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面白きこともなき夜を面白く

 天領白鶴は侍だ。策を弄する、そこで漸く勝利へと繋がる道標を手に入れることが出来る。それが侍。それが剣士だ。


 道具を使う。立ち回りを行う。相手を騙す、化かす。その結果が、勝利だ。「卑怯」だとか、「狡い」だとか。三文芝居も御託も戦いに要りゃしない。

 別に高潔な騎士道精神を掲げて誇りのぶつかり合いをしたいんじゃない。そんなのは聖人君子共でやってくれ。私らは武人、騎士じゃなく侍だ。直に狡猾な武士道精神を携えて腹の探り合いをする。それが私らにとっての試合だ。勝利に飢え、焦がれ、そして――勝つ。勝つためにキレイだぁとか、ビガクだぁとか。……鼻で笑ってヘソで茶を沸かすくらいの自信はある。


 だから手加減をしない。白鶴に情け容赦は無い。つまり、どういう事かと言うと――


――この勝負、この土壇場!全ては私の思いのままに!


 天領白鶴は状況を作った。絶対に勝つための状況をだ。白銀雄也が踏み込むタイミング、それは「確実に一発の攻撃を耐える」「その上で、最も推進力を得られる状態」。体脂肪率が5%を切った瞬間がそれに値する。


 これが白銀雄也に取って一番、セオリーに(のっと)ったタイミングなのだ。この場合、電磁フィールドを背にする白鶴に対して一撃も貰ってはいけない状態で突っ込むのは有り得ない。白鶴がそれを避けた瞬間、白銀雄也は電磁フィールドに衝突して敗北するからだ。だから最低でも白銀雄也は一撃分の耐久力を残しておかないといけない。白銀雄也がスピードを出せ、かつ耐久力が減少する「体脂肪率の低下」を待てば待つほど、白鶴はピークを過ぎた時点でそれこそ回避の準備をするからだ。端から避けると覚悟した人間は強い。それにしか考えを割かなくていいから。白銀雄也がいくらスピードを出せようが、白鶴は回避する自信もあった。


 つまるところ、雄也は縛られていた。動くなら、そのタイムリミット一歩手前で。それが、白鶴と雄也そのどちらも五分五分(イーブン)の状況。純粋な力比べ。


 勿論、そんなつもりは白鶴の脳内には一切無かった。


 白銀雄也が動いた、その瞬間。白鶴は上段に構えた「風の刀」を最速で振り下ろし鬼迫を放ちつつ「右斜め前」へと脚を進ませた。「絶影」。その歩法、しかしてただの「絶影」では無い。鬼の気迫に風の刀の軽さ、それは通常の絶影よりもより「鬼」かつ「朧」。


 差詰――朧絶影と言ったところか!


 白銀雄也のスタートダッシュは速く、目で追うことは出来なかった。けれど、追ってやる必要はない。白鶴のプランは、絶影で避けた所に雄也が電磁フィールドへと突っ込み、それを雄也が耐えつつこちらに向かって来るだろう。そこに、大下段「剣撃・婆娑羅」を打ち込む。決まれば勝ち。


 五分五分とは、博打でしか無い。真剣のやり取りでなら、つまるところ「半分死ぬ」のだ。そんなの御免だ。理詰めで、切磋琢磨し、勝率を高い方へ高い方へと持っていく。そこに侍の意味がある。


 最強の盾、最強の矛……認めよう、白銀雄也。卿こそがこの世の(ことわり)の矛盾であると。しかし、だがなぁ。戈を止めるのは!暴力という矛盾を武で制するのは!!侍たるこの私、天領白鶴だよ!


 脚を進ませた白鶴。そして、その勢いのまま地面が近づき、咄嗟の反射で地面に手を突き、うつ伏せになろうとしていた自分を仰向けになるように転がせ、起きようとした。


 ――!!?


