第10話 学校へ行こう
そうと決まれば早かった。
槙矢は部屋に戻り、魂を手に入れるための計画を練った。配下であるヘイゼルとレオと共に協議した結果、魂の狩場は、学校――ユリカの通うマドウ高校となった。
(高校なのか……)
異世界で高校という響きは、槙矢にとっては慣れないものがあった。
ともあれ、学校にいけば鬱屈したやつなんていくらでもいる。かくいう自分もそうだった。楽しい学校生活を送れるやつばかりなら、引きこもりもニートもいないはず……。
異世界に来てまで学校に通うというのは、正直皮肉としかいいようがないが、これも自分の世界に帰るためと思えば我慢できる。
目的は魂を獲得することだが、簡単にそれが果たせるとは思えなかった。だから槙矢はより学校生活を楽しく送るために、新たな魔法を習得することにした。
謎の大学ノートの存在は、槙矢にこの世界の文字の解き方、解読魔法を教えてくれた。それによって麻桐邸の書斎にあった魔法研究本を読むことができるようになった。その中に悪魔の研究という本があり、記された魔法も役に立ちそうだった。
授業中の指名を避けるための魔法や、他人の意識をそらす魔法、ケンカをふっかけられたときに備え、身体能力を強化する魔法……などなど。
さらに姿消しの魔法や、透視の魔法、異性の心を掴む魅惑の魔法とか――
(いやいや決して女子の更衣室を覗こうとか、可愛い女の子を操って恋人気分を味わおうと思ったわけではない。断じてない!)
魂を手に入れることができるのか、その時になってみないとわからないが、このまま何もしないよりは有意義なはずだ。
(それにしても……)
槙矢は古びた大学ノートを見やる。
(どこからどう見ても、俺が書いた字っぽいんだよな……)
ヘイゼルやレオが言うとおり、以前に槙矢がこの世界にいて、これを書いたということなのだろうか。
(そんなはずない。ここにきたのは初めてのはずだ)
覚えてない? いや、来てない。もし本当にこの世界に来た事があるなら、その時の記憶が槙矢の中に残っていないとおかしい。……記憶が改竄された、でもない限り。
(それこそありえない。いったい誰がそんなことできるっていうんだ?)
麻桐ユウヤは息子。ユリカとリリナは孫娘――だが槙矢は知らない。十七で孫ってどう考えても異常だ。
(それとも……これから起こることなのか?)
そもそも住んでいる世界が違うのだ。召喚された世界と時間の流れが同じと断言できるのか。つまり――
(未来の俺が、この世界の過去にいた、ということなのか?)
時間軸ねじれまくってるとか。その手の話に詳しくない槙矢は頭を抱える。
(俺は近いうちに、この世界の過去に行くのだとしたら――?)
もしそうなら、今の槙矢に麻桐ユウヤやユリカたちとの関係、悪魔として行動の記憶がないのも一応の説明はつく。
「でもそれって、ニワトリが先か、卵が先か、ってことと同じだよな。よくは知らねえけど。……ああ、嫌だ嫌だ」
埒があかないので、考えるのをやめる。とりあえず、これから何をするか、それが重要だ。
憂鬱な生活に喜びを。
槙矢はヘイゼルを呼ぶと、早速出かけた。そういえば、町に出るのは、これが初めてだった。
翌日、ユリカは不機嫌だった。
三日ぶりの学校である。お洒落なリボンのついた白い学生服に灰色のプリーツスカート姿、魔魂杖をいれたバッグを肩にかつぎ、教科書を入れた手提げ鞄を持つ。いつもの格好と行動。だがいまユリカの隣には、槙矢がいた。ご丁寧にマドウ高校男子制服をまとって。
「どうして、あなたがそんな格好をしているのよ?」
「俺も学校へ行くんだ」
槙矢は素知らぬ顔で、手提げ鞄を持つ。
下準備は万全である。昨日、マドウ高校に乗り込み、転入手続きと即日出席可能の状態に持っていった。もちろん通常のやり方をとったのではこうはいかない。人間の心理を操作する魔法やハッタリを注ぎ込んだ強引な方法を用いたのだ。
悪魔に不可能はない、とはよく言ったものだ。良心が咎めなければ、もっと自由気ままに悪さし放題に振る舞えただろう。ヘイゼルたちは本来の力からほど遠いと言うが、日常生活には十分な力が、今の槙矢にはあった。
だから無意識のうちに態度が大きくなっている。いままでは学校へ行くというと陰鬱になったものだが、いまはどこか楽しい気分。
「何かしたんでしょ、あなた」
ユリカがにらんでくる。槙矢は頷いた。
「当然。ちょっと魔法を使って、ハンコを押させた」
「……」
非難がましい視線が突き刺さる。槙矢は真面目ぶった。
「ま、俺が学校に行くのが嫌なら、さっさと願い事を言ったらどうだ? 三つ分願い事を済ませれば、俺は退散するよ」
「……少し見直したら、これとはね。やっぱり悪魔は最低だわ」
ユリカはそっぽを向いた。
少し見直してくれていたのか。いまいち実感できなかった槙矢である。
「学校で悪さはしないでよ。いざとなったらふたつ目のお願い使って、あなたを消してやるんだから!」
「そんなことできるのか?」
槙矢は一瞬慌てた。だがあの大学ノートに書いてあった文面を思い出した。
