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新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―  作者: 里奈方路灯
満月の夜のパーティー、吹きすさぶ奇術の疾風
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離反2

「ねー、光輝君とクリスって、どんな関係?」


 星姫のその質問に、少し考える光輝。超視力がもたらす思考の高速化も兼ねて、だ。


 はたして、どこまでを話べきだろうか。クリスが特待留学生である事、修学旅行の先で知り合った事、同じ学校のクラスメイトという事――ここら辺は、言ってしまっても差し支えがないだろうか。とりあえず探りを入れてみて、向こうの出方を伺うか。


 光輝はクリスの方を学校の時と同じように見る。アイコンタクトだ。視線を受け取ったクリスは固唾を飲むような面持ちで、星姫に言う。


「はい、私、実は留学生でして。光輝の家にホームステイしております」


 よし、それで――


「――って」


 え?


 一瞬、思考が停止する光輝。なんだ、何が起きた。理解ができなかった。


「ほー、そうなの?近頃の留学生ってそういうのアリなんだねー」


「はい、光輝とは昔、ロンドンで会ったことがありまして。どうせなら、知り合いの方がいいかと」


 特に遜色もなく会話を続けるクリスと星姫。白鶴はそれを無言で聞いていた。興味がない、というわけでは無さそうで、どうやら割って入れるような話題では無い、といった感じか。


 だが、唯一、光輝だけは今だ言葉を発せず、思考で脳内を埋め尽くしていた。


 まて、クリス。そうじゃないだろ。なぜいきなり踏み込む。


 クリスは頭が良い。良いはずだ。なのに、あえて危うい立ち回りをしたように思える光輝。しかし、星姫は対して顔色を変えていない。

 間違い、じゃないのか。そこまで読んでの選択なのか。事実、今のところ不備は起きていない。ならば、そのまま押し通るしかないか。


 覚悟を決めて、話に乗り込む光輝。


「ああ、そうなんだ。まあ、クリスがいいんなら、俺はいいんだがな」


 なんて、クリスがやって来た当時は本心じゃ思っちゃいなく。今はただ惰性で流されるように過ごしてきたが、この暮らしが本当に合っているのかは分からなくて。けれど、それを表には出さない。


「ふうん。それじゃ、二人は付き合ったりしてるわけ?」


 そして、グイグイと突っ込んでくる星姫。まあ、普通はそう思うだろう。けれど、そうではない。


「いや、そういう訳じゃないんだ。あくまで友達、だよ」


「はい。同じ部屋で寝泊りはしていますが」


「わお、大胆だね」


 ……いや、おかしい。クリスの立ち回りが乱れすぎている。


 人と話す、というのはなんの考えもなしにやっていいものじゃない。自分が持つ情報、相手が持つ情報、それらを上手くかみ合うように、慎重に織り成していく。それが、会話だ。

 光輝は視線で合図をした。あの後決めた合図、それは「様子見」の合図。情報を小出しに、そして相手の出方を見て、対応して話題を少しずつ、差し支えなく吐いていく。勿論、言うべきでない事は言わない。それが会話というものだ。


 しかし、クリスは様子見というレベルではなく言葉を出していく。その中で現状光輝が思いつくことといえば、それは「調べたらすぐに分かる情報」という事。これらは、既に俺たちの学校で後藤がバラしてしまった事実、という事がある。だから今言っても問題なかった、という事か。


 それにしても、その必要が本当にあるのか。光輝ならギリギリまで避けていくが、あくまで光輝なら、の話であって。クリスにはまた別の考えがあるのだろうか。


「じゃあさ」


 そこで、星姫が手を挙げる。ニヤリとした笑み。


「私と付き合わない?光輝君。君のこと、かなり好きなんだけど」


「--」


「あー」


 星姫のいきなりの光輝への愛の告白。クリスと白鶴は無言。わずか、クリスの顔は強張る。反面、光輝の顔は穏やか。なぜなら乗る気がないから。答えは直ぐに出ていた。


「悪い、今は無理かな。星姫と出会ってばっかだし」


 予め用意していた答え。不備はない。


「えー、いいじゃん。ほら、私俳優だよ?歌手だよ?それはもう、お得物件だよ?何が欲しい?アウディ?メルセデス?BM?あ、日本人らしく情熱の赤プリがいい?」


「俺は車の免許持ってねーし、赤プリは死語だろ。お前何歳だよ」


 告白を断られたという事実を衝撃吸収板のように柔らかに受け止め、茶化しを混ぜて場の空気が盛り下がるのを防いだであろう星姫。少なくとも、光輝はそう解釈した。


 なるほど、上手い。


 しかし、光輝の「今は無理」という言葉も、そのままの意味だけで放ったものではなく。それは、人間の心理を利用した言葉。「熱しやすく、冷めやすい」。それはおよそ、多くの人間が共通して持つ心理。今を生きるという存在が落ち入り易い、避けられぬパラドクス。