 思考回路は瞬時に総てを理解した。脚が訴えた鋭く焼けるような痛み。天領白鶴の絶影――「摺り足」に対し、白銀雄也は「足払い」を行った。


 何故!?最速の勢いを蹴って殺してまでして絶影に摺り足!?そもそも反射じゃ間に合わない!雄也は私が「絶影」で行くことを読んでいた!!そのまま「剛の一太刀」を受けたら負けが確定する場面で――否、だからこそ!つか、んな事考えてる暇無いだろ!霧で何も見えない!おきあ――


「よう」


 白鶴が倒れた体を必至で起こそうとした、その瞬間には。辺り一帯の霧を掻き分けて白銀雄也が眼前に迫っていた。いや、もう「手遅れ」で。白銀雄也はその勢いのまま、最後の一撃を放った。


 その一撃は上下有利(マウント)から放たれ、その衝撃で周囲の霧は舞い上がり。電磁フィールドで覆われたドームを砂煙と霧が埋め尽くした――


――霧が止んだ。司会も、解説も、観客も、全ての人がその状況を固唾を飲んで見守った。


 その場に立っていたのは白銀雄也。地面に拳を突き立てて。それに覆い被さられるように地面に倒れていたのは天領白鶴。そして。


 電磁フィールドで守られたスタジアムの地面には、全体まで広がるように「ヒビ」が入っていた。


 ――っはーっ、ッはーっ、っつっ……っ!


 白鶴は腹部……脇腹に、熱い痛みを感じた。抉れていない。雄也の拳はその横を通り抜けて地面を殴り砕いていた。白鶴の脇腹は服諸共、掠めたその摩擦熱で焼けていた。服は焦げ落ち、その皮膚には黒い後が残っていた。


 生き……てる……?


 白鶴は息を大きく乱しながら、その実感をした。あの瞬間、眼前に雄也が霧の中から現れた瞬間。白鶴は「死」を意識していた。


 そして、大きく安堵した。その命が奪われていないことに。自分がまだ、この世に居ることに。


「どうする。立つか?」


 白銀雄也のその一言に、白鶴は苦笑して返した。そこに構えられた握り拳を見るだけで、もう

嫌だ。


「……いや、某の負けだ。完敗だ」


『――ッ!!決まりました――ッ!!聖夜祭を制したのは!白金鬼族(プラチナキゾク)のヘッドッ!偉大なる狂戦士!白銀雄也選手です―――ッ!!!』


 惜しみなき拍手が会場を包み、その中で白鶴が立ち上がり、雄也と見合った。勝利者として自信満々の笑みを浮かべる雄也と、もう笑うしかないとさっきまでの恐怖を自分で欺くように笑みを浮かべる白鶴。


「なぜ絶影で行くと分かった」


「おめーさんが五分五分(とんとん)の勝率を選ぶわけねーからな。別にアレで来ると分かったわけじゃねえ。けど、咄嗟に浮かんだ方法に直感で従っただけだ。そんだけやったら後はもう運否天賦、神様におねだりさ」


「くっ……ははは。いや、後悔が後を絶たない。あの丁半場、如何様(サマ)を使わず乗っておくべきだったか」


「そんならそんで俺が勝つけどな」


 どれだけ悔やんでも、結果は結果。終わった事は巻き戻らない。だからこそ、侍は手を抜かない。その過程に全てを尽くす。

 それはなぜか。尽くした結果がそれなら、なるほど。納得出来ずとも、自分には理由付けが出来た。勝って当然、負けても当然。為すべくして成ったのだから。文句のつけ用があるまい――


――選手用の門を潜り、白銀雄也はフィールドを出て、そして。壁にもたれ掛かり、地べたに勢いよく座り込んだ。というか、ほとんど倒れ込んだようなものだ。


 っはは、一歩も動けやしねぇ。


「大丈夫ですか」


「全っ然大丈夫じゃねぇ」


 通路を走ってやってきた岡本光輝に対して白銀雄也はそう答えた。その手にはポカリとメイトが握られている。休憩所の自販機にそういや売っていたっけか、気が効くな。


「どうぞ。明らかにカロリー不足です。あんなの、人間の戦い方じゃないです。いずれ筋肉もボロボロになりますよ」


 雄也はギリギリ動く手でそれを受け取ると、メイトを必至に噛み砕きポカリで流し込んだ。即効性のカロリーバーに飲む点滴。栄養を欲していた肉体に一気にそれが染み込んでいく。


