて――真に不愉快ながら、イジメというものも存在しているようで。
「おーい、クラトちゃん、また、そんなの読んでるのかよ?」
隣のクラスの男子連中が、一人の男子生徒に絡んでいた。
ショートカット、小柄な体格はとても細くて、男子制服を着ていなければ、女の子に見えたかもしれない。
槙矢は、絡まれているのが同じクラスの宮戸クラトだと気づき――というか間違えようがないのだが――そちらへと足を向ける。
「男のくせに、魔術書かよ……ほんと女々しいよな、お前」
「そういうのは顔だけにしとけよな」
はははっ、と嘲笑が広がる。クラトは胸元に分厚い本を抱えて、小さくなっていた。
(うわー、弱い物いじめ最低)
何か女の子に絡んでる不良みたいでムカつく――槙矢は声を張り上げた。
「何やってるんだ、お前ら!」
「あ?」
男子連中が振り返る。そしてあからさまに睨んできた。
「んだ? 見ない顔だな」
「知ってる、こいつ転校生だ」
「正義の味方気取りか、むかつくなー。お前には関係ねーだろ」
(さすがに四人相手だと、厳しいな……)
槙矢はやや腰が引けてしまうが、態度には出さない。昔から、その手の反応が出にくいのが、いまは幸い。
(変な目立ち方はしたくないからな……ここは一つ、魅了の技でも使ってみるか)
修得した魔法――チャーム系統。本来は、相手を魅了して、恋心を持たせる魔法だが、さすがに野郎から好かれてもうれしくない。この系統の初歩技、簡単な命令に従わせる魔法を試してみる。
やり方は『相手の目を見つめ、命令を発する』ただそれだけだ。魔法使いには効かないらしいが、相手が凡人なので構わない。実践する機会にはもってこい。
槙矢は、まず男子連中の一人に視線を合わせ――思考の中に言葉を浮かび上がらせる。『魅了』『命令』『ここから立ち去れ』
「……ちっ、わかったよ」
その男子生徒は舌打ちすると、さっさとその場を離れた。周りの連中は驚く。
「おい! 何がわかったんだよ?」
慌てて後を追う男子生徒たち。
(よし! うまくいった)
槙矢は一息つくと、同じく安堵しているクラトを見た。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう、阿武隈くん」
クラトは、はにかんだ。
(はぅ!)
槙矢は胸を打たれた。クラトは男なのに、女の子みたいに可愛かったからだ。
(やばいぞ、俺。そっちには趣味ないのに!)
「すごいね、阿武隈くん。ひと睨みしただけで、あの人たち追い払っちゃった」
「あ、まあな」
元の世界じゃ、こんなことはできなかっただろう。だから自嘲する。柄にもなく照れた。……魔法が使えてよかった。
「その本は?」
「え、あぁ、魔術の本だよ。ボク、魔法に興味があって」
「へえ……」
素直に感心する槙矢だが、途端にクラトの表情が曇った。
「……やっぱり変、だよね。男のくせに……魔法なんて」
「なんで?」
「へ? 何でって。……魔法って女の子がするものだし」
「そうなの?」
槙矢は驚いてしまう。この世界ではそういう認識なのか。
「別に男が魔法使ってもおかしくないと思うけど……変なのか? そういうの?」
「うーん、変かな、やっぱり。大抵の人は、女の子のものって思ってると思う」
クラトはしょぼんと肩を落とす。槙矢は首をかしげる。
「でもユリカの親父さんは偉大な魔法使いだったって話だし」
「! そう、麻桐さんのお父さん、ユウヤ様はとても凄い魔法使いだったんだ! ボクもあんな風になりたいなって思ってるんだ!」
途端に、声を弾ませるクラト。目をキラキラさせて――
(……うぅ、なんでこいつ男なんだ。可愛いぞ、畜生)
「男の魔法使いっていえば、ユウヤ様には相棒とも言える人がいて、この人も男だったんだ。名前は確かアブクマ……」
そこでクラトは目を丸くする。
「シンヤって……え。……ええっ! 阿武隈くんと同じ名前だっ!?」
「……ただ、同性同名なんじゃないか?」
槙矢は思わず視線をそらした。
何かこの流れ、いやと言うほど記憶にある。また自分の知らないところで自分という存在がいて、名前を残しているというパターン。リリナの話を思い出してしまう。
(いえいえ、俺はユリカの親父さんの友人じゃねえよ、まったく)
思わずため息が漏れた。
クラスの人気者になる槙矢。そんな彼に、ユリカが声をかける――
次話「マドウ高校バラック部」
明日20時頃、更新予定。