 今は星姫が光輝を好きだと言った。しかし、それは未来永劫続くだろか。いいや、違うね。そんなものは一瞬で過ぎ去っていく一過性のものに過ぎず、今はただ、その若気の至りという感情の暴走に振り回されているだけなんだろう。


 だから、今断る事が出来れば、彼女は心変わりをするかもしれない。やんわりと先延ばしにし、なあなあで終わらせる。それが、光輝の狙いだ。


「うーん、そっかー。まあ、いいや。今は友達って事で」


「ああ」


 意外と大人しく引き下がる星姫。それならそれでいい。とにもかくにも、俺がこんなハイスペックな人と釣り合うわけがなく。だから、俺じゃ付き合う事は出来ない――


――結局、なんだかんだでカラオケという名の雑談会が終わり、無事解散して市街から自宅へと帰ってきた光輝とクリス。時間は六時すぎだ。

 約束通り、星姫は夜千代の仮面と本を返してくれた。この二つが戻ってきてくれた事は、素直に喜ぶとしよう。これで夜千代に怖い顔をされなくて済む。


 しかしまあ、分かってたとは言え、一宮星姫に好意を寄せられているのだと実感すると、申し訳のない気持ちになる。こんな俺を好きになるだなんて、想うだけ無駄で、自分の心の事じゃないのに、虚しくなる。


 恋なんてのは一過性の物で、後できっと、後悔するんだ。


「あ……母さんの靴、無いな。まだ仕事の日だっけ?」


 玄関で母の靴がない事に気付く光輝。母の仕事は基本、午後の早めに終わるのだが、たまに遅い日はある。そればっかりは仕事だから仕方ない。普段は予め教えてくれるのだが、朝俺たちが家を早く出たから、聞きそびれたんだろうな。


 ……飯どうしよっかな。


「なあクリス、悪いけど晩飯……」


「今は無理かなって、いずれは良いって事ですか」


 振り向いてクリスに晩飯を頼もうとした時、クリスはこちらを、真剣に、そして不安げに見つめ、問いかけてきた。


 一瞬なんの事か考えて、思い出す。星姫に対して放った言葉。それは、あろうことか星姫ではなく、クリスの心に楔のように打ち込まれていた。

 直ぐに理解する光輝。その言葉で星姫には答えることが出来ても、クリスへ答えた事にはならなかった。心の、意思のすれ違い。光輝は悟った。失言だったと。これはクリスの告白を断っておきながら、彼女の眼前で、星姫の告白を先延ばしにした、という状況じゃないか。

 勿論、直ぐに弁解に入る。


「……あれは星姫を上手く諭すための言葉だ」


「そうやって私も諭すんですか」


 待て、落ち着け。


 それはクリスではなく、自分への言葉だ。また失言を重ねた。今の言葉でクリスを抑えられるわけがないだろ。馬鹿か、お前は。考えろ、考えて物事を喋れ。クリスは今、何を求めている?


「違う、そうじゃなくってだな」


「光輝」


 有無を言わさぬような雰囲気、なるほど、今合点がいった。それにしても、遅すぎた。もっと早くに気付くことが出来れば、対策が出来たものを。


「……私じゃ駄目ですか」


「……何を」


「誤魔化さずに、答えてください」


 クリスは焦っている。岡本光輝を好いているのが自分だけじゃなく、他にも居たという事実に。そしてそれが、テレビに映っていた、憧れていた一宮星姫であっては、焦りもする。


 はは、あろうことか未だに冷めた感情で周りを捉えようとするこんな俺に、だ。相変わらず最低だな、俺は。自分を好きだ、なんて言ってくれる女の子に対してこういう対処の仕方しか出来ないんだ。なんて無様だよ俺は。


「――逃げましたね」


「――」


 光輝の心を読むように言葉を放つクリス。


 やめろ。それ以上踏み込んでくるなよ。


「今、心の中で逃げましたね」


「やめろ」


 俺の心に入ってくるなよ。お前に何が分かるんだよ。


「目を背けないでください、光輝。私は貴方が好きです」


 背けている?はは、そうだろうな。お前は輝いている。真っ暗な俺とは違う。はは、なんで。なんでお前なんかが俺を好きだって?


「あああうるさい、(うるさ)いっ、五月蝿(うるさ)いッッ!!お前に一体何が分かって――」


「言ってくれなきゃ何も分からないじゃないですかっ!私の目を見て話してください!」


 がなる光輝を怒声で制するクリス。気が付けば下を向かせていた目を、クリスの目と合わせる。クリスの目には涙が浮かんでいた。


 ははっ、よく泣く奴だな……


 そう思って、気付く。いつも泣かせているのは俺じゃないか。


「お願いです光輝、答えてください……貴方は一体、何に囚われているのですか……」


 最早、縋るようなクリスの声。心の中で舌打ちする光輝。何に囚われているなんて、はたして自分ですら分かっているのだろうか……。

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