「ははっ、うっめー。だからこそ、奥の手っつーか。まあ、自分でもテンションが最高潮にならねーと出ねーんだけどな、アレ」


 白銀雄也の肉体暴走状態。あれは、雄也のテンションがマックスかつ、敗北を意識してようやく発現する。だから、ここ一番での大勝負でしか出ない。それを制御できてるとは言い難いが、まあ。うまく付き合っていけば、心強い切り札にはなるか。


「とにもかくにもまあ。よくあんな口八丁手八丁が出ましたね。あの時もう一発も拳打てなかったように見えましたけど」


「ぐげほっ!?がっ……!……おぉい、人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ。ありゃあ必要だったんだ」


 光輝の言葉に対してむせる雄也。図星ではあったようだが。


「ハッタリ三割腕七割。喧嘩少年の必須課目だぜ。こりゃ侍だけの特権じゃねー、騙し騙されが日常さ」


 そう、最後の状況。白銀雄也は拳を握り天領白鶴を脅してみせたのだ。「どうする。立つか?」と。


「そもそも、うまくアイツを足払いで転ばせたはいいものの霧で俺も狙い定まんなかったからな。とにかく思いっきりぶん殴って、外したら外したで脅す。一発しか弾の入って無い拳銃で威嚇射撃して「次は当てる」って脅すのと一緒さ」


 あの時、白鶴が起き上がって雄也を叩けば白鶴は勝っていた。しかし、それが起こらないように相手の心に「恐怖」を叩き込んだ。それもまた、戦いの一つ。ハッタリもこなせない人間が勝てるものか。


「フフッ……いえ、だからこそなんですかね。雄也さんをですね、少し憧れました」


「おっ、どんどん憧れろ。憧れる男は強くなるぜ」


 騙し騙され、切磋琢磨して。転がり込んだそれが、勝利という栄光の証。


 それを目指すために、少年少女は今日も昨日もそして明日も。各々の覚悟でまた戦う。それがこの街、「進化する者達(イクシーズ)」の日常である。喧嘩少年も侍少女も、その一員だ。



「だーれだ」


 雪降る街並みの中、帰路を辿る岡本光輝に後ろから抱きつくようにする人物が居た。


「片方の頚動脈を手首で極めると同時にその手の親指の爪はもう片方の頚動脈へ。左手は腹部のレバーへと狂い無く当たる場所にある。およそ俺と同じ背丈、美しい声。そして髪から香る甘いというか、なんというかあの女性独特な香り。全て満たせて俺の知り合いに居る奴は瀧シエルぐらいしか知らんのでお前は瀧シエルだ」


「洞察力が凄まじい。あの絶望的状況で客観的に物事を考え簡潔に答えを電卓で叩き出せる、そういう君は岡本光輝だ」


「そりゃどうも」


 弱点を抑えた手を離し、光輝の隣に並び立つシエル。


「役者が揃った」


「お前のお眼鏡には適うのかい?」


「至極当然、極まりない!理想を超えた理想さ!」


「そりゃよかった」


「さて、君なら誰を応援する?」


「瀧シエルって言って欲しいのか?」


「是非とも頼む。それだけで私のやる気が変わるのさ、青空同盟の盟友よ」


「瀧シエル」


「愛してるっ!結婚しようっ!」


「答えはNOだ」


「あら釣れない」


 幾つかの言葉を交わして別れる二人。瀧シエルは独りきりの住宅街の中、その手を空に伸ばした。


「この白き空も、黄昏も、深淵も、満月も、暁も血雨も星空も天の川へと!」


 そして、その手を、何かを掴むように握りこんだ。


「この統べてを、征天たる私の元へと……!」






――side episode「進め」

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