「願い事はたしか、こっちにも拒否権があったはず。俺を願い事で殺そうとしても無駄だったと思うけど」
「……むぅ」
ユリカはうなった。ハッタリだったようだ。
「と、とにかく悪いことはしないで。もししたら、絶対願い事なんてしてやらないんだから。困るでしょ? 地獄に帰れないと」
「嫌な響きだな」
不機嫌顔を作っておく槙矢。悪さをする気はないが、しぶしぶ感を出しておいたほうが、今後のユリカの付き合い方にも影響を与えるような気がしたのだ。あまりにあっさり譲歩し過ぎては図に乗らせるだけだ。
「帰れなくなるのは困るから自重するよ。だがそう言うからには、早いとこ、願い事を頼むよ」
「わかったわよ……」
難しい顔で頷くユリカ。学校への道のりを徒歩で移動する。次第に通学する生徒たちの姿が増えてきて、槙矢とユリカはその列の中にまぎれ込む。
今日から転入生だが、周囲は気づかないのか、注目されることはなかった。自然に振る舞えばバレないものなのかもしれない。ただ、ユリカの隣を歩いているのにあまり注目されないというのは不思議に感じた。何せユリカは女子として顔だけは可愛い部類に入るから。
「こうして歩いていると、なんか恋人みたいだな……」
「へっ?」
ユリカがビクリと肩を震わせた。思いがけないセリフだったのだろう。かくいう槙矢も口に出すつもりはなかったから内心深く後悔した。
「だ、誰があなたなんかと!」
一歩離れる。いまさら隣を歩いていたことに気づいたかのような反応だった。
「ちょ、離れてくれる? 悪魔なんかと一緒に通学なんて信じられない!」
ユリカはビシリと槙矢を指さした。通学中の生徒たちが何事かと注目する。
「いい? わたしの近くに寄らないこと! 学校ではあなたとわたしは赤の他人なんだから!」
「最初から、赤の他人だろう」
小首を傾げる槙矢。いとこでもなければ家族でもない――と思ったが、そういえば、祖父と孫の関係だったことを思い出す。
(孫と登校とか……ありえねえ! 絶対ないだろ、それ!)
「むぅ、なによ?」
眉間にしわを寄せるユリカ。槙矢は息をついた。
「みんなの前で大声で宣言することでもないと思うけどな。……まるで痴話喧嘩だよ」
「はっ!?」
ユリカは周りを見回した。生徒たちからの視線が集中していることに気づき、顔が真っ赤になる。
「バカ悪魔!」
そう吐き捨て、ユリカは大股で去っていった。槙矢はため息をつき、その後を追った。先ほどより、周囲から視線にさらされていたが、あえて無視した。
学校というのはどこも同じだと思った。箱状の教室に机に椅子、黒板――外を出歩いた時も思ったが、この世界は槙矢の世界と違うようで、どこか似ていた。
「なんであなたがここにいるのよ……」
小声でユリカがささやいた。槙矢は、ユリカと同じクラスになった。そしてその席も、彼女の隣。
「……悪意を感じずにはいられないんだけど?」
「先生が気を利かせたんだろう」
麻桐さんの遠縁ということになっているから、と口にすれば、ユリカは「はあっ?」と目を剥いた。彼女が不快そうにするのが、少し前は嫌な気分にさせられたが、いまは何だか気分がよかった。……だんだん嫌な性格になりつつあるな、と槙矢は思う。
(でも、元はといえば、お前が悪いんだぜ? 俺なんかを召喚して、さっさと元の世界に帰してくれればこんなことにならずに済んだんだから)
開き直りである。すべてはユリカが悪い。そう思うことで自らを正当化しているのである。そうでなければ自分が保てなかった。右も左もわからない世界に、ただ一人いる自分が。
ホームルームの後、授業が始まった。授業中、真面目にやらなくても槙矢が当てられることはないし、例えテストをしても満点をとれる。そういうふうになっていた。だが槙矢は元来の真面目な部分のせいか、しなくてもいい勉強に耳をかたむけた。無論、わからないだらけなのだが、黒板の字をノートに写したりした。……暇だったのだ。
「……あなたさ、何やってるの?」
ユリカが小声で聞いてきた。槙矢のノートを見やり。
「へったくそな字」
「一夜漬けにしてはうまいだろ」
槙矢は皮肉な笑みを浮かべる。
文字といってもアルファベットの変形のようなもので、基本は文字と記号の組み合わせだ。覚えればいい字の形は三十字ほど。日本語のようにひらがな、カタカナ、漢字などがなくて助かった。時々意味のわからない単語が出てくるのが難点だが。
「悪魔のくせに勉強?」
「習性だよ」
元の世界でも学生。授業中の癖というものが出てしまうのだ。本当はサボっても問題なのに、これには自嘲してしまう。
「何だか……楽しそうね」
ユリカは面白くなさそうだった。槙矢はうなずく。
「楽しい」
勉強でこんな気分になったのは初めてかもしれない。できることの快感というのはこういうものなのだろう。
槙矢がそう思ったのも無理はない。この世界の高校生の授業レベルは――日本の中学生レベルだったからだ。
マドウ高校の生徒になった槙矢。転入生として話題を掻っ攫う中、黒髪の美少女クラス委員長が好意のまなざしをよこす――次話、明日20時頃、投稿予定。




